(3)
王妃レイチェルに、マナーの教育としてお茶会に呼ばれました。丁度良いと思って、メイドの噂話しから知った、王太子サイデッカーの本来の婚約者ナタリエの話しを振りました。私は王命で婚約を決めたアイトバルト陛下からも、サイデッカー様本人からも聞かされていないので、噂の真偽を教えて下さい。と告げると、
「聖女が異世界から来なければ、性格も良く、強い後ろ盾を持った公爵令嬢ナタリエをそのまま正妃に迎えられたのです。今は対外的な事もあり、仕方なく聖女を正妃とする事を承認しましたが、私としては幼い頃より娘同然に育てて来たナタリエの方が良いと思ってますよ。聖女がキチンと教育を身につけられる保証も無いので、聖女の為に!ナタリエには第二妃として城に迎えるべく交渉しているのです。聖女にはナタリエにも最大の感謝を捧げるべきと思ってますよ。」
と告げられました。はぁ、もう我慢の限界かも。やってられない!と怒りに目覚め、王妃レイチェルに、
「では、私はこのまま消えますから、アイトバルト陛下を始め、国民全員に、聖女はこの国に必要ないから追い出しました。サイデッカー様の婚約者には公爵令嬢ナタリエが相応しいので、復縁した。と告げればいいでしょう。」
と宣言すると、与えられた部屋に押し込められました。一カ月程の間に、婚約者となったお祝いと称して、掌返しの貴族達からもらった服や宝石などが溜まっていたので、迷惑料としてインベントリに仕舞いました。空っぽの部屋を見渡して満足すると、アモルフィア様にこっそりともらった転移のスキルを使い、城から消えました。
聖女が消えた後、表面上、城では混乱は起きませんでした。私の宣言を聞いた王太子サイデッカーは相思相愛の公爵令嬢ナタリエの元に走り、喜びを隠さないし、ナタリエの親の公爵ヤノゴールも王太子サイデッカーの後見に戻ってくれました。表向きは、聖女が体調を崩して後宮に篭って治療に専念するので、聖女を補助する為にナタリエを第二王太子妃として迎える事になった。と発表したのです。
だが、レイチェル王妃に付けた影から、お茶会の話を聞いたアイトバルト陛下は、レイチェル王妃やサイデッカー王太子、ヤノゴール公爵家と距離を置くようになりました。自分の王命に従わない者に価値は無い。と見切ったのです。自分の為に役立つ筈の聖女を追い出し、行方不明にした罪を、何処かで取らせよう。と、捨て駒に使う事を決めました。
今までは側に寄せなかった第二ルドルフ王子を頻繁に呼ぶようになり、国務にも交じらせるようになりました。特に外交の際は魔王討伐の立役者として顔が売れている為、第二王子ルドルフが行くと交渉がスムーズに運ぶと評価が上がっているので、聖女が消えた今、アイトバルト陛下の最高の切り札になっています。
王宮では聖女の話は禁句となり、聖女に関わっていたメイドなどの使用人は、後宮と言う名の監禁場所に集められ、女性として最大の辱めを受けさせられています。最初の一週間で心の折れた者ばかりとなり、聖女に何があったかを話す者はいません。
レイチェル王妃が気付いた時には、サイデッカー王太子とナタリエ第二王太子妃は、王宮を離れ、公爵領の仕事を任されています。表向きは、ルドルフ王子が魔王討伐の為に王宮を離れて学んだ事で成長を見せたので、サイデッカー王太子達にも、更なる成長を望んで、臣下の仕事にも精通させる為。と発表されてますが…
レイチェル王妃自身も、アイトバルト陛下に呼ばれる事が減りました。ルドルフの母である妾妃は既に亡くなっているのですが、今までは話に出なかった第二妃の話題が聞こえるようになっています。慌ててアイトバルト陛下の元に訪れようとしても、仕事中だ。と追い返されるばかりです。
アイトバルト陛下が探しているのは、第二妃候補ではなく、聖女です。サイドライト副魔導師長を呼んで、「ジュン』の名前で召喚をしても、聖女は召喚されませんでした。まだ国内にいる筈。と考えていましたが、既に国外にまで?と話し合っていましたが、秘密会議に呼ばれたガナルク魔導師長が、
「私は直接には聖女と面識が無いのだが、サイドライト副長から聞いた話から察するに、頭の良い子のように感じました。もしかすると、ジュンと言う名は真名では無く、単なる愛称の一つだったのでは無いでしょうか?と思われます。名を縛られない為に真名を隠す事は魔導師の知識に有ります。」
と言い出しました。
「私が召喚の場で名を質した時に直ぐ様答えずに間を置いたのは、その考えからだったのか。幼い風貌に騙されたようだな。ハリオット、旅の間に何か気付いた事は無かったのか?」
「はい。神殿で魔法を教えていた時から感じていたのは、高度な教育を受けていたに違いない。と思わせる反応でした。細かい説明にもついて来れる自力は、正直、宮廷魔導師のようだと舌を巻いた事もありました。更に、辺境伯城にて毒を盛られた後には、聖女曰く、アモルフィア様の加護にて、出来る事が増えた。と、エリアハイヒールを使い熟した程です。」
と、ハリオットが告げると、ガナルク魔導師長が、
「聞いてない!エリア魔法が使えるなんて、宮廷魔導師以上の人材ではないか‼︎是非とも我が手に…」
と捲し立てると、アイトバルト陛下が、
「聖女は私が召喚させたのだから、王家の物だ。間違えるな!」
と睨みを効かせました。結局、聖女『ジュン』を呼び寄せる方法は見つからず、地道に探す事しか無さそうだ。と言う結論で、秘密会議は終了しました。
会議に呼ばれた事で、聖女の失踪を知ったハリオットは、神殿には、聖女を喪失した罪を申告して聖騎士を辞めました。公爵家に帰ると、父には、聖女を探し、共に暮らしたいので、貴族籍を抜きたい。と相談しました。召喚の場に立ち会った時から、聖女に恋しているので、貴族籍を必要としなかったのです。王家から伯爵位はもらいましたが、領地が無い為、親の籍から外れていなかったのです。伯爵位はそのまま公爵家で預かってもらい、ハリオットは家を出ました。
第三騎士団を使い、魔獣討伐や、訓練の名を使って広く国内を探しましたが、聖女の行方は一向に見つからないまま月日は過ぎて行きました。
あの祝賀会から一カ月程過ぎた辺りから、聖女が表に出て来なくなった為、近隣諸国からの面会依頼が溜まっています。半年を過ぎても、面会が許された者が居ないので、不審に思う声が高まって来ています。
ルドルフ王子が矢面に立たされる事も増え、アイトバルト陛下は奇策を考えるようになりました。コーデリアの失態を使って、『聖女は魔王討伐時に受けた毒が元で、人前に出られない。』と発表したのです。毒を受けた事は事実です。ヒョリン辺境伯は後遺症と言われるので強く反発できず、婚約破棄された娘のコーデリアに辛く当たるようになりました。…全部が間違いでは有りませんが、そんな娘に育てたのは誰?
城を出たアヤカは直ぐに教会の礼拝堂に行き、アモルフィア様に祈っていました。『王家は、召喚と言う名の異世界誘拐をして元に戻れない環境に呼び出した癖に、私に対する扱いが酷すぎます‼︎ 王家の勝手な都合ばかり押し付けて、私の幸せを考えた事が無いんです。アモルフィア様の加護が無かったらこの一カ月だけで、王宮で何度死んでいたか判りません。』と訴えて今後の助けを求めました。
訴えを聞いた創造神アモルフィア様はアヤカのスキルに変幻自在を加え、常時見た目を変えられる能力を付けてくれました。召喚ギフトのスキルで覚醒していなかった錬金術に力を加えて、薬草錬金と鉱物錬金が出来るようにしてくれたので、ポーションとアクセサリー作成が可能になりました。
生活の手段は手に入りましたが、この国では生活したく無いので、見える範囲の転移を繰り返して、関門を避けて隣国に渡り、ポートレート帝国の帝都の片隅で暮らし始めました。見た目は50代の老婆にして、召喚されたルモウルフ国の田舎から出て来た事にして住み着きました。
アクセサリー作成に必要な鉱物や魔獣由来のアイテムを取りに行く為、髪と瞳の色を変えてただけのアヤカに戻って冒険者ギルドに登録し、ランクを上げながらダンジョンに潜る冒険者活動をしながらの暮らしは楽しく、この世界に召喚されてから、初めて生きていて良かった。と思えました。
回復ポーションやマジックポーションの作り方も覚えたので、販売する為に薬種ギルドには50代の老婆の姿で登録しました。材料の採取の時はアヤカに、ポーション販売の時はジュンに、と二役を熟しての生活はなんとなく楽しいです。
のほほんとした生活に浸っていたある日、聖騎士ハリオット様が店に来ました。この容貌ではバレないと思って対応した処、『創造神アモルフィア様から神託があり、この地を訪れました。私にはアヤカの素顔が見えます。私の可愛い聖女様。』と告げられて驚いてしまいました。ハリオット様は、
「聖騎士を辞めて、貴族籍も抜けて、唯のハリオットとして此処にいます。最初に出会った召喚の場からずっと好きでした。3歳下のアヤカが可愛くて、誰にも渡したく無い。パーティ時代も皆から守って来たのですよ?特に騎士団の連中は制御が大変でした…
本当はもっと早く告げたかったのに、コーデリアと婚約破棄したルドルフ様に邪魔されて、おまけにアイトバルト陛下には王命まで出されてしまって。サイデッカー様とナタリエ様の事を知っていたので、何とかして王家から取り返したかったのです。
だから、あなたが失踪した。と聞いてホッとしました。後は王家より早く見つけて保護して隠すのだ!とだけを考えて、神殿であなたを見つけられるように祈ったのです。」
と、私を見つけるまでの事を色々と話し始めました。私もお兄さんのように優しく素敵なハリオット様に一番懐いていて、ハリオット様にもらったイヤリングだけはお守り代わりにインベントリにしまってあります。何が有っても手離すつもりは無く、寝る前に眺めては夢路についていました。
帝国で暮らし始めて1年が経ち、アヤカは18歳になりました。ハリオット様はあの日から同じ家で暮らしています。真剣にプロポーズされ続けて絆されてしまったアヤカは、18歳になった日に二人で教会に行き、創造神アモルフィアの元で認められて夫婦になりました。
風の噂でルモウルフの聖女の話も聞こえては来ますが、見つかる筈はない。とせせら笑っています。あの国や王家がどうなろうと関係ありません。時折り、辺境伯領に転移して、わざともらったドレスや宝石を売りに出してます。当然、変身していますから捕まりません。辺境伯は更にアイトバルト陛下に睨まれていますが、聖女を隠している。と言われて捜索されても見つかる訳が有りません。
城から持ち出された服や宝石が売られた形跡を辿り、影は辺境伯領に辿り着いたものの、そこに私は居ません。当然、隣国の帝都で暮らしている老婆に変幻したジュンには辿り付着けません。(笑)
未だに周辺の国から魔王を倒した聖女への招待が多く、最初の頃は体調を崩して療養中と断っていたものの、最近ではルモウルフ国には居ないようだ。と囁かれているそうです。
何故なら、王太子サイデッカーが公爵令嬢ナタリエと婚姻して大々的に披露宴を行ったからです。お腹の大きな『第二』王太子妃様の姿に、招待された周辺国の王族も想像が付いたらしいです。聖女の姿を求めて集まった周辺国から集まった招待客は、水が引くようにルモウルフ国から手を引いていったそうです。
娘がルドルフ王子から婚約を破棄されたヒョリン辺境伯は、宴の席で、『聖女は私の領地には居ません。』と、アイトバルト陛下に一方的な捜索に対する苦情を訴えたそうです。アイトバルト陛下は、影が調べたヒョリン辺境伯の知らなかった家臣や侍女の仕出かしを告げて、だからこその捜索だ。と言い切ったそうです。スケープゴートにされたと知り、ヒョリン辺境伯は愕然としたそうです。コーデリアが原因の根本ですけどね。
慌てて、武で知られたドミット侯爵に『子息とコーデリアの婚姻を結びたい。』と申し出るも、『息子達には既に婚約者がいる。』とあっさり断られたそうです。コーデリア自身はルドルフ王子を慕っていたので、本人に復縁を求めたい。と期待を込めて王太子様の披露宴に出掛けて行ったそうですが、既にコーデリアから気持ちが離れたルドルフ王子からは好ましい返事は来なかったそうです。
大好きなルドルフ王子に自分を否定されたコーデリアは、王太子の披露宴で聖女の事を聞かれても、嫌っている人の話など苦痛でしかなく、酔って庭園を彷徨いていた時に、言葉巧みに控室に連れ込まれ純潔を散らしたそうです。相手は15歳程歳の離れた子爵家の次男だそうで、多数の貴族に醜態を見られて、誤魔化しが効かなかった為、諦めた辺境伯は彼を婿に迎える事になったそうです。
婚姻を伝えたハリオットの両親から伝え聞いた話でしたが、コーデリアにも、辺境伯にも、もうどうでも良いとしか思っていなかったので、ありのままに告げると、無関心は最高の反撃かな。と、苦笑いされました。
これを機に50代のジュンを『ルモウルフの田舎の親戚』に返して、ハリオットと夫婦のアヤカが店を切り盛りする事に変えました。とは言え、髪と目の色を変えたままです。因みに、ハリオットが居なくなった事に気付いて、偵察に来た王家の影にはバレませんでした。




