エピソード1
頬をぺちぺちと叩かれているらしい。
少しずつ意識がまとまりだし、まぶたを開いていく。
自分がどこにいるのか瞬時に思い出せない。
僕はゆっくりと上半身を起こすと、額に張り付いていたスライムが一緒にひっついてきて、摩擦で維持できない角度になったところで、ずるずると顔の上を滑り落ちる。
「あ、やっと起きた。ご主人、おはよー。」
プルンの暢気な声が頭の中に響くと、続いて、ギンとムートも「「大丈夫?」」と頭の中に声を届けてきた。
「あ、起きたみたいだね。」
突然部屋の中に響く声に、そちらに顔をねじ向けると、そこには僕の母親と同じくらいの年格好の女性がお盆にのったお皿とコップ一杯の水を運んできてくれた。
「それにしても、村の外の狼とちっちゃいドラゴンはあんたの従魔かい?」
「村の入り口に居るのは、私の息子でね。あわてて、あんたを背負って駆け込んでくるもんだから、何があったかと思ったけど、落ち着いてみれば、行き倒れてたんだね。普通は魔物の餌になるところなんだろうけど、驚いたことに、大きな狼が背中にあんたを乗せて村の入り口までつれてくるじゃないか。うちの息子がおそるおそるあんたを受け取って、そのままうちに担ぎ込んだんだよ。」
そういいながら、おばさんが、上半身だけ起きあがったぼくの膝の上にお盆ごとのせてくる。
「悪いね。こんなものしか出せなくて、あんたも悪いタイミングでこの村に来たもんだ。」
聞けば、2日前から村を大きな魔物の集団が襲うようになり、畑を荒らし回って、さらには村から出ようとする人を襲うのだそう。
「主、我らのことは印パ医せずに、ゆっくり食事をしてから、村の外まで来てくれ。」ギンの声が頭の中に響く。
どうやら、僕はウィルスに感染した竜の治療のため、潜伏期間を含めて4日間を山の中で過ごしたため、携帯食の賀露離^だけでは到底足りず右、草原を歩いている時にハンガーノックを起こしたらしい。
ギンがあわてて背中に乗せ、ヴィルさんの背中から見えていたこの村までつれてきてくれたらしい。村の入り口に居た人に、話しかけることも出来たが、人の言葉を話す魔獣であることが判明すると余計大騒ぎになるだろうということで、だまって村の入り口に僕を下ろし、中に運んでもらうのを静かに見守っていたとのことだった。
それでも、やはり大きな狼とそこまで大きくないとはいえ、見た目ドラゴンが村に近づいてきたら、軽く大騒ぎにはなるだろう。
「ムートたち、村の人を刺激しないように、ちょっと離れたところに居るんだ、ちょうど退屈しないで済んだから、こっちに来るのはご飯食べてからでいいからね。主が倒れるとムートたちが心配になるから。」ムートが空元気を装って声を掛けてくれる。
僕は、スープを出してくれたおばさんに感謝の言葉を伝えて。スープを頂いた。
僕が弱々しい手つきでスープを飲むのを見ながら、悲しげにおばさんが語り出した。
この村は決して裕福じゃないけど、近くの森に狩り場があるので、それなりに生活出来てたんだ。それなのに、どこからともなく大きな猪の魔物がやってきて、この村を襲い始めたんだ。
腕に覚えのあった村の若い者が大けがさせられて、今じゃおびえながら村から出られずに、作物も荒らされる始末
今は、畑が踏み荒らされただけだけど、村の食料保管庫が襲われたら村の者が飢え死にしてしまう。
領主様に討伐の依頼を陳情しようにも村から出ると、あの魔物が襲ってくうるんだ。
もうどうしたらいいのか分からないんだよ。」
「そんな大変な時に貴重な食料を分けて頂いてしまい申し訳ありません。せめてお金は払わせて下さい。」
僕が申し訳なさそうに伝えると、
驚いた顔を一瞬した後、無理矢理作り笑いをしながら「何言ってるんだい、困ったときはお互い様じゃないか。私たちはそれでもまだあと1週間くらいは生きていけるけど、あなたは今にも死にそうなんだ。あんたの方が優先順位は上さね。」
僕はその言葉に胸が詰まりそうになり、思わずスプーンを落としてしまった。
そのとき、家の中にがっしりした体格の男性が大騒ぎで飛び込んで来た。
「おーーーい、兄ちゃん、村の外にいる狼と竜はあんたの従魔なんだよな?悪いがちょっと来てくれないか。」
その男性が大声でそういいながら僕の腕をつかむ。
「なにしてんだい、今ようやく目を覚ましたばかりなんだよ。無理をさせるんじゃないよ。」
おばさんのしかりつける声が部屋の中に響く。
「そ、それはそうなんだけどよ。あ、じゃあ先に村長のところへ行ってくる。」
「落ち着きのない子だねえ。それより、あんた見張りを放り出して何やってんだ。あいつらが襲ってきたら、真っ先に村の衆に伝えるのがあんたの役目じゃないか。その大事な仕事をほっぼりだして何やってんだ。」
「そ、そうなんだよ、その猪たちを村の入り口にいた狼と竜が倒しちまったんだよ。それも、一撃で。目にもとまらぬっていうのはあーいうのを言うんだな。」
「なんだって?」
僕は目の前で繰り広げられているおばさんとその子供らしい人のやりとりを聞きながらも、その内容が頭の中に入って来なかったのだが、プルンが肩の上によじ登ってきて、「誤判終わったんなら、ギン兄ちゃんとムートに会いに行こう。」とささやいてきた。
僕はその言葉に背中を押されるように、膝の上に乗ってたお盆をおばさんにお礼を言いながら返却し、弱々しい足取りながら、家の外に向かった。
「あ。あんた、まだ体力が回復してないんだから、無理するんじゃないよ。」後ろからおばさんの引き留める声が聞こえるが、足を止めることなく、家の外に出る。
そこは見たこともない家が建ち並んでいる集落だったが、すぐ右手に門らしい家壁のない空間があったので、そちらに向かって歩き出すと、村を出る前に、入り口からギンとムートが駆け寄ってきた。
「主ー、心配したよ。」ムートが声を掛けてくる。「うん、主殿に何かあってはアルテミアス様に申し訳が立たない。」ギンも相づちをうつ。
「ごめんな、僕倒れたんだってな。ギンが運んでくれたって。ありがとう。」
「ギンだけじゃないぞ、ムートだってギンの背中に主を乗せたんだから。」
「ああ、そうだな。ムートもありがとう。」
僕は感謝の言葉を伝えながら、二匹に抱きつく。
二匹は嬉しそうに尻尾をぶんぶん振り回した。ギンが狼なのに犬みたいなのはともかく、竜って嬉しいと尻尾を振るのか?それこそ珍しいものを見たとしかいいようがない。
僕たちが村の前で感動の再会を喜び合っていると、後ろから息を切らせながら先ほど家の中に叫びながら飛び込んで来た人と高齢の男性が近づいてくる。
「おぬしが魔物を討伐してくれたそちらの従魔の主か?
高齢の男性にいきなり声を掛けられるが、何のことかさっぱり分からない。
「えーと、私はどうやらこの村の手前で行き倒れ多らしく、先ほど目を覚ましたばかりで何のことかさっぱり分からないのですが。」
僕がそう話し始めると、
「ああ、猪の魔物だったら村に向かってつっこんで来たから、我とムートで倒しておいた。主が村で休んで居るところに迷惑だと考えたのでな。」
ギンがちょっとそこまで、くらいの軽いノリでそう話ながら、顔をあさっての方に向ける。
その仕草につられて僕、そして後ろでようやく息を整えて落ち着こうとしている二人がそちらを見ると、
そこには文字通り山積みにされた何かが大きな壁のように重なっていた。
老人がその光景に「うおおおおおお」と絶叫したところで、何事かと村からどんどん人が集まって来て、最初に飛び込んできた若い男性が状況の説明をすると、一気に歓声にわいた。
そこに積み重なった何かの生き物こそ、先ほどおばさんが言っていたここ数日村を苦しめていた猪の魔物だった。
山積みの最下層に居たひときわ大きい、というより目で見たものに理解が追いつかないが10トンダンプのサイズの猪がタイラントボアといい、猪型の魔物では最上級に位置する魔物らしく、なんでも冒険者ギルドに討伐を依頼する場合、第3階級の冒険者4名以上のパーティーへの依頼となり、金貨30枚が最低価格なのだそうで、とてもそんな金は寒村の人たちには出せないということで領主に討伐依頼を陳情しようとしていたが、村を出ることも出来ず、という八方ふさがりの状態だったということであった。
他にも、一回り二回り小さい猪の魔物が7体積み重なっていた。ひときわ大きな猪が、それらを統率して、群れで村を襲っていたらしい。
周りでは自分たちを苦しめてきた魔物が目の前で討伐されている事実に困惑しながらも、少しずつ危難がさった喜びが実感としてわいてきたらしく、歓声の渦に包まれていた。
その歓声を縫うよ9うに、一人の親子の声が聞こえた。
「お母さん、今日はお肉食べられるの?」
「あれは、あそこにいる倒した人の物なんだよ。村が助かっただけで私たちは十分ありがたいんだから、わがまま言っちゃ駄目だよ。」
「でも~。」女の子が悲しそうにうつむいてお腹を押さえる。
僕は二匹に近づいて、耳元で「ギンとムートが倒した猪だけどさ、この村の人たちにあげてもいいかな?僕が助けてもらったお礼は僕が帰さないといけないんだけど。」
おそるおそる尋ねてみる。ギンとムートの獲物だから、僕が勝手なことは出来ないけど、村の人たちも困っているし、その少ない食料から、見ず知らずの僕を助けるためにスープをくれた優しさに報いたい。
「「もちろん!」」二匹から元気な声で答えが返ってきた。
「ムートが倒した魔物は主のものだよ」ムートが元気にそう答える。
「ありがとう。」
なぜか知らないけど、頭の中にこの世界で魔物の肉は食べられるものが多く、目の前の猪は食用であるという情報が伝わってきた。
僕は、観衆の後ろの方にいた、さっきの女の子まで歩いていくと、「みんなでお肉たべよっか。」と話しかける。
すると恩あの子はおびえた余にお母さんの顔を見上げ、母さんが頷くと、明るい笑顔になった。「うん!」
次に僕は目が覚めたとき真っ先に話しかけて、食事をもってきてくれたおばさんの前まで行き、「お世話になったお礼に僕の仲間が倒した猪、村の人たちで召し上がってもらえませんか?」
と提案した。
おばさんはあわてて首を振りながら「そんなことは出来ないよ。魔物は倒した冒険者のものだというのがルールなんだ。あんなわびしいスープ程度で、こんなのもらう訳にはいかないよ。」
僕は静かに、それでも一歩も引かない気持ちで、伝える。
「素性の知らない行き倒れの僕を放置することも出来たばかりか、、そうするのが通常と聞いています。なのに、あなたの息子さんが私を家の中まで運んでくれ、食料に困っている中で見ず知らずの私になけなしの食料を分け与えてくれた。その暖かい気持ちに答えるのに、これでも十分かどうかは私としては不安ですが、せめてもの気持ちとして受け取ってもらえないでしょうか。」
僕の言葉におばさんは涙をためながら「ありがとうね。村のみんなが喜ぶよ。」
そう返事してくれた。
そこで、僕は、おばさんに村で一番偉い人が誰かを訪ねると、まあ予想通り、見張りの人と一緒に最初に入り口まで来た高齢の男性だった。
「あなたが村長ですね。私はこの村の人に粋だ押されているところを助けてもらったケントと言います。こちらは、僕の仲間で、スライムのプルン、フェンリルのギン、エンシャントドラゴンのムートです。ギンとムートが倒した猪をお礼に渡したいと言ってますので、どうかお受け取り下さい。」
そういって、僕は村の広場にそのまま歩き出し、そこに先ほど異次元ポケットに収納したちょっとちっちゃめの猪七体とひときわ大きな猪一体を取り出す。
村の人たちは久しぶりの肉だとあちこちから聞こえる声で再び歓声に沸き立ち、子供たちも顔を輝かせていた。
すぐに恩返しが出来て何よりだ。
広場では村人総出で猪の飼いたいが始まった。僕は仕事柄皮膚を剥いだり、筋肉に刃物を入れたりすることにはなれているけど、でも解体の技術を持っているわkではない。村人たちにその辺はお任せしても罰は当たらないよね?
けど、まだ僕に出来ることはある。