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ドクトルテイマー 続き  作者: モフモフのモブ
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エピソード16

張りつめた時間が長かったため、一度解けた緊張は宇久には元に戻らない。それでも術後はしばらく注意しておかないと急に容態が急変することもある。今回は女性冒険者の血管縫合に髪の毛を使ったこともあり、抗体反応が強く出るとアナフィラキシーショックを起こすことも無いとは言えない。なんせ術後の容態急変による予後不良は医師の点滴とも言えるまだまだ未知の領域である。

それでもちゃんとお腹はすくので、僕はギンとムートとプルンの分も含めて旅の途中に仕込んだタイラントボアの豚骨スープ、野菜たっぷりボアの肉付きを皿によそってそれぞれの分を用意した・・・ところで、重傷の冒険者を除くその他3名にガン見されたので、まあ自分たちだけというのも罪悪感が半端ないので、分けてあげることにする。

酵母を使った形跡のない釘が打てるんじゃないかという堅いパンも添える。スープに浸せばそれなりに味は濃いので、決してまずいパンではないのが幸いだ。

冒険者たちは、あっという間にスープを平らげ、まだ欲しそうな目つきでこちらを見てきたが、心を鬼にして、見なかったことにした。

食材は前の街で多めに購入していたので、ストックには余裕があったが、重傷の女性冒険者は少なくともあと何日すれば動かせるのかが分からない。

つまり、救助が来るか、自力で森を抜けることが出来るようになるまで、ここで生きていかなければならない訳で、食料は計画的に消費しないといけないことになる。

それでも食事の間だけは、怒った出来事をしばし忘れることが出来る貴重な気分転換の時間であったことは、張りつめた心の緊張を解きほぐすのに一役買っていた。更けていく夜は、一見すると嵐が過ぎ去ったかのような静けさを取り戻したが、どこかに不自然に張りつめた空気を漂わせており、まだまだこの先にやっかいごとが待ちかまえている予感を漂わせていた。


怪我をしている人間というのは、体が自己修復を行うために、普段以上に睡眠を要求する。人は寝ている間に体の損傷部位の修復作業を行うのだ。それが必要な栄養素を補給し、緊張の糸から解放されたとなれば、その要求は一層強いものとなる。

そして、体に変調を来すのもまた、こうしたテンポの急激似変動する瞬間でもある。

長時間の集中力を要求される手術を終えたばかりの僕ではあったが、残念ながら、ここにはシフトを組んで後退してくれる同僚はいない。

襲撃にあった冒険者たちは、まだ冒険者としてのランクも低く、日帰りの依頼が中心だったことから、本格的な野営装備を持っていなかった。

怪我の自己修復のためには質の高い睡眠が必要不可欠であり、テントも兼用する野外オペルームは、負傷した冒険者3名と子熊、そして付き添いの親熊で満杯となった。

獣人の女性冒険者には、患者たちの容態に注意してもらい、状態急変のサインとなる呼吸や発汗などの要注意点をこまめにチェックして、異常があれば、知らせる王指示し、僕は仮眠を取ることにした。といっても長くて2時間もとれればよい方だろうが、それでも長時間続いた手術のために疲弊しきった交感神経から副交感神経へのスイッチは、この先も重傷で予断を許さない患者の命を預かる医師としての僕がその責任を果たすための義務として取らなければならない睡眠である。

僕は、オペルームの出入り口脇にシートを引いて、横になろうとする。

ギンが何も言わずに、僕の横に座り、僕はギンにもたれかかる。その柔らかい毛に包まれた感触は上質の毛布にくるまれたようで、手術の緊張から除除に時ほぐれていくにしたがい、急激な睡魔が襲ってきた。

「こうして地べたに直接寝転がって寝るのは、久しぶりだね。ヴィルさんたちの住処の洞窟以来かな?」

エンシャントドラゴンでムートの父親であるヴィルさんたちがウィルスに感染し、ウィルさん以外のドラゴンが衰弱していたところへ何故か突然飛ばされた僕が、ウィルさんの血液からウィルスの後退を採りだして、プルンに培養してもらい、治癒するという出来事があってから、まだ3ヶ月も経っていない。つまりこの世界に来てまだ3ヶ月も経ってないのだが、いろいろ有りすぎて遠い昔のように思える。

これまでの出来事が走馬燈のように・・・と過去の出来事を思い出そうとしたところで、僕の意識は途切れた。


「主殿は寝たみたいだ。」

ギンが体を動かさないように、起こさないように気遣いながら、静かにムートに話しかける。

「主殿の力はすさまじい。死を受け入れるしかなかったはずの者の運命をいとも簡単mに変えてしまう。あの女冒険者にしても、キンググリズリーにしても、戦いに敗れた者の必定としてここで息絶えるはずだったのが。我も主殿によって救われた。その恩は一生掛けても返さねばならぬ。」

「うん、僕もあそこで死ぬんだと思ってた。ドラゴン種族の長の次代の継承者として生まれ、一族を率いて行く運命だったのに、その役を果たせず、悔しさにうちひしがれていた僕をその絶望から救ってくれたのもあるじだった。しかも僕は一度死んだのに、あるじの起こした奇跡が僕を生き返らせたって聞いたときはあるじが人の形をした神だと思ったよ。僕だってあるじと死ぬまで一緒だ。」

「ふっ、主殿の寝顔はとても、我等を従えることによって世界最強の力を手にした者の風貌には見えないほど穏やかだな。それはそれとして、ムートよ。主殿が疲れているのはお主も承知しておろう。このまま寝かせておいてあげたいので、我は動くことができぬ。全部で、3・・・いや、4匹か。ムートなら何の問題もあるまい。頼めるか。」

「うん、もちろん。あるじは任せたよ。」

「ああ、任された。」

その会話を皮切りにムートの纏う空気が変わる。まるでそこだけ深海にいるように濃縮された空気が集まってくるかのようである。

ムートは一歩前に出て、木々の向こうの闇の一点をにらむと、次の瞬間、その翼を目にもとまらぬ速さで振り抜く。

直後、何もないと思われた空間から放たれようとしていた小さな火の塊は、出現直後にかき消され、ケントとギン、そしてムートに向かって放たれようとしていた矢は一閃の空気の層に切り落とされた。

「・・・っ」

闇の合間に息をのむ音が発せられたが、その音源は、ムートが続けざまに振り抜いた羽によってもたらされた空気の断層に巻き込まれて、遙か後方の木まで移動し、移動を遮られたその場で障害となった木をへし折りながら巻き込んでそこで強制的に静止した。

そのわずか数秒の間に、夜の森は再び静寂を取り戻した。

「終わったよー。」

「ふっ。さすがだな。成体前とはいえ、世界最強の一角、アンシャントドラゴンだけのことはある。もちろん、一角だぞ。我も世界最強には名を連ねるしな。」

「そんなところで張り合わなくてもいいよー。けど、世界最強はあるじだよ。」

「そうだな。間違いなく主殿が世界最強だ。我もムートも忠誠を誓うのだしな。」

ギンもムートもそもそものキンググリズリーとの交戦のときから、少し半れた場所からこちらを伺っている存在には気付いていた。

特に何をする様子もなかったので放置していたのだが、ケントたちが外に出てきたところで、悪意が濃くなり、こちらに危害を加える気配になったことから、その意思の発現を確認し、初動直後に無力化した、その間わずか数秒が先ほどの出来事であった。

「力の差を理解して、これ以上何もしてこなければ、見逃してやるのだが。」

ギンのため息まじりの捨てぜりふは、どう見てもフラグにしかなってなさそうだった。


途中で起こされることもなく、仮眠から目が覚めた僕は、オペルームの中に戻り、患者の容態をチェックしてもらっていた女性冒険者に、代わりに外で寝てもらう。

申し訳ないが、オペルームの手術台も床も患者優先だ。

重傷患者である女性冒険者の脈拍を諮る。バイタルのもう一つの重要な要素である血圧は残念ながら測定出来ない。顔色と呼吸、そして脈拍からある程度の状態を予想するしかない。一部おかしなところはあるが、基本的にこの世界の医療は遅れていると考えて良いだろう。最新の医療技術になれた医師には酷な話だが、幸いにして、僕は国境無き医師団にあこがれいつか参加することも夢見ていた。

紛争地や未開の地で医療を提供する上で、最先端の医療機器に頼る医療は医師の技量の低下を招く。最後に信じるのは自分の医師としての経験と経験に裏打ちされた技術である。尊敬する医師の言葉だ。国境無き医師団の創設者の一人であるその医師の言葉は、最先端の医療サービスを受けるお金のない人たちに、お金がないという理由で病気に抗うことが出来ない世界は間違っていると、その科学技術による医療サービスの格差を医師の技術で完全になくすのは無理でも縮めることは出来る。その言葉が孤児になり貧しくも医師の道を志した僕にどれだけの勇気を与えてくれたか。

脇腹をえぐられ、出血多量で死直前だった女性患者の穏やかな寝顔を見ながら、目指す医師に少しは近づけているのかなと、大きく息を吐きながら、もう一人?一匹?の重症患者である子熊の容態を確認する。親熊が寄り添うように横たわるその横に全身を包帯でぐるぐる巻きにした子熊がうつぶせに横たわっていた。

(まるで、糸がほつれて中のスポンジが飛び出して来るので紐で縛ったぬいぐるみだな)

僕は近づいて子熊の首に指を当てる。一瞬横の親熊の体が硬直するが、すぐに戻る。どうやら僕は警戒の対象から外してもらえているらしい。

子熊の首に指を添えてあてると、暖かい体温と規則的に動く表皮が、子熊がまだ生きていることを教えてくれる。点滴の中身はもうなくなっており、今は何も投与していない。

体力回復ポーションが点滴として有効なのかどうかは全く分からないが、少なくとも危害を与えていないことは分かった。後は子熊の意識が回復した後、飢餓の危険がどの程度残っているのかで判断するしかない。

救急器具しかこの世界には持ち込めていないので、血糖値の測定が出来ないのがつらい。

自己申告出来ない患者の状態を把握するためには、この世界ではいろいろと技術が足りない。

僕はがんばれ、と思いながら子熊の頭をなでる。すると開胸マッサージの時と同じように手から淡い光が発せられ、子熊の体のなかに吸い込まれていった。

心なしか、子熊の顔つきが柔らかく、笑っているように見えた。

その場を離れるとき、寄り添う親熊にも子供はがんばっているよと手を添えた。

すると、こちらもやはり手から淡い光が出て熊の体に吸い込まれていく。

小さく「グルゥ」と吠えられて、ビクっとして手を離してしまった。そろそろ麻酔も切れるだろう。目が覚めたら暴れ出すのかな?

回診を終えた僕は、睡魔と戦いながら、患者の状態を頭の中で整理する。

カルテもないので、気がついたところ容態の変化などを細かく自分の中で整理しておかないとあとで見返して経過をまとめるという作業が出来ない・・・



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