エピソード25
食べ終わってもろもろ片付けたところで一息ついていたら、どうも先ほど助けた小さな蜘蛛の様子がおかしい。
そわそわと動いているのだが、何をしようとしているのか全く分からない。
するとギンがため息をついて、「主殿はまだこの世界のことに知識がないので仕方がないのだが、その小さな蜘蛛は「仲間になりたそうにこちらを見ている」とのだ。主殿が名前を付けるのを待っている。」と教えてくれた。
え?仲間にするってこと?蜘蛛かー。女性や子供は苦手にする人もいるかもしれないけど、縫合糸をなんとか入手するためには、ついてきてもらった方が便利かもしれないな。
けど名前かー。
蜘蛛に名前付けるとか正直何も思いつかない。
うーん・・・どうする。
種類は何だろう?と考えたところで、ギンから、「極小蜘蛛」という種族最弱の蜘蛛で、蟻に補食されるらしいという情報が。
極小?世界最小?胴体だけで唐揚げと同じ大きさなのに?前世で見たことはないけど世界最大といわれるタランチュラと同じ程度の大きさのものが?まあその直後にこの蜘蛛を食べようとして枝葉の陰から出てきた蜘蛛は人間の赤ちゃんくらいのサイズだったから、たしかにそれと比べたら、小さい野かも知れないけど。
蜘蛛、スパイダー、ブラックウィドウ?、タランチュラ、・・・すぱいだあ、か、じゃあ「井田さん」で。
「今日から君の名前は「井田」さんだ。」
僕がそう叫ぶと目の前の小さな蜘蛛の足元に魔法陣が浮かび上がり光り出す、すぐにその光は収まり、頭の中に「極小蜘蛛(井田さん)が従魔になりました。」という声が響いた。
井田さんが、キュキュと鳴く。なんとなくだけど喜んでいるような感じが伝わってくる。
ギンは「その蜘蛛は外敵が多すぎるからな。主殿の庇護が受けられるのはラッキーじゃ」
すると、井田さんが小刻みに震えたかと思うと、おしりの先から光る何かを出し始めた。
何だろうと目をこらして見ると、細い細い糸だった。
どうやら先ほどの独り言?は聞こえていたらしく、内容も理解していたらしい。
コミュニケーションの手段がないのがハードルとして残っているが、とりあえず、今はそれどころじゃ。
僕は縫合糸を使い切ってしまい、裸の状態のままだったボビンを慌てて取り出し、井田さんが吐き出し続ける糸をボビンに巻き付けていく。
口径は神経縫合用の縫合糸となんら遜色はない。
強度は・・・今は巻き取りに専念しているので、後で試してみる。巻き付けている感触ではそこそこの強度がありそうだった。
そのまま巻き取り続け、ボビンからあふれそうになったところで、「ありがとう、十分だよ」と井田さんに伝えると、井田さんは糸を吐き出すのを止めた。
感謝の印に、唐揚げをもう一つ取り出して同じように小さく刻んで目の前に置く。
井田さんはすぐに飛びついて食べ始め、なんとなく嬉しいという気持ちが伝わってきた。
ところが、突然井田さんは食べるのを辞めて、僕の足元にすり寄ると、そのまま足をはい上がって、白衣のポケットの右脇腹についてているポケットに潜り込んでしまった。
時を同じくして、ギンとムートが殺気を纏い、僕の後ろに回る。
何かと思い、後ろを振り返ると、僕を庇うように前に立つ2匹と対峙して、大きな蜘蛛がそこにいた。
大きさと種類はついさっき、井田さんが掛かっていた蜘蛛の巣の主と同じである。
全く同一の個体かどうかは知る術はないが、偶然にしてはできすぎているので、同一の個体かもしれない。
ギンとムートの緊張感が増していくのが伝わってくる。
ただ、その蜘蛛は、というと前のめりというより後ずさりするような後ろに体重が掛かっているようで、どう見ても攻撃してくる感じには見えなかった。
すると、プルンが僕の体を這い上がって来て左肩に乗り、「ご主人ー、あの蜘蛛、ご主人の従魔になりたい、って言ってるよー」と告げた。
「プルン、蜘蛛の言葉が分かるの?」
「うーん、うまく説明出来ないけど、分かるー。あのね、巣に貼り付けてもらった食べ物がものすごく美味しかったんだって。だから、付いて行けばもっともらえるかな、だって。」
ずいぶんと即物的な話だなあ。そんなんで自分の運命決めていいのか?
少し呆れていると、ギンが「主殿、ポイズンタラテクトはなかなかに強い魔物だぞ。主殿は優しすぎてこの世界では危険すぎるしの。我とムートがいれば、対外のことはなんとかなるが、プルンも井田さんとかいうのも戦力枠には入らないのだし、そこのポイズンタラテクトが希望するなら従魔にしてもよいと思うぞ。」
うーん、あまり生き物を傷つける力を求めたいとは思わないんだが・・・。と逡巡していると、目の前の蜘蛛から悲しそうな感情が伝わってくる。
それにしても、大きいなあ。女性と子供にはあまり好かれなさそうな外見だよなあ。
・・・まあさっきの蜘蛛の巣の糸の太さだと、血管縫合はもう無理だけど、皮膚の傷口の縫合には閊えるかな。
傷ポーションで間に合わないくらいの深い傷の縫合も必要だろうし、じゃあ、蜘蛛が良いっていうのなら、従魔にするよ。
ぷるんが言葉も使わないのに、なぜかフルフルしていると、僕の言葉が蜘蛛に伝わっているらしく、蜘蛛の纏う雰囲気が変わってなんとなく嬉しそうな気持ちが伝わってくる。
プルンが「名前付けて、だって」と言ってくる。
そうだよなあ。名前名前、もう正直どうしていいか分からない。蜘蛛に「井田さん」とか付けるの、この世界的にどうなんだろう?と思うんだけど、特徴から名前続けるの難しいんだよね。
ポイズンタラテクトかー・・・あ、もうこれしか頭から離れなくなってしまった。
でもなあ、ふざけている感じに聞こえないかなあ。
一人で悩んでいると、プルンが「早くお願いって言ってる」と急かして来た。
「うーん、じゃあ君の名前は、「タラちゃん」で」
僕がそう叫ぶと、蜘蛛の足元に魔法陣が現れて光り、そして消えていった。
「おおきにでっせ。」そんな声が聞こえてきた気がして、驚き当たりを見回す。
首を振り回しながら全方向を見ていき、タラちゃんのところで視線を止めると、「さいです。わてです。」とまた頭に浮かぶ。
会話出来ているのか?
ギンによると、ポイズンタラテクトは蜘蛛の魔物の中でも比較的高位の存在ではあるので、他の種族との間でコミュニケーションが出来ることがある。人語はさすがに無理だが、最上位のアラクネば人語も話すことも出来る。我はこやつとの会話は無理だが、ぷるんは出来るようだ。まあプルンはスライムといっても我と同じアルテミアス様の眷属、特別なスライムだから、そういうのも可能なのだろうとのことだった。