エピソード3
俺の名前はハンス、名もない辺境の村で自警団をやっている。
友人で幼なじみのトニーも一緒にこの村で自警団をやっているのだが、トニーが魔物に襲われて大けがしちまった。正直なところ、あの怪我じゃもう長くは持たないだろう。妻と娘を残してなんて死んでも死に切れねえ。ちくしょう、それにひきかえ俺は。
俺たちはこの村で生まれ子供の頃からずっと一緒だった。この国の子供は6歳になると、神の啓示として適正職業の判断を受ける。俺は剣術(初級)あいつは格闘術(初級)だった。
最初から上位職の啓示をもらえる人もごくまれにはいるそうだが、こんなへんぴな否かでは、そんなことは何十年に一度もあるかどうかだ、少なくともこの村でそんな天部の差異に恵まれた子供は記録にない。
魔物と戦う技術を与えられた俺たちだが、都会に出たらごく平凡な内容でしかなく、早晩に職にあぶれるのが分かっていたので、成人になってからもこの村に残り、村の人たちのためにも狩りをして食料を調達する仕事の傍ら、自警団に入って魔物の襲撃を防ぐ役割wしていた。
金や出世なんかとは無縁な生活だったけど、それでも周りの大切な人たちの役に立っているってちょっと矛らしかったんだ。
ところが、あいつが、あんな化け物がどこからともなく突然現れて、村をおそってきやがったんだ。
辺境の森の近くにあるとはいえ、今までそんなことは一度もなかったんだ。ちきしょう、こんなことを言っている俺たちは油断していたのかもしれない。村の入り口の守衛を一人だけにしてしまっていた。何も怒ることなどないと心のどこかで高をくくっていたのかもしれない。
あの巨大な化け物が村の畑をおそったとき、トニーのやつは村の人たちの大切な食料だからって真正面から戦いを挑んでいったんだ。
彼我の実力差も顧みずに。なすすべもなく復帰飛ばされた。
俺たちが駆けつけたときはもう、虫の息だった。
この村には高位の神官なんていねえ。6歳の子供に天啓を与える神官は1年に一度地方野村を回って儀式を行うだけだ。治癒魔法の使い手なんて一人も村にはいねえし、体表の傷を治すだけのポーションではあいつの怪我を治すのは不可能だった。
魔物にやられて命をw落とす人間は後を絶たねえが、村にいてそんな目に遭うなんてここ何年もなかったのに。
けど、そんなことは言ってられねえ。本当なら俺だって昨日トニーと同じ目に遭ってたはずなんだ。ただ、俺はトニーのぼろぞうきんのような姿が脳裏をよぎってしまい、あの化け物おを目の前にして一歩も動けなかったんだ。トニーは敢然と立ち向かったのに、おれは腰抜けなんだ。
けど、畑を踏み荒らされて生きる希望を失う村人を見ると、俺の心はつぶされそうな罪悪感で苛まれていた。立ち向かうだけ無駄なのかもしれないが、一歩pも動けないなんて惨めな思いをこの先も抱えて生きていくほうがつらいぜ。今日あの化け物がおそってきたら適わないまでも、一矢は報いてやるんだ。
そう自分に言い聞かせて、村の入り口に立っていたんだ。
すると、草原の向こうから大きな狼と大きさだけならそれほどでもなかったけど、ドラゴンが村に向かって来たんだ。
冗談じゃねえ。あの猪の化け物ですら、俺たちが何人束になってもかなわねえってのに、あんな巨大な狼どころか、ドラゴンなんておとぎ話にしか聞いたことがねえのに、それがセットでこっちに来るなんて。
短い人生だったなあ。
俺は今度こそ逃げないと誓ったその誓いが心の中で音を立てて崩れそうになるのを必死に押さえつけ、健を鞘から抜いて構えた。
ところが狼とドラゴンはこっちの存在に早くから気付いているだろうに、その歩みが変わることもなくゆっくり近づいて来たかと思うと、狼が突然その場に伏せたんだ。
見れば背中に人が乗せられていた。
あっけにとられていると、その狼の背中から竜が男性を加えて地面に下ろすと、狼と一緒に距離を取りだしたんだ。
俺はおそるおそるその男性に近づいたが気を失っているだけで、目立ったところに怪我などもなかった。
あわてて村の中に担ぎ込んで、家につれて帰ったんだ。
その男のことは気になったけど、いつまたあいつが襲ってくるかわからねえ。それどころか、巨大な狼だのドラゴンだの、むしろ気にしなければならない理由が増えてしまった。
ろくに説明もできないまま俺は村の入り口に戻っていった。
あの狼とドラゴンは村の入り口からちょっと放れたところで、こっちを見ているだけだった。
一体何がしたいんだ?こっちに向かってくるでもねえ、かといってどこかに行くわけでもねえ。
何をしたいのかわからねえっていうのがかえって不気味だった。
日も高くなった頃、狼とドラゴンが突然動き出したんだ。
俺の背筋は一瞬で凍り付いた。緊張感とかそんなんじゃねえ。もう何をどうしても勝ち目のない絶対的な存在だったんだ。苦しまねえように一発でやってもらえねえか、そんな悟りの境地に至った気分だった。
ところが、狼とドラゴンが見ているのはこっちじゃねえ。
何があったと思って狼とドラゴンが見ている方角を見ていたら、小さな豆粒がどんどん大きくなって、あいつらが村を襲いに来たって分かったんだ。それも過一回り小さな猪を何頭も引き連れて。
ちきしょう。今日こそは俺の命に代えても、この村だけは。汗ばむ手で健を握り治して、敵に向かって駆け出そうとした。出来るだけ村から離れたところで接敵しねえと。
・・・・そう考えてた時期が俺にもあったんだ。
村から離れたところに居たドラゴンと狼が突然あの化け物猪たちの群れの前に立ちふさがったかと思うと、あっという間に虐殺劇が繰り広げられたんだ。
何があったのかも正直わからねえ。
家よりもでけえあの化け物猪をドラゴンが尻尾で一叩きしたんだ。突然猪が動きを止めてその場に崩れたんだ。そしてその横に居たはずの狼の姿が見えなくなったと思ったら、化け物猪が引き連れていた一回り小さいだけの猪の魔物も次々とその場で崩れ落ちたんだ。
俺が何を言っているか分からねえだろうけど、俺も何があったのか分からなかったんだ。
ドラゴンと狼は、その場に崩れ落ちた猪を運んで、村の入り口の横に積み上げたんだ。
俺はあわてて村の中に駆け込み村長を呼びにいったんだ。
俺が村長を呼ぶついでに、狼が運んできた男性の様子も見に行ったら、男性は起きてた。俺がうわごとのように話した狼とドラゴンの話を聞きつけたその男は村の外に出てきたんだが、その後の光景も理解できなかった。
俺の目の前で災害としかいいようのない巨大な猪の魔物を文字通り一撃で倒したドラゴンが、何をしたのかすら見えなかった狼が、その男に駆け寄って、頬摺りしてるんだ。
ああ、何を言っているか分からないんだろう?心配するな俺も分からねえ。
俺が目の前の光景に度肝を抜かれているとその男は目の前の災害級の魔物が自分の仲間だといって紹介していた。それだけじゃねえ。俺の幼なじみのトニーの命を奪ったあの敵は、従魔が倒しちゃったから皆さんで食べてくださいだと。
あー、もう何度目か分からねえけど、俺も何を言われたのか分からねえから気にするな。人間ってびっくりしすぎるとかえって冷静になれるんだな。
俺はもう一生分驚いたと思ったんだが、それだけじゃなかった。死を待つしかないと誰もがあきらめたトニーの奴が目の前の見知らぬ男性によって助かったんだそうだ。その場にいたおふくろと、トニーの嫁によると、見たことがない儀式だったんだそうだ。
ここまで来れば俺にだって分かる。あの男は神か神でなければ神の使徒だ。この村に降りかかった災厄を振り払うべく神が俺たちの元に送ってくれたんだ。
俺は流れる涙をぬぐうことも忘れて、神がもたらした奇跡に感謝した。