エピソード11
シリウスの町のギルドマスターと領主が将来有望な冒険者であり、有事の戦力として期待できた冒険者を失ったことに頭を痛めていた頃、シリウスの町から西に延びる街道をケントと従魔たちが歩いていた。
シリウスの町でろくに情報収集も出来なかったケントではあったが、シリウスの町を空からみた時には、東側が森に隣接し、人が住む町は西に延びる街道の先にしかないようだった。
今は唯一伸びる街道を道に従ってギンと並んで歩いていた。水平線に至るまで町らしきものは何も見あたらず、先は長そうな旅であったが、急ぐ宛もない旅であり、のんびりと歩いては、時折立ち止まり、冒険者ギルドに貼ってあった依頼である「薬草」がどのように生えているのかを道脇の草原に入って探す傍ら、なぜ、そんな植物が傷に効くのか疑問に思い、調べようとしたが、結局のところ、科学的には全く説明出来ない理由で、とにかく傷が治ったり、魔法が使えたりするらしいとしか言いようがなかった。
僕は、冒険者ギルドの依頼で見た体力層という薬草と魔力層という薬草を摘みながら、街道を歩いていた。
ギンとムートは楽しそうにしていたが、僕は貴族という自分が元の世界では遭遇したことのない人種が、面倒だというにとどまらず、人の命を軽んじた存在で、自分に危害を加えようとしたことに言いようのない不安を感じていた。
そのことを考えると、顔もうつむきがちになる。
「ご主人ーどうしたの?」
プルンが、元気のない僕に気付いて、ぴょんぴょん跳ねると、頭の上に乗ってきた。
そのひんやりとした感触と、慰めようとしてくれる気持ちが嬉しくて、少しだけ元気になる。
「主、気にすることはない。貴族という部分を除いても、あやつは突き抜けておかしいが、あやつが主に危害を加えようとしても、我がそれを許すことはない。」
ギンも元気づけてくれようとしているのだろう。ちょっと偉そうな感じがするが、気持ちは嬉しい。
「プルンもギンもありがとうな」
僕はそういって、二匹をなでる。
「ぬ、従魔として当然のことだ。」
ギンはそっけなく言うが、尻尾が激しく揺れていて、嬉しそうだ。
僕たちは、カイドウから少し外れたところで、休憩をすることにした。
地図がないので、次の町までどれくらいあるのかが分からない。カイドウはまだまだ地平線の無効まで続いていて、次の町は見えなかった。
ギンが、背中に乗せていってくれると申し出てくれたのだが、急ぐ訳でもない。
諸苦労だけはシリウスの町でたくさん買い込んでいたし、飲み水は医療魔法で水も生理食塩水も出すことが出来るので、困ることはない。
僕たちは、食事の準備を始めた。
転がっている石ころを使って簡易竈を作り、薪を草原の南に見える森からギンに拾ってきてもらった。
ギンが一度に加えて持ってくる薪で十分すぎる領が確保出来たので、僕は意思で囲うように積み上げた石の中に薪を空気が通るように積み重ね、ムートに火をつけてと頼んだ。
ムートは、小さくなったままで、爪の先に小さな火を生み出し、そのまま薪に当てると、薪に火がついて燃え上がる。
その上に水を張った大きな鍋をおいて、その中にタイラントボアの骨を鍋の大きさに合わせてぶつ切りにして入れていく。
そう、作るのは豚骨スープだ。
タイラントボアの骨を見たときから、豚骨スープを作ろうと思っていた。冒険者ギルドには骨も売って欲しいと言われたのだが、村の人たちに、タイラントボア以外の猪を引き渡していたので、今後の出汁用の骨がタイラントボアしかなかったため、骨は残して欲しいと頼んだのだ。
もちろん、冒険者が倒した魔物は冒険者にその権利があるので、ギルドが買取を強要することは出来ない。名残惜しそうに、ギルド職員はタイラントボアの小山のような骨が僕の異次元ポケットに吸い込まれていくのを驚きとともに見守っていた。
豚骨スープを作るにあたって、問題が一つあった。それは骨が大きすぎて鍋に入らないことだった。
シリウスの雑貨屋では、売っているもののなかで一番大きな鍋を購入した。そこには当然家庭用ではなく、業務用の大きな鍋も売っていたのだが、タイラントボアの骨は背骨の一節、あばら骨の1本でさえも鍋より大きかった。
そして、ギルド職員が目の色を変えてほしがるタイラントボアの骨は、その強固さから、武器、特に剣などの素材として用いられる。逆に言えば、刃が通らないほど堅いのである。
こういうときは、ヴィルさんの財宝の中にあった宝剣で切るしかなかった。
まあそこはさすがに高そうな装飾がついた剣であり、ヨーグルトを切るようにすっぱり切ることが出来た。よくナイフでバターを切るようにという表現があるが、意外とバターって堅くてナイフでも抵抗が強いのにな、と思うのだが、その点冒険者が目の色を変えるほどのタイラントボアの骨も、ドラゴンの宝剣にかかれば、ヨーグルト同然である。
したがって、タイラントボアのあばら骨が鋼の剣程度では文字通り刃も断たないということを知る由もなかった。
鍋に水を張ってぶつ切りにした骨を煮込んでいく。時間のかかる作業であり、鍋の前につきっきりである必要もないので、その間、草原に生える体力草を摘む作業を再開する。
異ぽんあたり銅貨5枚、10本一束で銅貨50枚からの買取となるが、冒険者にとって決して割の良い仕事ではなく、討伐依頼のついでに、見つけたら最終する冒険者がほとんどで、しかも10本一束にならないと買取もしてもらえないため、採取の時間がまちまちであり、室が落ちたものが多くなってしまう。
ケントには、異次元ポケットがあるので、見つけた時間にばらつきがあっても、採集した直後の鮮度が保たれ、かつ、容器の中でぶつかって痛むこともないので、生えていたのとほぼ同じ状態で納品することが出来るのであるが、それがどれほど重要なことかをケントは知る由もない。