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魔王の住む、辺境の更に先を目指して、半年程過ぎました。途中の街や村からの魔獣討伐などの依頼を受けながら進んでいる所為で、ゆっくりとした進行になっています。ですが、第三騎士団の方々や、サイドライト様、ドミット様との連携攻撃の練習にもなっているので、全くの無駄とは言えません。ただ、ルドルフ王子とコーデリア様のお二人だけは一切参加なさらないのです。第三騎士団の方々も含めて皆さん、見ないふりを決めていらっしゃるので、多分、そういう事なのでしょう。
野営を繰り返しつつ、やっと、コーデリア様の実家のある辺境の街に辿り着きました。城壁に囲まれた街に入ると、ルドルフ王子とコーデリア様は歓迎の集団に囲まれました。魔王城に近い辺境ですから、脅威となっている魔王が討伐されるのはとても喜ばしい事でしょう。然もありなんですが、あの二人以外はみんな疲れているのですよ。少しは気遣っても良いのでは?と、私の気分は底辺から浮上しません。
コーデリア様に連れられて辺境伯城に行く皆様と別れて、私はハリオット様と神殿に挨拶に向かいました。この街に来るまでも、神殿を見かけたらアモルフィア様に挨拶に向かってましたが、この街を出れば、後は魔王城に向かうだけなのです。討伐前の最後の神殿?なので、いつもより挨拶に力を入れたくなりました。
『アモルフィア様。やっと辺境領迄辿り着きました。魔獣の討伐続きでもうクタクタです。ですが、アレは酷くありませんか?
聖剣を使うルドルフ王子は1000歩譲って我慢します。でも、コーデリアは、ルドルフ王子の婚約者としてでは無く、私の護衛。侍女代わりに同行を許されたのでは無いですか?アレが居るからシスターミーシャの同行が認められなかったのに。私の世話なんか塵程もされていませんよ!それどころか、常に睨まれているし、気分悪いなんてものじゃ有りません!
それなのに3日間も辺境伯城に居なきゃならないなんて、罰ゲームですか!私はこのまま、神殿に居たいです。城になんて行きたくありません!』
アモルフィア様の像の前に跪き、胸の前で手を組んでお祈りを捧げました。心の中で思っている分にはセーフです。言葉に出して人に聞かれなければ良いのです。
お祈りを済ませて、神殿長に挨拶をすると、ハリオット様に連れられて、コーデリア様の実家の辺境伯城に行きます。すると、私だけ皆さんとは違う方向に案内されました。私だけになると、使用人の態度が変わり、雑?というか、投げやりになりました。暫く歩いて、小さな部屋に押し込まれると、使用人はさっさと消えます。ベットと机と椅子が一つずつ有るだけで一杯の小部屋です。カビ臭く、客室とは思えない部屋です。
いつまで待っても夕飯が届けられず、誰も呼びに来ない。と言うより、人の気配が無いのです。諦めて結界を張ると、浄化を掛けて汚れを落とし、インベントリから料理を出して食べました。カビ臭い布団を見ると、何かモゴモゴ動いています。杖の先で布団を持ち上げると蛙が詰め込まれています。鑑定するとガヤドクガエルと出ました。麻痺毒を出す蛙です。ベットを結界で囲み、蛙に逃げ出されないようにしました。私は素直に寝袋を取り出して包まり寝る事にします。
カーテンも無いので、眩しい朝日に起こされ、魔法で水を出して顔を洗いました。夜中にヒソヒソ声はしましたが、誰も部屋には訪れません。夜が明けた頃にも人の気配がしましたが、部屋の前を過ぎて行くだけでした。まぁ、結界が張ってあるので戸を開けても入って来れなかったでしょうけど。
この分だと朝食も抜きだな。と思い、インベントリから料理を出して食べ、連日の疲れを取ろうと寝袋に潜り込んだ処に、ノックと共に戸が開き、ハリオット様が結界にぶつかって鼻を押さえています。
「おはようございます。ハリオット様。ベットの中にガヤドクガエルが大量に仕込まれていたので、念の為に結界を張って過ごしてました。一声掛けて頂いたら解除しましたのに。はい。解きましたから、どうぞお入りください。」
「昨夜は晩餐会に姿が見えなかったので、コーデリア様に尋ねた処、聖女様に付けたメイドから、聖女様は体調が悪くて晩餐会には行かずに寝かせて欲しい。と言われた。と聞いたが、大丈夫なのか?朝食にも来なかったから、探していたのだが、何故、こんな処に居るのだ?探すのが大変だった。」
「何故と言われても、最初から此処に閉じ込められましたけど?晩餐会って何の話ですか?昨日、使用人にこの部屋に押し込められてから、今、ハリオット様がいらっしゃる迄、どなたも此処には来てません。私は3日間、食事抜きで此処に閉じ込められるのだな。と諦観しておりましたよ。」
「どういう事だ⁉︎あ、ベットに寝ていないのは、ガヤドクガエルがいるから?って言ったか?何故、麻痺毒蛙がベットに?」
と言いながらベットに近づくハリオット様。渡した杖で布団を持ち上げて確認しています。
呆れた顔でハリオット様を見ながら話します。一応、寝袋と食事は、神殿からもらったマジックバックの中に入っていた事にしましたよ。本当はアモルフィア様に頂いた物ですが。私の話を聞いたハリオット様が怒ってますが、『どうでも良いです。一方的に異世界から誘拐して来た聖女の扱いなんて、この国ではこんな物なんでしょう。』と言うと、絶句してました。
私を使っていない使用人部屋に、麻痺毒を持つガヤドクガエルと一緒に閉じ込めて、更に食事を抜いた事は、公爵家次男として、辺境伯に抗議されたそうで、昼前に案内され直した部屋はハリオット様のお隣りの客室でした。此方は最初の部屋の4倍位の広さで、キチンと掃除された綺麗な部屋です。…客室が空いてなかった訳では無かったようです。
問題は、出された昼食に有りました。ハリオット様に食堂に連れて行かれたのですが、私の分は用意されていなかった為、急遽、違う物を出されたのですが、毒入りだったようです。変な味がしたので、一口で辞めたのですが、その場で吐きました。汗が止まらず、高熱に魘され、目覚めた時は一週間が過ぎていました。
目の前で起きたこの事件には、流石にルドルフ王子も問題視されて、食事を作ったシェフと、食事を運んだメイドは牢屋に入れられて尋問を受けたそうです。アイトバルト陛下にも知らせが行き、辺境伯はお叱りを受け、コーデリアは婚約を破棄されたそうです。…魔王を倒すには私の力が必要な上に、魔王の被害を一番に受けているのはルモウルフ国なのです。周囲の国にも注目されているのに、何を考えているのでしょうね?
神殿で目覚めた私は、ハリオット様に事件の話を聞きましたが、何の感情も湧きませんでした。聖女にルドルフ王子を奪られると思ったコーデリアが、親に愚痴って使用人部屋に押し込めた。ハリオット様に苦言をもらった為、叱られたメイドが逆恨みして毒を盛った。辺境だけに、街を出れば森林に毒草が生えていて摘み放題。って聞いて、私に何を言えと言うのでしょう。いい加減にしてくれとしか言えませんよ。
実は、夢の中にアモルフィア様がいらして、渾身の土下座をされて、チートな能力を追加してくれたので、もう、それだけで充分です。アモルフィア様の加護で、今後は寿命が来るまでは安心して過ごせそうです?というか、私、この国の人に何の期待も無いから。どうでも良いのです。心の中ではいろんな事を思ってますが、何一つ言葉を発しないので、ハリオット様の表情が暗くなって来ました。
シスターの持って来てくれたお粥を食べて、少し眠り、を繰り返して3日程で、普通食に戻りました。アモルフィア様が加護を掛けてくれたので、状態異常から護られる為、体調は万全?です。早く魔王を倒してルモウルフ国から解放されたいので、ハリオット様にお願いして、魔王城を目指して出発しました。
ルドルフ王子も魔獣の討伐に参加するようになりました。コーデリアは外されて、辺境伯城で謹慎処分だそうです。百害が消えたので、私の気分は少し上昇したのかもしれません。釣られたのか、ハリオット様の表情も少し柔らかい気がします。
魔王城が近付いたせいか、魔獣の力が強くなり、第三騎士団の方々にも怪我人が目立つようになりました。討伐毎にポーションで回復させていますが、飲み過ぎると効き目が悪くなるので、その見極めが大変です。私はアモルフィア様の加護の余波で聖魔法の効き目が強くなったので、エリアヒールやエリアハイヒールを掛けられるようになりました。ドミット様と相談して、ポーションに頼れない時だけエリアハイヒールを使う事になりました。
魔王に連なる魔獣は、私の浄化の魔法を受けると格段に弱くなる事が判りました。ハリオット様の聖域結界の中から浄化を掛けて魔王城の中を進んでいます。数で勝負していた下級魔獣?達は問題無く討伐したので、魔石の数が物凄い事になってます。
四天王を名乗る魔獣が出て来ましたが、ルドルフ王子の聖剣や、ハリオット様の聖魔法を付与した剣には簡単に傷つけられ、更に、私の浄化を浴びて弱っていきます。弱い者イジメをしてる訳では無いのですが、異世界パワーは本当にチートのようです。
玉座に座っていた魔王が、四天王に対して私達がほぼ無傷で勝ち登って来た事に驚き、部下を殺された怒りを露わに立ち向かって来ましたが…結果から言うと、私に浄化されて弱体し、最終的にはルドルフ王子の聖剣に斬られて、大きな魔石になりました。
帰りの行程では辺境伯領を迂回して王都に入りました。別に辺境伯領を抜けないと王都に向かえない訳では無かったので、行きとは別の道を選んだだけです。実は、私よりもハリオット様の怒りが強く、ルドルフ王子にも怒りの矛先は向いていたので、帰り道での討伐には、キチンと参加して鍛えていましたね。
アイトバルト陛下に拝謁して、ルドルフ王子が魔王の魔石を献上すると、国を上げての祝賀会が開かれる事になりました。とても良い表情で皆さんは聞いてますが、私はさっさと神殿に戻りたいと思ってます。コーデリアとの婚約を破棄してからルドルフ王子の視線が鬱陶しさ満載なのです。
王宮に部屋を用意すると言う提案はハリオット様が蹴ってくれたので、取り敢えず神殿に戻って来ました。祝賀会に参加はしますが、ズヴェニール神殿長とレジデンツ神官長も一緒です。衣装は神殿の用意した清楚な服にしました。唯一の装飾品はハリオット様から送られたサファイアのイヤリングだけです。
3人に囲まれて出た祝賀会ですが、王族を初めとする貴族掌返しが半端なく、呆れました。でも3人の防御力が強いお陰で、まだ実害?は出てません。アイトバルト陛下が出て来ました。祝賀会が始まるようで、私もハリオット様と前に呼ばれました。
ルドルフ王子を中心に、魔王討伐隊が並びます。アイトバルト陛下から其々に褒賞が発表されました。第三騎士団はドミット様が代表して受けられてます。ドミット様は侯爵に陞爵されました。サイドライト様は宮廷魔導師に格上げされ、副魔導師長の役付きになりました。ハリオット様は新たに伯爵位を与えられましたが、神殿で聖騎士をしているので、領地は授けられませんでした。
辺境伯令嬢との婚約は破棄されているので、フリーになったルドルフ王子には、沢山の令嬢の視線が寄せられています。ハリオット様にも私の一つ上の妹が居て、先程、紹介されました。ハリオット様に似た容貌の綺麗な方で、取り巻きの容姿も半端ないと目の保養をしましたよ。
話しは進んでいたようで、ルドルフ王子には離宮が与えられて、王太子の補助をする事になったそうです。そして、私が呼び付けられました。
「聖女に於いては、異世界よりルモウルフ国を守る力となるべく駆け付けて頂いた訳だが、無事に役目を果たされてホッとした事だろう。働きに報いる為に、このサイデッカーの婚約者にする事にした。心して王家に仕えると良い。」
アイトバルト陛下の言葉に会場がどよめいてます。私にしても、悪い冗談としか思えません。ですが、私に発言は許されず、有耶無耶の内に裏?に連れ去られました。
あれから一カ月は過ぎたでしょうか?辺境伯家での待遇とあまり変わらない日々を過ごしてます。でも、どうでも良いです。私は表情が無くなり能面のように対応してます。確かに体罰などの身体的損傷は有りませんが、そろそろ限界です。
妃教育という名のイジメは、期待して受けていたら堪えられなかったと思います。専属メイドと言う名の監視員は、自分には甘いようで、私に隠れてする噂話で有益な情報をくれました。
あの祝賀会で婚約者とされたサイデッカー様には、相思相愛の婚約者がいるそうです。周囲の国への牽制の為に私が正妃となりますが、その婚約者の方は即妃として添われるそうです。実質の正妃扱いはその令嬢になるそうで、サイデッカー様の続き部屋は、依然としてその令嬢が使っているそうです。婚約は白紙に戻されたものの、付き合いは変わらずに続いている訳です。
サイデッカー様とは4回程、顔を合わせただけですね。お互いに興味が無いので、気にした事も有りません。ルドルフ様と似た顔つきだった気はする?ぐらいの記憶しかありません。当然ですが、こんな国の王太子妃や王妃に興味も価値も見出してません。