エピソード18
まだ意識を取り戻せていないルフィーネ以外の3人と、とりあえずこれまでの経緯について情報を交換し、この後の行動計画について話し合った。
経緯はおおむね、ライラの説明のままだったが、傷ついて死にかけていた子熊については全く覚えにないそうで、先ほどの冒険者らに、キンググリズリーを押しつけられていたことを知って、怒り狂っていた。
ルフィーネを含めた4人は、冒険者パーティー「ダイバー・シティ」として旅をしながら冒険者活動をするグループとのことだった。
「ダイバー・シティ」っていうのは民族の多様性という意味を表す言葉から取っているらしいんだ。俺らは、獣人が二人、ドワーフとエルフといういろんな種族の集まりだろ。人間にはあまり快く思われていないのは悔しいけど、それぞれが種族の特徴を活かしてお互いに不足する部分を補ってこれでも結構うまくやれているんだぜ。」
「それでさ、なんで人間はあんたらを敵視というか僕も現場を目の当たりにしたけど、差別的な言葉を投げかけるんだ。」
「逆にあんたは俺たちに何も思うところはないのかよ?」
「思うところって?実は僕、獣人?ていう人たちもドワーフ?っていう人たちも見るのは初めてなんだ。エルフ?っていうのはルフィーネのことか?エルフっていうのもよく分からないんだ。まだ意識が戻らないので話が聞けないのが残念だけど。バイタルって、人の健康状態を判断するときに気にする部分の値は今のところ危機的な状況を脱しているって示しているから、そのうち意識も戻ると思うんだけど。」
僕の説明を聞いたライラが目尻に涙を浮かべて僕の方を向く。ギョッとしたが、彼女の言葉ですぐにその意味が分かった。
「本当にありがとう。仲間を助けてくれて。あなたがいなければ、ルフィーネだけでなく、他の二人も死んでいたと思う。そうなったら私も冒険者を続けていくことは出来なくなってた。このお礼はなんとしても返したい。今はそんなにお金は持っていないけど働いて必ず返す。」他の2人も「俺たちも、がんばって働く。ルフィーネは当分無理だけど、あいつの分も俺たちががんばるから、時間墓刈るけど頼む。」
・・・せっかく助けたのに、なんで困っている人から身ぐるみ剥がそうとしている悪者ムーヴにされているんだろう?
「あーいや、確かに怪我の治療は仕事でやっているけど、そんなに気にすることないよ。僕としては、あなた方に何の落ち度もないんだし、むしろさっき奴らが原因なんだから、やつらにその責任を負わせたいんだよね。それに、キンググリズリーの子熊の命も救えたし。だからといって熊からお金がもらえる訳じゃないだろう?それを考えたら、熊からお金は取らないんだから、あなた方からだけお金を取るってのも違うかなと思うんだよね。」
そこで、一度言葉を止めて、出来るだけ安心させるようにと笑顔を無理やり創ろうとしたら顔が引きつっているのが自分でも分かるけど、
「まあ、なにかあったら協力を求めるかもしれないけど。」そう僕は締めくくり、その後はもっぱらルフィーネの回復経過について、見込みを説明する。悪役ムーヴは願い下げだが、ヒーロームーヴも柄には合わない。
ルフィーネより子熊のほうが歩けるようになるのは早いだろうから、まずは、子熊が親熊と一緒に住処に戻れるようになるまで、今のままで。ルフィーネの意識が戻ったら身長に容態を観察し、動かせるようになったら、森を出て、街に戻ることに。その間にイワノフとヴォルフは怪我が完治しなくても歩けるようになっているから、ライラも含めて3人でルフィーネを運べるようにその準備を進めることになった。
その間、健康に問題のないライラは拠点となるオペルームの周辺を中心に木の実や食べられる野草などを集めることにして、異次元ポケットの中にたくさんの肉とスープのストックはあるけど、何もかも僕に頼らない生活に戻るリハビリを開始することになった。
そう決まると、まずは森の中で事欠く心配のない木を切り出し、ルフィーネの移動に使う担架を作成する。あくまで街に戻る間の使用に耐えられればよいので、二本の木の棒に蔓を巻き付けただけの簡易の担架で間に合う。一応試験的にライラに寝てもらい、僕とヴォルフとイワノフで持ち上げ、強度が十分足りていることを確認する。
子熊は山羊のミルクと豚骨スープの量が日増しに増えていき、翌々日には歩くようになった。それでも念のため抜糸はもう少し先にしておいたほうが良いと判断し、ギンとムートにもう少し日数が経過した後に、熊の親子に会いに行くことができるか尋ねてみた。
ギンは、「我に任せておいてくれ。」と親熊になにやら話しかけている。僕には「ガルゥ」と「グルゥ」としか聞こえないのだが、なにやら話は通じているらしい。
一方ルフィーネは術後三日三晩経ってようやく目を覚ました。
ライラが泣きながらルフィーネに抱きつき、その後状況を説明したところで、ルフィーネはあわてて起きあがろうとしたので、僕はそれを静止し、絶対安静だと伝えた。
それから医師としての回診を行い、体調の不良がないか、術後気にしなければならないポイントをチェックしていく。
どうやら最悪の状況は脱したらしく。腎臓の損傷で憂慮すべき血液の浄化作用や尿に血液が混じってないかどうかについてはいずれも異常は認められなかった。
尿について説明を求めた時に一瞬ゴミを見るような目で見られたことがちょっとだけ傷ついたけど、損傷部位と体にもたらすおそれのある危険の有無の判断のためと説明し、不名誉な評価は免れることが出来たらしい。勘違いしていたことを恥じて平謝りしてきたが、気にしていないと伝える。うん多分大丈夫。
そうして野営地で過ごす間に、子熊の退院の日が訪れた。
最初こそおびえていたダイバー・シティの人たちも、慣れてからは子熊はみんなのアイドルになった。
親熊の背中に子熊を乗せて、親熊と子熊のそれぞれを撫でてお別れを言うと、子熊は別れを惜しむように「きゅーん」とないて、撫でた僕の上に顔をすり寄せるが、熊の住む世界と人間の住む世界が異なることは本能で知っているので、親熊が歩き出すと、落ちないようにその背中にしがみつき、そして木々の向こうに見えなくなった。
親熊がいなくなったことでオペルームのスペースが空き、一緒に夜寝ることが出来るようになったギンは顔に出ないようにしていたが、やはり相当に嬉しかったらしく、尻尾を揺らしながらオペルームの中に入るようになった。時々は屋外でギンと一緒にギンのもふもふにくるまって寝るようにしていたが、安全な室内で寝るほうが緊張感から解放されて、疲れもとれやすい。
ルフィーネの意識が戻ったことで、異変があれば自己申告できるようになったので、僕の睡眠時間も確保出来るようになり、普通の日常へと戻りつつあった。
そして、ルフィーネを連れて森を出る日になり、予め決めたフォーメーションで担架に乗せたルフィーネを担いで森の移動を開始した。
健常者のライラが担架の後ろを一人で、イワノフとヴォルフが担架の前を一つずつ持って森の出口に向かって歩き出した。
僕は外科医として誰かの容態が急変した場合に緊急処置を行う可能性があるため、両手を保護しなければならなかった。人を乗せた担架で距離を歩けば、握力を失い、肝心な時に手がしびれて細かい処置が出来ないなんてことになれば致命傷になってしまう。その説明もきちんとした上で、なぜ僕が運搬を手伝わないのか、手伝えないのかの説明をしておく。
パーティーのメンバーじゃないというだけで担ぐ理由はないと考えていたようだが、そんな理由じゃなくて、もっとちゃんとした理由があるんだよ、ということを説明しておくことでいざというときにわだかまりがないようにしておくのも医師としてやらなければならない義務の一つであると僕はそう思っている。
不思議なことに、森を出るまで、何一つ魔物と遭遇しなかった。
これは一つにちょっと前に、森の最深部に頂点として君臨しているはずだったキンググリズリーが森の浅いところまで現れたことで、付近を縄張りにしている被捕食者の魔物がおびえて隠れてしまったこと、もう一つはその食物連鎖の頂点さえ、瞬殺して押さえつけてしまった、本来こんなところにいるはずのない生態系の頂点のエンシェントドラゴンとフェンリルが揃って威圧感を振りまいていることが理由であった。
森に済む生き物にとって、二匹は、絶望が仲良く手をつないで現れたようなものである。息を殺して嵐が過ぎるのを待つしかなかったのである。
行きはギンの背中にのって数十秒で移動した距離だが、帰りは重傷患者を単価に乗せて日中のほぼ全部を使ってようやく森の出口までたどり着いた。
その日は森を出たところで野営することになり、翌日草原を街まで移動するのに、担架をもって運ぶのではなく、荷車を使おうということになった。
ライラとヴォルフが荷車を引いて戻ってきたのは2日後のことであった。
急げば1日で戻ってこれる距離だった。二人は何も言わなかったが、二人が獣人であったことが荷車の調達に障害となったようだ。
二人が自ら口にしない限り、こちらから何があったか尋ねるのは余計な干渉だろう。だが、正直つまらない人種差別を目の当たりにして、気分が悪くなる。
早速、ルフィーネを乗せて、荷車を引き始めたが、思った以上に荷台が揺れ、ルフィーネの傷口が開く危険があった。
一旦荷車を止めて、対策を考える。
原因は明白だ。荷車の車軸に伝わる振動がそのまま荷台に伝わるからである。言葉を換えれば、衝撃を吸収するサスペンションがない。
まあ、荷車程度のものにサスペンションがついているはずもなく、かといって馬車でも、揺れはほとんど変わらないとのことだった。ダイバー・シティには馬車を貸し切りにするだけの経済的な余裕もなかったということもある。
かといって街まで担架に乗せて運ぶのは現実的でない。
何かクッションになるものをせめて敷くしかない。
ん?クッション?
そういえば・・・