エピソード22
薬師のギルドを出ると、もう街の外に出る時間はなかった。
すぐに日が暮れてしまうのを知りながら敢えてその時間から街の外に出る理由もない。
ずっと野外用オペルームをテント代わりにするのもなあ、と思いながら、他のオプションが思いつかないので、必然的に足はテント村に向く。
途中市場によって、大量に肉と野菜を購入し、また屋台で串焼きを買って表でずっと待ちぼうけになっていたギンのご機嫌を取る。
もっとも市場で肉を大量に購入した時点で、既に尻尾が揺れ始めており、屋台の串焼きの前では地面に罅が入り、生み出された風で屋台が吹き飛ぶかというほどの勢いで尻尾が回転していた。
屋台の串焼に使われている肉は草原にあふれかえる兎の肉が主力で、ちょっと高級なものになるとオークという名前の二足歩行するブタの魔物の肉が使われるらしい。
うさぎだと度1本大銅貨1枚なおにオークだと量が半分以下なのに1本銀貨1枚もするらしい。
それでも依頼に成功して懐の暖かい冒険者などが購入していくのだそうだ。
さすがにそれ以上のグレードは屋台のような大衆向けの店で売るには向かないらしい。
ショートホーンブルの体色が赤色のものなんかは、貴族でも年に一度食べられるかどうかで、グレードが一つ下がる黒のものであっても、お祝い事でもなければ食卓に上らないのだそうだ。
ロングホーンブルは、ショートホーンブルより希少性が低いため、市場の肉屋でも注文しておけば入荷時に取り置きで販売してくれるらしい。
冒険者からの直買いも受け付けるそうだが、トラブルになりやすいのギルドではギルドを通じて野取引を推奨している。
串焼きで小腹を満たしながらテント村に戻ると、明日からの遠出に備えて、できあいの料理をすぐに食べられるよう、まとめて調理することにした。まだ日没までは時間もあるので、テント村の共同炊事場には人が全くといっていいほどいない。
常設の竈は薪を使う形式のものと、魔法陣が設置され、所定の場所に真石をおいて使用するものとがある。
電気もガスもないこの世界で、電気やガスの代わりをするのが魔石ということになる。
魔石はどんなに弱い魔物にも存在するが、その強弱に応じて魔石の大きさ、内包する魔力つまりエネルギーの量が異なる。逆に言えば魔石が大きいほど強い魔物だということが一般的には言えるらしい。
1回の調理に使う魔石はゴブリンの魔石1個で足りるらしい。ゴブリンというのは先日森の入り口で野営していたときに野外オペルームを攻撃してきた要人工透析の顔色の悪いおじいちゃんみたいな生き物だ。
うーん、肝臓に重大な疾患を抱えた患者にしか見えないのい、ガスボンベや乾電池みたいな扱いのために、その命を奪うのはたとえ生活に必要不可欠でやむを得ないという事情を加味しても、僕には無理だな。
まあ、ゴブリンの討伐と魔石の納品は初級の冒険者にとって重要な生活手段らしいので、それで生活している人のじゃまはしないということで。
僕は冒険者ギルドで買った魔石を1個魔法陣の真ん中にセットし、火をつけると、鍋に豆からとれる油をぶつ切りにした兎肉が半分浸かるくらいの深さまで注ぎ、火に掛ける。
油が熱せられるまでの間に、兎の肉をぶつ切りし、溶いた卵に少量の白ワインとワインビネガーを加え、塩とハーブで味を調整したつけだれをまぶし、小麦粉を付けて揚げていく。
醤油があればなー、味噌があればなーと思いながらも味付けがなんとなく洋風になってしまうのは、まだこの世界で味噌と醤油に出会えていないからである。
味噌と醤油さえあれば、味付けが和風であったり中華風であったりも可能となる。存在自体はこの世界の人も知っているようなので、どこかにはあるはずだが、シリウスの町にも、この街でもまだ見かけたことはない。
この国最大の都市らしい王都にはあるのだろうが、一方で貴族という存在にあまり良い思い出がないので、早々とこの国を見限って別の国に行くというのも選択肢の一つではある。
油がくたびれるまで兎肉をひたすら揚げていくと、ムートとギンの様子がだんだん落ち着かなくなってきていた。
ギンは僕の上半身をそのまま飲み込めそうなくらい大きく口を開き、滝のように涎を垂らし続けていた。
ムートはドラゴンの構造上、涎を流さなかったが赤色の舌がちろちろ落ち着き無く口の周りを回転していた。
プルンも口がないので見た目は落ち着いて見えるが、よくよく見ると小刻みに震えていた。
調理が全部終わってからオペルームに引き上げるまでは我慢出来なさそうだ。
懇願するような上目遣いに笑いをかみ殺しながら、全員の皿を取り出し、できあがった唐揚げというよりはフリットかな、を一つ試食し、まあ予想通りの味だなと確認したあと、お空に山盛りになるように盛りつけて目の前に置いていく。
そこからは一心不乱にただ黙々と食べている従魔たちを横目に、ひたすら揚げ続け、肉屋で「ここからここまで全部」とういセレブ買いをした兎肉を全てフリットにした。もちろん時々味見と称してつまむのは作る人間の特権である。
ところが、共同炊事場という場所は、当然他のテント村利用者も鯛いる訳で、それでなくても目立つ従魔を連れて、周囲に料理の野いを振りまいて大量に作っていると、業者
何かと勘違いして「早く屋台に並べないかとこっちをちらちら見てくる人だかりができつつあった。
ギンの存在が牽制になってはいるものの、従魔に大量に食べさせているのが気に入らないと考えている者も出始めており、嫌な空気が流れつつあった。
本当は唐揚げ要にマヨネーズとケチャップも作り、さらには同じように大人買いしたフォレストボアも薄切りにして今度はパン粉を付けてトンカツ風にしようと思っていたのだが、トラブルになる未来しか見えないので、フリットだけで調理を終え、まだ使い終わってない魔石と一緒に煮えたぎった油を竈から外す。
本当はそのまま収納出来るが、どんなことをすれば今度は唐揚げから、収納の技能に関心が移ってしまいさらに面倒な未来が待ち受けることになりかねない。
僕は、三匹が食べ終わるのを見計らって皿を鞄に入れるフリをして収納し、まだ熱いままの油の入った鍋を両手にもったまま、心の中でオペルームに引き上げるから、ギンは人だかりを牽制して、と頼み、ギンが威圧感を増して、周りを取り囲んでいた人たちが動けなくなったのを見計らって、素早くオペルームに引き上げた。
中には研鑽を積んだ経験豊富な冒険者がギンの威圧に抗い、こちらに向かって何かを言おうとしていたが、その隙を与えず、熱い油が通るので危ないですーとオペルームまでの道をモーゼの十戒のように切り開き、素早く駆け込んだ。
オペルームに入ってしまえば、外部の騒音は全てシャットアウト出来る上、結界も張ってあり、干渉できなくなる。
翌朝は夜明け前から臭挙して門の前に移動し、夜明けと共に街を出発しようと話し合った。
あのグリズリーの親子のいた黒の森を奥深くまで探索し、麻酔の原料になりそうな材料の採取を目的とし、可能であれば熊の親子のうち子供の方の術後経過を確認し、可能であれば抜糸もする予定にしていた。もちろん日帰りは難しいので、何日かを森の中で過ごすことになるだろうし未知の動植物に出会うのが今から楽しみであった。