エピソード14
冒険者ギルドの入り口は大きくて頑丈な鉄の閂と枠によって補強された気の扉で、重厚な音を立てて開いた。
扉は天井にまで達する高さがあり、ギンさえもが、出入り出来る大きさだった。
朝余裕をもって街の門をくぐった僕たちがギルドにたどり着く頃には、ギルドの忙しい時間帯は過ぎており、多くの冒険者はクエストを受注して思い思いにギルドを立ち去っており、ギルドのフロアに残る冒険者はまばらであった。
大きな街の冒険者ギルドがどこもそうであるように、この街のギルドも1階には酒場が経江移設されていたが、さすがに閑散としていた。
受付以外にも何人かの冒険者が出遅れてまばらに残る掲示板のクエストをにらみつけ、ある者はパーティーメンバーの勧誘をするなどしており、大きな街のギルドらしく、大勢の冒険者がギルドに足を運んでいることを伺わせる程度には、人は残っていた。
そんな冒険者のざわめきは、僕らが建物に入ると、波を打ったように静まりかえる。正確には僕ではなく、僕の真後ろを歩くギンの存在が、威圧となって部屋の中に緊張感を与えている。
1階のフロアを進んだ真正面にあるカウンターでは受付の職員が緊張で身動き一つすることなく固まっている。
フェンリルの存在感は、一瞬にして場を支配してしまったようだ。
僕たちがカウンターに向かって進むと、息をのむ音と共に冒険者が割れるおうに道を空け、そのまま後ずさっていく。
僕たちはそのままカウンターに進むと、受付の女性に、ギンも一緒に泊まれる宿がこの街にあるかどうかを尋ねることにしたが、社会人経験者の僕としては、人に者を尋ねるときは、まず覚えを目出度くしておくと対応が変わるということを経験として知っているので、ギルドでは常設の依頼となっていて、万年不足しているらしい薬草の買取をお願いすることにした。
道中野営や休憩の都度、至る所に生えている低級のポーション作成用の薬草、体力草なるものと魔力草なるもの、そして傷なお草という草を採取してきたので、それなりにストックがあるのだ。
これらの低級の薬草類は、街の外の比較的安全な場所で採取できることから、冒険者二等録したばかりの冒険者のための依頼の定番で、魔獣の討伐などのような危険な依頼を受ける経験豊富な冒険者でなくても依頼を受けることができる一方、その分報酬も低いため、冒険者として成り上がろうと野心のある者にしてみれば、少し経験を積み、冒険者の等級が上がればすぐに討伐依頼へと卒業してしまうため、慢性的に依頼を受ける冒険者が不足するらしいのである。
それでも、魔獣討伐は冒険者にとってもリスクの大きな依頼で、無傷で達成することなど、よほど依頼に要求される難易度を超えた練度もった冒険者でもない限り不可能でm、冒険者というのは生傷の絶えない仕事でもある。
そんな冒険者が傷を負いながらもすぐに職場復帰出来るのはこのポーションとかいう液体の薬によって傷を治し、体力を回復するからなのだそうだ。
CT,MRIどころかレントゲンもなく、細菌による感染のメカニズムを知識として広まっていないこの世界で、なぜ前世でも実現できない形成外科で傷そのものを消してしまうとか、あるいは再生医療が可能なのか全く理解できないのだが、とにかくそういう現実だけがそこにあるということは突きつけられている以上、受け入れるしかなかった。
僕は現代医学に遙かに劣る中世の医療現場に突然降ってわいた最先端の再生医療技術だけが跋扈している現実に困惑しながらも、そういうものだとあきらめて、ギルドのカウンターで、道中で採取した薬草類を提出する。
体力草は、五本で一束、買取医金額は大銅貨3枚であり、魔力草は3本で一束、銀貨1枚である。傷なお草は体力草より貴重であるものの、魔力草ほどではなく、五本で一束なのは体力草と同じであるが、買取金額は大銅貨5枚である。
持っていても仕方ないので、道中採取した薬草は全部買取カウンターの上に提出し、銀貨7枚と大銅貨5枚を受け取った。
宿の料金が冒険者用の安宿で大体1泊銀貨3枚、食事が大銅貨3枚~5枚くらいなので、薬草採取だけでも1日かけて真剣に取り組めば十分生活出来るだけの収入にはなる。
僕の所持金は既に知らない間にギンとムートが倒しタイラントボアの買取代金だけでも数ヶ月生活出来るだけのお金を得ているのだが、それ以前にこの世界に連れてこられた時点で20年は生活出来る所持金がすでにあった。それだけでなくヴィルさんにもらったドラゴンの財宝、怖くて換金できないままだけど、金貨銀貨だけで既に数億円になっており、宝石貴金属を併せるとどうなるのかも想像つかない。
ただ、お金を稼いでいるように見えないのに暮らしていると、トラブルに巻き込まれかねないので、低級冒険者らしく、薬草採取をときどき受けながら、生活しているように見せようということにしていた。
薬草の会取り代金を受け取って、僕たちは受付に戻る。
女性職員が「新しい依頼を受けていかれますか?」と尋ねてきたが、「いえ、今のところは考えて右いません」と断り、「従魔と一緒に泊まれる宿を探しているのですが、紹介してもらえませんか?」と尋ねてみる。
けど、答えは予想どおり、「馬小屋を併設している宿ならいくつかありますが、そこまで大きな従魔を部屋に入れてもよいとちう宿は心当たりがありません」というものだった。
仕方ないので、町中に冒険者用のテント広場があれば、そこで持ち運びオペルームをテント代わりにしようと考えた。
もう一つ、自分が採取してきた薬草がどうやって薬になるのか興味があったので、ギルドの売店で各種ポーションを3つずつ買った。買取で受け取った金額ではおよそ足りないが、幸いお金には困っていない。受け取ったポーションを鞄に入れ、ギルドを後にしようとカウンターに背を向けて入り口に向かい掛けたそのときだった。
ギルドの入り口が荒々しく開くと、域を切らしながら、一人の女性冒険者がギルドに駆け込んできた。
その女性冒険者は街でもよく見かけるような、胸や腰、腕とすねの部分にだけプロテクターのような者を付けていたが、それ以外の体信分が露出していた。
ただ、お菊子となっていたのは、その露出している体を覆う体毛が長めで、何より頭の上にまっすぐ立つように耳が、それも明らかに人間のそれとは異なる黄金色の大きな耳が二つそびえ立つという用言が適切なくらいに尽きたっていた。
と同時におしりからふさふさの尻尾が生えていた。
「えーとmあれ、何?」
僕は恥見えて見るコスプレのお姉さんを見て、この世界にそういう文化があるのかとギンに尋ねた。
「ふむ、狐獣人か。この国ではあまりよい扱いは受けぬだろうに、珍しいな。」
ギンの独り言のようなつぶやきを聞いて、僕は「狐獣人?」と尋ねる。
「この世界には、人間の他にも、様々な動物の特徴をもった人間に近い性質の生き物も住んでいる。しばしば亜人などと呼んで、人ではないが人に近い存在を区別するのだが、人間の中には、区別にとどまらず、差別をするものも多い・・・」
ギンがため息混じりに遠くをみるような目でそう話すと、その言葉が合図にしたかのように、ギルドのロビーにいた冒険者らが、蔑むような目で狐耳の女性冒険者を睨み付け、「なんだってこんなところに獣人がいるんだ。」
「ここは人間様の街だぞ。」
「獣は出て行け。飯がまずくなる。」
心ない冒険者の差別的な発言があちらこちらから聞こえるのを、その女性冒険者は刃を食いしばりながら我慢し、まっすぐカウンターに歩いてくると、先ほどまで宿の情報を聞いていた受付嬢蜷来そうな声で話し始めた。
「黒の森でおおきな熊に襲われ、パーティーの仲間が怪我で動けなくなった。私だけ応援を求めるため、戦いを離脱したが、このままではパーティーが全滅してしまう。助けを送って欲しい。」
息を切らしながらも、振り絞るようにそう叫ぶと、ロビーは静まりかえった。
「おおきな熊って・・・」
そこかしこで息をのむ声が聞こえる。
「おおきな熊というと、ブラックグリズリーでしょうか。」
受付嬢が困惑したような声で応答する。
「いえ、もっとおおきな熊です。体野色も黒というより赤茶色で。」
その言葉に、受付嬢は顔を歪める。心なしか顔色も悪くなっている。
「ま、まさか、」キンググリズリー、そんな、あの森の奥にはそんな危険な魔物がいたなんて。それより、あなた方は先日7等級に上がったばかりでしょう。どうして森の深くまで立ち入るのですか。実力に見合ってないでしょう。」
「森の奥じゃなくて、入ったところです。私たちはクエストでフォレストボアの納品の依頼を受けていて、フォレストボアの狩りをしていたのです。突然茂みの中から。興奮したおおきな熊が襲ってきて・・・リーダーが私を庇って腕に怪我を。私も残って戦おうとしたんだけど、街に戻ってすぐに助けを呼んできてくれって。」
話ながらもそのときの様子を思い出したのか、女性冒険者はどんどん声が小さく崩れ落ちるように話し終わる。目尻には涙が浮かんでいた。
「お話は分かりました。ですが、キンググリズリーは3等級の危険生物です。あいにく見たところ、対応できる冒険者が見あたりません。これからギルドマスターに報告して対応を検討しますが、応援派遣のお約束は出来ません。」
「そ、そんな、仲間が、仲間が!」
悲痛な叫びが室内にむなしくこだまする。
キンググリズリーというのは恐ろしい生き物なのだろう。応援に立候補する冒険者はおらず、女性冒険者がすがるように周りの冒険者を見渡しても、顔を背けて目を合わせようとしなかった。
僕はギンにそっと「キンググリズリーって何?」とこっそり尋ねる。
「おおきな熊だな。なかなかに力の強い生き物で、前足の爪で引き裂かれたら人間などひとたまりもないな。」
言葉の内容とは裏腹に、のんびりした口調でギンが答える。
「この人の仲間が怪我しているらしいんだけど、ギンとムートなら助けることが出来ると思う?」
僕はギンとムートを交互に見ながら、尋ねてみる。
「我だけでも余裕だろう。ムートも元の大きさに戻れば過剰戦力だな。」ギンがそう答え、「主、任せてくれ。」ムートも力強く答える。
うん、大丈夫そうだな。二匹が戦っているところは見たことないけど、話を聞く限りではタイラントボアよりは小さいらしいのでなんとかなるんじゃないか。まあ猪と熊を同じに扱うのは無理があるけど。
僕は、すっと前に出て、女性冒険者に話しかける。
「えーと、僕はケントと言います。僕には戦う力はありませんが、聞けば仲間が怪我をしているとのこと、怪我の治療については出来ることがあると思います。他に手を挙げる人もいないようですので、僕が行きますね。危険な場所に戻ってもらうのは気が引けますが、場所が分からないので案内して下さい。」
僕が名乗り出たことで、一瞬笑顔を取り戻し、僕の方を振り向いたその女性は、僕の可を見るとすぐに顔が曇り、俯いてしまった。
どうやら全く強そうに見えなかったらしい。
「あー、ご期待に添えない外見で誠に恐縮ではあるのですが、僕自身も戦いに剥いているとは思っていません。ですが、僕の仲間が大丈夫だと言っているので、僕もそれを信じます。仲間が怪我されているということですから、急ぎましょう。」
僕はそういって、その女性の背中を押しながらギルドの出口に向かう。
すると受付嬢が後ろから「待って下さい。キンググリズリーだとじたらあなたの手に負える相手ではありません。わざわざ死にに行くようなものです。許可出来ません!ギルドマスターに報告して冒険者ギルドとしての対応を協議します。」受付嬢が声を張り上げて僕らを止めようとする。
「ギルドの依頼ではないですよね。僕が勝手にこの人のお願いに応えようとしているだけです。気になさらないでください。ギルドマスターへの報告と早めの対処お願いしますね。」
僕は振り返らずにそういって、そのまま女性冒険者の背中を押しながらギルドの外に向かう。
ロビーにいた冒険者も唖然としながら、道を空ける。
そのままギルドの外に出ると、僕は冒険者に向かって「黒の森ってどこかな。僕たち今日この街についたばかりだから、周辺も含めて何も知らないんだ。案内してもらっていいかな。」と話しかける。
そのままギンに「ごめんね、僕とこの女性を乗せて走ってもらっていいかな。」とお願いする。
「主殿以外の人間を乗せるのはなあ。」心底嫌そうな答えがギンから返ってくるが、それどころはないので、「そこをお願い、お礼はするから。」と強く頼み込む。
「そ、そうか、なら主殿の料理が食べたいぞ。おかわりもつけてな。」
渋々応じる風を装っているが、なぜか尻尾が揺れている。
僕は笑いをかみ殺しながら、ギンに「背中に乗せて。」というと、ギンは乗りやすいようにその場に伏せた。
僕は素早くギンにまたがり、女性冒険者にも「乗って。落ちないようにしっかり腕を回して」と叫ぶと、ギンに「まずは街の外へ」と告げた。
ギンはおもむろに立ち上がると、静止した状態からいきなり走り出す。
僕は間に合わなそうだった女性冒険者の手を左手で無理矢理僕の体の前に引き寄せ、右手はギンの背中の毛をつかんで、振り落とされないようにしがみついた。
ギンは街の大通りを通行する人を縫うように風のように通り抜けながら、街の門の前に立つ門番が制止する間もなく、一瞬で通り過ぎた。
僕は背中の女性に、「黒の森ってどっちの方向?」と振り向いて尋ねた。
けど、底にあったのは魂が抜けたような心ここにあらずという女性の顔だった。
面倒くさいと思いながらも、僕はギンに「ちょっと止まって。」と頼み、後ろを向いて、もう一度「黒の森ってどっち?」と尋ね、頬をぺちぺち叩いた。
ふっと気を取り戻した女性は、あわてて斜め右前方を指さす。
僕はギンの顔の前に手を持って行って、ギンに女性が指さした方を手で示し「あっちだって。」と伝えると、女性に、しっかりつかまっててと告げ、ギンの背中に前掲になって張り付く。それを見た女性もあわてて、僕の背中に張り付き、風圧を避ける前傾姿勢になる。
棒の背中には女性が付けている皮の防具が当たり、痛くはないけど、役得感もない。
息を止めて、ギュッとギンの背中に捕まっている。目の前を文字通り目にもとまらぬ速さで周囲の景色が後方に流れていく。
息を止めていたのに、息苦しくなる前に、前方に見える木の生い茂った固まりがどんどん大きくなっていく。きっとあれが「黒の森」なのだろう。と、ギンよりやっと聞こえる程度の小さな声で、「主殿、前方、この速度のまま森に入って20くらい数えた先に人の気配と同じ場所におおきな獣、確かにキンググリズリーの気配がある。人の気配は動かなくなっているものもあるが、死んではおらぬようだが、で、どうする?」
「どうするって?」僕はギンの質問の意味が今ひとつよく分からなかったので聞き返す。
女性冒険者の仲間が襲われているなら助ける以外の選択肢などないはずだが。
「ああ、キンググリズリーなのだが、えらく興奮している奴の気配が伝わってくるのだが、すぐ近くの小さな熊の気配が弱々しく今にも消えそうな状態なのだ。おそらく状況から見て奴の子供だろう。案外、冒険者が先に奴の子供に手を出したのが原因ではないか?」
ギンの言葉を聞いて僕は驚くと同時に怒りを覚えた。
ギンに森の入り口で一端止まってもらい、女性冒険者にはギンから降りてもらう。
一刻も早く仲間の救助に駆けつけたいと食ってかかる女性に「落ち着け!」と怒鳴ると、女性はびくっとおびえたように動きを止める。
「あなたの仲間たちが襲われているのは、あの熊の子供に最初に手を出したのが原因ではないのか?」と僕は怒りをにじませながら女性冒険者に詰め寄る。
女性冒険者はぽかんとした顔をしたあと、すぐに「何のことか分からない。私は嘘をついていない。ギルドで説明したように、仲間とフォレストボアを狩りに来たのよ。キンググリズリーなんて相手に出来るだけの実力はないわ。子熊も知らないし、傷つけてなんていないわ。」
鳴きそうな顔でそう叫ぶ女性冒険者の剣幕に僕はたじろぐ。真相が何なのか、混乱してきた。が、ギンの一言で現実に引き戻された。「ためらっていると子熊と人間一人が死ぬぞ?」
僕は正気に戻ると、女性冒険者に、「ここからは僕たちが先行するので、後から様子を見ながらついてきて。あなたの仲間にはあなたから説明してもらうけど、僕はとりあえず命の危険の高い方から優先して手当していく。その順序に人も熊もないので承知しておいて欲しい。」僕はそういって、すぐに一人でギンの背中に飛び乗り、ギンとムート、そしてプルンと一緒に森の中に飛び込んでいった。