エピソード33
それからは、朝と晩に点滴を投与し、合間を見ながら、冒険者ギルドとの調整、特に修道院の院長と子供達について、朝晩点滴の取り替えと、回診が不可欠のため、日中をダンジョン前の特設救護所で待機し医療班として従事しても、夜には街に戻って修道院の人たちの看護をするシフトを説明した。取り分け夜に街の門は閉まっているのだが、緊急の場合には警護にあたる門番に身分証明書と特別許可証を提示して、出入りができることになっているが、それが可能か。不可能なら街の擁壁を乗り越えて直接修道院までドラゴンで飛んでくるが、街中が大騒ぎになっても知らんぞと半ば脅す。
ギルドマスターのアルフレッドさんはため息をつきながら、仕方ないと特別入出許可証を出してくれた。
後は、特設の救護所での治療の助手として、ライラとヴォルフを登用することも口論の末認めさせた。
最初にこのギルドに来たときに、獣人に対する心ない暴言を耳にして、強い怒りを覚えている。自らの出自を自分で選べる者など誰もいない。自分で努力しても変えられない運命を差別の口実にするなど論外でしかない。
別に嫌なら、僕の治療なんか受けなければいいだけのことである。
教会からも枢機卿クラスの神官が派遣されるとのことである。
ちなみに、神官は下の階級から司祭、司教、枢機卿、法皇となっており、司祭でレッサーヒール、司教でヒール、枢機卿でミドルヒール、法皇になるとハイヒールという神の奇跡と呼ばれる魔法を使うことができるのだそうだ。
骨折の治癒にはミドルヒールが必要なため、ダンジョン遠征のように冒険者について想定される負傷の中に骨折が含まれる場合には、ミドルヒールが必要となるため、冒険者ギルドが毎年教会に懇願して派遣する神官は枢機卿以上でということになっている。
しかし、当然費用の方が馬鹿にならず、ミドルヒール1回で金貨5枚だそうで、それでも高位の冒険者になると、骨折で仕事を休むと休業期間の損失がそのくらいになることも珍しくないため、泣く泣く治療代を払う冒険者もいるとのことであった。
まあ関知するまで1ヶ月半2ヶ月平気出かかることを考えれば、一瞬で治癒するならそれもありなのかもしれない。なぜ一瞬で治るのか、僕には全く理解はできないが。
なので、お金がかかっても早く治す人は教会へ、費用を安く済ませるなら、僕のところへと一応棲み分けはできるのだが、ルフィーネのような内蔵損傷はハイヒールでないと治療できないらしく、その相場は金貨100枚だそうである。
という理由で、ルフィーネへの損害賠償のうち金貨100枚分は治療代として僕に払われているのだが、残る200枚の慰謝料で、ルフィーネは当面の生活には困らないのでゆっくり静養している。そのルフィーネだが、今は意識も戻っており、パーティーの定宿でリハビリを一日数回しながら冒険者復帰を目指している。固形物の食事もできるようになっているので、思った以上に回復は早い。数ヶ月もすれば日常生活には戻れるだろう。ただ、冒険者復帰となると、もう少しかかると見た方がいいか。
そしてイワノフは単純骨折だが、腕の骨が折れているので、完全にくっついて再び冒険者業に復帰するのには時間が掛かる。賠償金で教会の治療を受けられそうなものなのに、人族至上主義の弊害に直面し、人族至上主義の権化である教会では人族でないものは治療を受けることができないのだそうだ。
僕が教会を軽蔑し、嫌悪する理由としてはそれだけでも十分だろう。
なのでダンジョン遠征中はルフィーネの看護と自身の療養を兼ねて、街に残ることになっている。そして何かあれば、修道院の庭先にある野外オペルームに日の入りから夜明けまではいることになっている僕に連絡することになっている。
ライラは元々救援要請だったので無傷だが、ヴォルフも肋骨の罅なので元々骨折の中でも治るのは早い怪我ではあるものの、それでもこの期間で完全に治っているのは前世の常識ではちょっと考えにくかった。獣人は体が丈夫なんだよと言われても、前世にそんな種族がいないので、比較対象がないことも驚くしか選択肢がない理由になっている。
なのでライラとヴォルフには救護所での助手を頼んでいる。日当もでるし、ダンジョン内の探索討伐組より安全なので病み上がりの仕事復帰にはちょうど良い。パーティーが完全復帰するまで単独で依頼を受け、パーティーの活動指揮の足しにしていかなければ、如何に賠償金をもらったとはいえ、復帰するころには信用が全くなくなっているということもあるとのことだった。
遠征中はダブルシフトで仮眠は街に戻ってきた後、点滴を交換し、翌朝また交換するまでの間で、救護所がどの程度忙しいのか分からないが、5日間、寝る時間もとれるならなんとかなるだろう。伊達にブラック医療現場で使い捨てにされていない(・・・泣いてなんかないんだからね)。
そして、遠征の日がやってきた。ギルド前に酸化する冒険者が集合し、冒険者階級ごとに隊列を形成し、点呼を取っていくらしい。
軍隊じゃあるまいしと思ったがよくよく考えたら軍隊みたいなものだった。
僕は雑務後方支援のグループに分類されるので、隊列の一番最後になる。
普段ギルドにあまり寄りつかないので、僕に従魔がいること、それもドラゴンとフェンリルがあまりに目立つ状態であることはそれほど知られていない。もちろん普通に街を歩いているので、噂にフェンリルとドラゴンを従魔にしている冒険者がいるということは知られていても、その中身が僕であることが一致しないのである。
激論を交わした家族会議の結果、救護所と修道院往復を往路と復路に分け、往路はギンが復路はムートが受け持つことになった。
両者ともに僕を乗せたいとの希望を譲らなかったために、折衷案としてそうなったのだ。
ただ、他の冒険者と一緒に移動する一番最初と最後は全員で引き上げるのかどうか分からないけど、についてはギンに乗っていくことにした。ムートは半分こにしないと公平じゃないとごねたが、他の冒険者へのインパクトはフェンリルの背中に乗って移動する方が、ドラゴンに乗って移動するよりも少ないので、僕がなんとか折れて欲しいと頼んだ。
僕がムートに乗る場合、ムートは元の大きさに戻ることになるが、そうなると10mを超えるドラゴンが突如出現することになってしまう。町の人がパニックを起こす未来しか想像できないよね。
他の冒険者が幌馬車に分乗して出発していくのを横目に僕はギンの背中に乗って、あとからとことこと付いていく。
そして、救護担当ということで、僕と同じ、救護所に待機する教会から派遣された神官というのを、このとき僕は初めて見た。
なんと言ったらいいのか、教会の神官は全員が白いローブを着て、袖のところに入る金糸の線の本数で階級を表すのだそうだ。枢機卿の場合、本数の少ない司祭から数えて3番目なので3本の線が入っている。教会ではかなり上の地位になるらしく、これ見よがしに袖の刺繍が見えるように歩いているが、それよりローブで隠し切れていないその三段腹、確かに残暑はまだまだ厳しい季節とはいえ、朝晩はそれなりに過ごしやすいの病気としか思えないその汗の量が生理的に近寄りたくない印象を初対面から植え付けてくる。
そんなやつが口を開けば、自分はどこの貴族の覚えがめでたいだの、多忙を極めるワシを呼びつけるなど不遜だだの、挙げ句の果てには移動用の馬車は他の冒険者がまとめて幌馬車の荷台に押し込められているのに、従者を引き連れキャリッジで移動とか、もはや空気読めないにも限度があるんじゃ、という目の前の光景に早くもうんざりしていた。
馬車での移動で半日を要する頃、大きな岩山の前に仮説のテントが立ち並ぶ場所にたどり着いた。
岩山が眼前にそびえるその真正面に二枚度の観音開きの大きな鉄の扉が開いた状態で、その前には槍をもった兵士が左右に一人ずつ配置され、その入り口を囲むように鉄柵が張り巡らされていて、鉄柵の正面開口部からしか、入り口にアクセスできないようになっていた。
僕はその鉄柵の外にあるテントの一つを割り当てられた。
長時間の移動で一時的に疲労困憊の冒険者は銘々体調を整える休憩を挟んだ後、岩山の扉の向こうに消えていった。
よく分からないが扉の向こうにダンジョンというものがあるらしい。
大変に危険な場所とギルドでは聞いているので、わざわざ足を運ぶつもりなどない。
ギンは、「我がいれば、そんなもの楽勝だぞ?」と伝えてきたが、職務を全うすることが優先だから、とばっさり切り捨てる。
とりあえず、移動だけで半日かかっているので、到着後他の冒険者がそうであるように、僕らも食事を摂ることにする。
テント村での派手なやらかしを知っている一部冒険者は、自分たちも相伴に預かれるのではとこちらをちらちら見てくるが、そんなの相手にするつもりはない。
天幕型のテントなので開口部は大きめだが、入り口の幕を下ろすことで外部から遮蔽することができるので、閉めきった状態で食事にする。
同行しているのはギンとタラちゃんとプルンでムートと井田さんは留守番である。
井田さんは危険な場所で自分の身を守るのが難しいこと、ムートは野外オペルームと中の病人の警護である。
留守を狙ってよからぬことをたくらむ人間がいないとも限らない。
この場に野外オペルームを持ち込めないのは不便だが、修道院の人たちのために起きっぱなしにするしかない。
ちょっと遅めの昼ご飯に作り置きとはいえできたてホヤホヤのサンドイッチを全員で食べる。
刻んだキャベツにボアカツと特性トマトソースがなかなかのコンビネーションである。
食べている間も三々五々と冒険者はダンジョンの中に入っていくようだが、さすがに食事中にけが人が担ぎ込まれるなどということはなかった。
食べ終わって、テントの中を整理する。
患者用のベッドを、真ん中に自分が立って、どの患者にもすぎにアクセスできるよう、放射線上に三台の寝台を並べる。
寝台といっても、木の足を並べてその上に木の板を置くことで簡易ベッドにした状態のもので、持ち運びできるように、布団も軽さを重視した布に兎の毛を詰めたもので、弾力性と包まれ感を全く期待できないものだった。
「国境泣き医師団」の野戦病院ってこんな感じなのかな、床に自家置きでなく簡易とはいえベッドがあるだけマシかなと思いながら、松葉杖や担架などを天幕の隅のじゃまにならないところにおき、今回の秘密兵器、歓声直後の抗生物質とアルコール消毒液をすぐに手の届く机の上にまとめて並べておく。
たくさんの包帯も、机に並べ、野戦病院ぽさを演出する。
後は患者が運ばれるのを待つだけである。