エピソード30
その鍛冶師は、背丈が低く、あごひげと口ひげがつながった精悍な体躯の人物だった。
そう、イワノフの身体的特徴の第一印象と全く同じ、ドワーフだった。
どうやらドワーフという種族自体が鍛冶という職業に適性を持ちやすい種族らしく、腕利きの鍛冶師を何人も輩出している種族で、ちょっと大きな街にはドワーフの鍛冶師が工房を開いているとのことである。
鍛冶という職業が冒険者にとっての必需品である武器と防具の供給元であることからか、人種差別の激しい地域においても、ドワーフに対する差別はあまり存在しないのだという。
僕は工房に併設された店舗のドアを開け、中に入った。そして、冒頭のドワーフと対面したのである。
「初めて見る顔だが、どうやってここに来た?」
・・・歩いてきたっていう意味じゃないよな。誰に聞いたって意味でいいんだろうな、おそらく。
「アルフレッドさんから紹介してもらった。」そう答えながら、紹介状を渡す。
無朝苦しい無精ひげを揺らしながら「ほう、アルフレッドは元気か。」と低い声で問いかける。不調法だが、敵意は感じられない。質問というより世間話をどうやって進めるか、くらいの気持ちで聞いたほうがいいのだろう。
「僕もあまりギルドマスターのことは知らないんだ。オーダーメードで制作してもらいたいものがあって、鍛冶師の紹介を頼んだら、あんたのことを教えてくれて、紹介状ももらえたんだ。」
「・・・そうか、奴が元気なら、それでいい。たまには顔を出せと言っておいてくれ。それでだが、まあ紹介状がなくてもあんたの頼みには応じるつもりではあったがな。」
?今日が初対面のはずだが?どこかで会ったことがあったか?
「すまない、初めて会ったと思うんだが、どこかで会ったことあるか?」
「ああ、そうか、不思議に思うのも当然か。オレはオロコフってんだが、見てのとおりドワーフだ。そしてイワノフとは同郷の誼でな、やつの装備もそうだし、やつのパーティーの装備も金属製ならオレの作だ。おまえがイワノフの言ってた、見た目全然強そうじゃないのに、ドラゴンとフェンリルを従えているって有名な冒険者だろ。そいつらを見間違えるってのが、無理な話だ。イワノフが世話になった。」
ああ、そうか。人間の街では、ドワーフは数が少ないらしい。そりゃ同族同士交流もあるか。元の世界でいう県人会みたいなもんだな。
「まあ、僕はたいしたことはしてないがな。」
「あのな、謙遜は美徳かもしれんが、過ぎたるは嫌みにしかならんぞ?キンググリズリーに襲われた冒険者を助け、キンググリズリーの子まで助けて、その場を収めちまうなんざ、どこの勇者だ、って話だよ。まあ、雑談はこれくらいにしとこう。本題だ。何が欲しい。武器か?鎧か?」
「あ、いや、違うんだ。ちょっと特殊なものを作ってもらいたいんだ。言葉で説明するのは難しいんで、絵で説明したいんだが。」
「・・・一体何を作らせようっていうんだ?」
記憶を「頼りに、あとは化学の知識もフルに動員して、羊皮紙に図を描き、説明すること1時間が経過した。
「ガハハ、腕によりを込めて、いいもん作ってやるぜ。」
オロコフはすっかりその気になっていた。
「代金は前金で半分、金貨3枚だ。残りの半分は、モノができあがったときに、そうだな、金ではなくて、それで作った酒を、残代金分もらえばそれでいい。」
僕が注文したもの、それは蒸留酒製造用のスティルレリーであった。
麻酔薬の有効成分を患部に浸透させるため、液体状にして皮下注射か、もしくは点滴で注入するのだが、朝顔の種から生成出来る麻酔薬成分は親水性ではない、つまり水に溶けにくい物質である。
親水性でないということは、多くの場合親油性、つまり油には溶けやすい性質を持ちやすいのだが、油に溶かした状態だと、今度は体内に吸収されにくくなる。そこで用いられるのがアルコールを溶解液として用いる方法である。
実は薬師ギルドでアルコールについても尋ねたのだが、酒精とは、ワインかエールに入っているもの、という認識しかこの世界には無かったのだ。
つまり醸造の方法は確立されているのに蒸留の方法はさっぱりということなのだ。
これまでにも何度か異世界から勇者召還や聖女召還が行われ、日本食も米も醤油も味噌も存在するのに、蒸留の方法がないのは、召還されるのがなぜか10代の男女、日本ではほぼ高校生だったから、酒精の強い酒を何が何でも飲みたいので再現しようという動機を持つ転移者がいなかったからなのだろう。
もとより、僕もウィスキーやブランデーが飲みたくてスティルレリーを求めている訳ではない。ワインやエールではアルコールの代替にはならない。ワインでおよそ20%、エールだと5%程度しかアルコールを含有していない。医学的な目線では、ワインもエールもアルコールじゃなくて水だ。決して飲んべえの台詞じゃないぞ。
アルコールの沸点は水より低い。両者の沸点の違いを利用して、アルコールだけが気化した状態で分離し、冷却することで液体アルコールをワインから取り出すことが出来る。
まあ、途中までブランデーと同じ製法だ。
温度をより精密にコントロールすることで、純度80%以上のアルコールが生成出来れば、用は成す。
大気中にも気化した状態の水はどうしても存在するし、熱して気化したアルコールと一緒に熱せられることで飽和水蒸気量が増えた状態の空気も冷やされ水も混ざってしまうので、純度100%のアルコールなど原始的な蒸留装置で生成することは不可能である。
そう、作ってもらうものの説明の中に蒸留酒の製造原理を利用してアルコールを生成すると話したことから、ドワーフのやる気に火がついてしまったのだった。
イワノフも大概酒好きで、骨折の治りが悪くなるから駄目だと注意したが、ドワーフとは総じて酒好きの種族らしい。
まさか代金の半分まで装置で作った酒で要求されるとは思わなかった。
麻酔がないとこの先何もできなくなるので、応じる一択しかないのだが、本当に任せて大丈夫なのかという不安を覚えずにもいられない。
「ガハハ、任せておけ。酒のためなら抜かりはねえ。」
「いや、酒のためじゃねえし。けが人とか病人の治療に使う薬を作る器具だよ。」
「細かいことはいいんだよ。酒が造れて、人助けにもなれば目出度いことじゃねえか。」
なんか間違ってる気がして仕方ないんだが。
蒸留装置はなんとかなりそうだったので、次の注文についての説明に移った。
そう、鍛冶師に作ってもらいたいものはもう一つあったのだ。
イワノフのときは、綺麗な単純骨折だったことから、外部からの添え木で間に合ったが、四肢の複雑骨折や破断した場合、プレートで骨を固定しないとならない、運良く再接合出来ればプレートは除去できるが、場合によってはそのまま残りの人生プレートを埋めたまま過ごさなければならないこともある。
そのため、プレートに使用する金属は前世ではチタンが主流だったが、この世界の定番の鉄や銅あるいは銀といった酸化する金属では都合が悪い。まして銅や銀は酸化すれば有毒な物質を生成してしまう。
錆びないということ、外部からの衝撃に、少なくとも骨と同程度には絶えられる強度が必要という説明をして、また形状も、手と足の太さに合わせて2種類、膝と肘のジョイント部分は、それらの可動部分を出来るだけ動きで再現できるように、前世のプレートを思い出しながら、図解して説明する。
ボルトは規格を揃えることで種類を減らしロットを増やすことで生産の合理化とコスト削減を目指す。
今度の遠征のために準備する量はそれほど必要ではないが、この先も必要になってくるもので、鍛造の必要はなく、鋳型があれば生産が合理化できると説明し、鋳型を残して追加注文できるようにしておく。
オロコフの助言で、骨折用のジョイントは商業ギルドで特許を取り、オロコフが独占使用権を得て、製造数に応じて特許料を支払うことになった。
僕としては、製造特許を持っていたメーカーに申し訳ないと思いながらも、医療器具なので、見た目似ているなどという理由で、本来の機能を持たないまがい物が出回ってもらっても困るので、助言に従い特許申請はすると約束した。
オロコフのところでの用事は済んだが、オロコフに木工の職人と石臼を手に入れられるところを尋ねた。
石臼の入手は職人の工房街の一角に、職人による共同出資のお店があり、石細工師による石臼が何種類も並んでいた。
毒物と経口の薬は、浄化を使用すれば問題ないにしても気分の問題もあるので、それぞれ別の石臼を使用したかった。薬師ギルドで薬研は購入したが、粒を揃えて細かく粉状にするには、やはり石臼の方が便利に思うので、少量で貴重な生薬はロスを減らす意味で、薬研を用い、希少性のない材料の加工は石臼ですることにした。
石臼はそれぞれ大きさを変えて3つ購入する。
一つ一つが摩耗に強い石に罅のないものを吟味して溝を刻んであり、まごうことなき職人の仕事である。お金の心配はない。
良い仕事を値切るなんてもってのほかだ。値段を聞いてそのまま支払おうとしたところ、オロコフが、「オレの客人にちんけなまねするんじゃねえぞ・」、と工房から出てきて売り場の人間に声を掛けていた。石臼を買う場所を聞いたのでわざわざ声を掛けに来てくれたのだ。
なぜか、突然値段が半分以下になった。ちょっと待てよ、おい。カモ扱いか?
せっかく、職人の仕事だ、経緯を表すぜと格好付けた5分前の僕の気持ちを返してくれ。
突然値段が急降下したため、居心地悪くなったが、渡しかけてた金貨を袋に戻し、気魔津い空気の中、おつりをもらった。
最後は木工の職人への注文だった。
オロコフさんが紹介してくれた木工職人はエルフだった。
人族の職人ももちろんいるが、亜人と呼ばれるドワーフ矢エルフ、獣人などは、やはり人族の国では、いわれのない不利益を受けているらしく、何かの機会には助け合う関係にあるらしい。
異国の心細さを分かち合って肩を寄せ合い生きていく、そんな関係きらいじゃないぜ、と心の中で格好つけておく。
もっとも、情を優先する訳ではなく、エルフは植物と対話出来るなどと言われており、木工に優れた才能を持つ職人を排出しやすい種族ではあるらしい。
まあ、そんなたいそうなものを作る予定ではないんだが。
制作してもらうのは、松葉杖と担架だ、担架については大は小を兼ねるので、サイズを統一し、冒険者でも平均ではなく大きいと言われる体型に合わせる。世界のどこかには巨人族と言われる通常の人族の1.5倍から2倍はあるという人たちもいるらしいが、さすがに見かけたことはないし、そのサイズに合わせてしまうと一般的な人族や獣人族エルフなどに閊えなくなってしまう。
もし巨人族に担架が必要になったら・・・そんな日が来ないといいな。
松葉杖は、簡単そうに見えて、実はあの曲線一つにもたくさんのノウハウが詰まっている。
人の歩くピッチに合わせて、前傾後傾する場合でも、地面に伝わる力が逃げないように、脇と手で支える軸を通じて杖全体に伝わる力が、接地点に集約される形状なのである。
まあ、およその形にしておけば、多少のロスはあっても、おおむね力が接地点に伝わり、姿勢が安定しやすくなる。
そのカーブへのこだわりを職人が呆れるまで懇切丁寧に説いて、僕は4本ずつ3種類合計12本発注した。
3種類というのはもちろん脇を充てる部分から握る部分までの距離と、その距離に応じて脇から地面までの距離で種類である。杖が長すぎても体重を支える力に無駄が生じるが、短い方がより難が多い。多少長くても用をなすが、短いと何もならなくなる。
松葉杖を使用するのは骨折などで足に不自由があり、歩行困難な患者であるから、当然自分の体重を支えて膝を曲げることで地面からの距離を調整するなどという芸当など出来ない。足の幅を広げることで調整出来る上下の幅がリミットである。
それだけにサイズの違いは出来るだけ選択の幅を広げておきたかった。
最初に杖と説明したことで、魔導師の杖としては欠陥だ。おまえは魔法のことを何も分かっていないと責められたが、用途が違う。足を怪我した人が歩く時に添えるものだと説明して、逆にそのカーブの角度にも意味があるんだと伝えると、のめり込むように関心をしめした。
脇に当てる部分と地面に付く部分に皮を巻いてもらい、滑りにくくする加工も忘れずに指示する。




