エピソード34
野戦病院の受入準備が整うと、天幕の外に出た。
まだまだ、日没まではたっぷり時間がある。
救護所に割り当てられた場所は、鉄柵の入り口から街道への導線から、外れており、入り口により近いところには、ギルド出張所があって、ダンジョンから冒険者が持ち帰った物を買い取る場所は小屋になっていた。
毎年のことなのであれば、こんな天幕ではなく、買取所だけでなく、救護所も常設の小屋にすればいいのにと思ったら、教会の神官に割り当てられた救護所は小屋の中に設置されていた。
「なに、あれ。僕はずいぶん期待されているんだなあ。」
思わず口をついて率直な感想が出てしまった。
窓からこっそり覗くと、天幕の中のミカン箱にベニヤ板を乗せたのかみたいなベッドとは違い、文字通りのベッドが10台も並んでいた。ちょっとした町の診療所よりずっと病床数が多い。というか、一人で10人の患者を受け持つこともあるということなのか、見かけによらずずいぶん優秀な医療技術を持っているんだなと感心した。
けど、何故同じ救護所なのに、ここまで差を付けなければならないのかが分からない。
けが人だって、天幕ではなく小屋の救護所に駆け込むだろうし、向こうが満床にならなければ、天幕の出番はないのではないのだろうか。
それなら、小屋に医師を2人配置して、溢れたら天幕に患者を割り振り、その時点で一人医師がそちらにいけばいいのではないか。
患者不在n競争をしているようで、居心地悪かった。
遠征の指揮官であるギルドマスターは初日と最終日にギルド支部に在駐するらしいので、率直に疑問をぶつけることにした。
「まあ、そう思うのももっともだよ。教会が譲らねえんだ。教会の受け持ちは教会の領域だってな。神官の派遣料を値上げしてきやがったくせに、代わりの者にベッドを割り当てようとしたら、妨害してくるんだよ。派遣人数を絞ったことへのあてつけらしい。」
気化されているこっちもため息が出そうだ。
まあ国境泣き医師団への参加は、ずっとあこがれていた夢だったし、山小屋の臨時診療所のような小屋より、天幕の方が野戦病院感はあるけど、患者にしてみれば、ベッドのほうが安定感あるし、治療もしやすい。患者本位ではなく、縄張り争いみたいな理由で不便を強いられるのは、やりきれない思いも残ってしまう。
まあ、それはそれとして、
僕はギルドマスターに、今日までの準備に発注した担架を全部持ってきて、使い方を説明した。といっても水平の場所で使う簡易のものと、段差があるところでも閊える、身体の固定ベルト付きのもので、簡易のものの説明は、固定具付きの方の説明で、身体固定の理由も併せて説明することで反対解釈できることから、省略し、ダンジョンなる穴の入り口に並べておいておいた。
ギルドマスターが、「ほう、なかなか便利そうだな。ギルドで買い取ることはできるか。」と聞いてきたので、それぞれ1個残して、2個ずつ発注原価でギルドに渡すことにした。
それ以上はないし、各種1個は残しておかないと、僕が使う分が残らないし。
今は屋外の緊急オペルームでの診療を前提にしているので、担架が同時にいくつも必要になるシチュエーションが想定できないが、足りなくなると、また発注しなければならなくなるので、その辺が面倒だと伝えると、ギルドとしては、他のギルド支部にもこの道具の存在を伝えて、広く利用できるようにしたい。ついては、「製造した分だけおまえさんに使用料が渡るようにしておく。」と言いだし、骨折用の間接ジョイントに続き、担架まで特許登録することになった。
同じ物を作るのに、わざわざ断り入れなくても構わないと伝えたところ、「おまえさんがお金に執着していないのは理解しているつもりだし、美徳だと思うが、権利の所在をはっきりしておかないと、勝手に自分の権利だと言い出す奴が出てくるんだよ。そうなると、あの道具が使いにくくなっちまうんだ。まあ初めてみたもんだし、おまえさんの考え出したものってことでいいと思うぜ。」と言われた。
そんな話をしている間にも、冒険者はどんどん入り口から中に入っていく。
中がどうなっているのかみたいような気もするが、魔物がわき出て、討伐するために行くという説明を聞いて知っているので、好きこのんで危険な目に遭いたいわけでもない。
自分に与えられた仕事があるので、天幕で待機することにした。
ダンジョンはこの世界のところどころにあり、その存在が知られているものは、近くの町や、そのダンジョンのある地を治める領主の管理下に置かれるが、ダンジョンは国の所有物と見なされるのだが、ダンジョン内で魔物を倒して手に入れた素材や魔石などはその討伐者の権利となり、冒険者は魔石や素材を売却し、時には指定された魔物を討伐することで得られる報奨金などで生活する職業であるとのことだった。
町や国を移動する場合の身分証明書になるから、という理由だけで冒険者ギルドに登録している僕は、これまでもギルドで冒険者が依頼を受ける方法と内容を見て知っていたが、ダンジョンというのも、冒険者の活動現場の一つであることは初めて知った。
その冒険者は等級ごとに、到達できる階層が決まっているらしく、等級が上になるほど、より難易度の高い階層への挑戦が認められ、より手強い魔物と対峙することができ、より高額の報酬を手にすることができるというシステムにすることで、階級を上げるモチベーションを生み出し、高い報酬のインセンティブが冒険者をしてダンジョンへの挑戦へと駆り立て、ダンジョン内の魔素が濃くなり過ぎないように、適宜冒険者が魔物を間引きできるように調整しているのだという。
ダンジョンの魔素が濃くなるというのは、魔物がダンジョン内で討伐されずに放置されると、ダンジョン内の魔素の密度が増えることになり、魔物の数が増えすぎて、ダンジョン内で魔物の管理ができなくなるので、魔物がダンジョンの外へとあふれ出すことになる。この現象をオーバーフローと言い、さらにオーバーフローの状態が継続すると魔物はその本能により近くの村や街を襲うことで、食料や一部魔物の繁殖方法を得ようとすることをスタンピードというらしい。
過去にはスタンピードによって消滅した町や村がいくつもあるらしい。
普段から冒険者には、ダンジョン内で活動してもらうように国やギルドが常時魔物討伐のクエストやダンジョン内魔物の素材の買取をすることで、奨励しているのだが、それでも冒険者の気分だけには任せておけないので、時には割り増しの報酬を用意し、お祭り風に一斉行動にすることで、冒険者のダンジョンへの関心を引きつけておく必要があるのだという。
うん、まあ年末大掃除みたいなものだな。
初日は、あまりにも平和だった。
まあ、これにはおおむね理由があって、等級の低い冒険者はもとより危険の少ない階層で活動しているので怪我をしにくく、ダンジョンの階層をスキップする転移陣なるものがダンジョンの中にあるそうだが、それは大体10階層ごとにしか存在せず、パー手キーのメンバー全員が到達し、その階層の転送陣に一度自身の魔力を通して登録しなければ、次からは、踏破済みの階層はスキップして直接登録した階層にいけるのだという。
話を聞くほど映画のような世界に聞こえるが、要するに専用キーカードの必要なエレベーターだと思えばイメージが涌く。
階段を通って各フロアを通っていくのに比べたら、時間の短縮がはかれるだろう。
ただ、キーカードを持っている冒険者も、最初は、目の前のダンジョンは地下へと潜っていくタイプのダンジョンなので、浅い階層で準備運動をして、パーティー間の連携を確認してから、深い階層に移動することが多く、過去に到達した場所までショートカットできるからといきなりその回想まで移動するのは素人くさいムーヴだということであり、深い階層まで潜ることのできる冒険者はそれだけ慎重なのだそうだ。
したがって初日はそれほど重大事故が起こることはなく、アルとすれば日目以後、それぞれの冒険者が自分の実力と拮抗する階層に到達してからということになるらしい。
それなら、見た目はとても能力が高そう二見えないけど、医者の不養生を地でいっているようにしか見えないけど、一人で10床ものベッドを管理できる神官がいるので、一旦町に戻り、修道院の人たちの様子を見てくるとギルドマスターに伝えて、町に戻ると、抗生物質と生理食塩水と体力ポーションの混合液を点滴投与し、再びダンジョンに戻る。
救護所は怪我の原因となる活動がどの時間帯に行われているかによる。戦場に休憩時間が存在しないように、野戦病院も24時間稼働する。まあ、救急病院も24時間営業なので今更感はあるが、シフトを組んでくれる同僚はここにはいない。全部自分でやらなければならないのだから、ちょっと席を外した隙に人が死ぬかもしれないのである。
自分が目を離した隙に誰かが死ぬ、それこそが医師が最もおそれる出来事である。
遠隔地に患者を抱えてしまった、今言いしれようのない不安を抱えながらも、救護所と修道院を頻繁に往復するしかない。
ダンジョンでは昼夜が分からなくなるという。
ダンジョン内で夜を過ごす冒険者には、ダンジョン内の魔物に昼だけ襲ってくれと頼むことはできず、従って襲われれば応戦するしかない。
必然的に24時間けが人が運ばれることはありうる。
神官は高い金を取るだけに、実力もあるのだろうから、補欠要員の僕はあぶれたけが人の対応で間に合うはずだ。
・・・ま、そう自分に言い聞かせないと落ち着かなくなる。
点滴の感覚は2時間である。
その2時間をただ、修道院の庭先で過ごす時間の余裕はないので、点滴をセットしたら、救護所に戻り、第一陣の点滴が終わる頃を見計らって修道院に戻り、点滴パックと針を洗浄して使い回し、残りの患者にセットして、まだ救護所に戻ってくる。
ギンより空を飛べるムートの方が10分だけ早く移動できるので、誤差の範囲ないだが、ムートに往復を頼んでいる。
パックが空になったら、管の途中にある調整弁を閉めてもらうのをかろうじて動ける助手にやってもらうことで、2回目の点滴終了時には戻らなくて済む。




