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手裏剣

手裏剣


今日は一郎と洋助の稽古日である。熊さんは古畳を一枚道場に運び込んだ。

「先生、今日は畳の上で受身の稽古?」一郎が訊いた。

「うんにゃ、こん畳ん真ん中に黒か目玉ば描いとろうが。これば的にして手裏剣ば打っとたい」

「わ〜、忍者の稽古だね?」洋助が目を輝かせた。

「いんや、忍者の手裏剣とは違うばい」そう言って熊さんは巻いた布から鉛筆くらいの鉄の棒を取り出した。

「何これ?釘みたい」一郎が訝しげに訊いた。

「棒手裏剣ち言うとじゃ」

「棒手裏剣?」

「おいがまず打ってみしゅうたい」

熊さんは、的から三間離れて立った。「まず、的ん中心から自分に向かって直線ば引かんね、勿論頭ん中でじゃ」

熊さんは、架空の直線の上に両足を置いた。「へそのど、鼻ん頭ば一直線に揃ゆっと」

そして右手に手裏剣を持ち頭上に構えると、「えいっ!」裂帛の気合と共に手裏剣を放った。

剣は熊さんの手を離れ、一直線に的の中心に深々と突き立った。

「凄ーい!」二人はびっくりして大声をあげた。

熊さんは、二人に手裏剣を一本づつ渡した。「さ、いまんごつ打ってみんね」

「先生、手裏剣は”打つ”って言うの?」洋助が訊いた。

「うん、ボールを投げるのとはちいっとばかし違うぞ」

「ふ〜ん、じゃ僕が投げて・・・じゃなかった、打ってみるね」洋助が言った。熊さんの真似をして的の前に立つ。

「エイッ!」洋助の打った剣はクルクルと回って畳に当たって落ちた。

「次は僕!」一郎が的の前に立つ。ジッと的を見つめた。

「エイッ!」一郎の剣は、大きな弧を描いて飛んで行ったがやはり刺さらずに落ちてしまった。

二人は何度も挑戦した。

「ダメだ〜、難しいな〜」一郎は溜息をついた。

「的は目で見っとじゃなか。へそで見っとじゃ」熊さんが言った。

「臍?」一郎が首を傾げる。

「臍で見っと的の中心がとるる。今度はもそっと的に近寄ってやってみんね」

「は〜い!」それから二人は、夢中になって手裏剣を打ち始めた。あっという間に二時間が過ぎた。

「手裏剣は『型』に自分をめ込むとじゃ、こいは全ての武術の基本じゃっで」

「型って窮屈なんだね」洋助が腕組みをした。

「こげんか言葉のある。『型に入らざる時は、邪道に走る。型に入って型を出でざる時は狭く。型に入り型を出でて初めて自在を得べし』」

「誰の言葉?」洋助が訊いた。

「おいの、中学校の先生じゃ」

「えっ!学校の先生なの?」

「手裏剣の師匠でもあっ」

「へ〜」

「聞きたかか?」

「うん!」二人は声を揃えた。

「あれは、おいが中学二年の時じゃった・・・」熊さんは、ゆっくりと語り始めた。


*******


「おい、行蔵ぎょうぞう。ナイフは持っち来よったか?」中学生とは思えぬ巨漢が言った。

「おお、持っち来たぞい。ここでやっか?」行蔵が答える。

放課後の教室の後ろ、掲示板の前に立って二人はナイフを構えた。

「そりゃ!」「ありゃ!」二人は同時に掲示板に向かってナイフを投げた。

「バン!」「ドン!」ナイフは壁に激突し、大きな音を立てて下に落ちた。

「映画んごつ上手うは行かんもんじゃのぅ」巨漢が言った。

「いっちょん刺さらん」行蔵も首を捻る。

「よし、もういっちょ、やろかい?」

「そうじゃな」二人は何度かナイフ投げを試みた。

「コラ!なんすてる!」その時、教室の扉が開いて教師が入って来た。「おまんたちゃ、神聖な教室でなんしよっとか?」教師は大変な剣幕で言った。

巨漢は中学でも持て余し気味の問題児であった。行蔵は巨漢とは幼馴染で仲が良い。

しかしこの時の教師の剣幕には度肝を抜かれた。

「済まんです」「もう、しまっせん」二人はペコんと頭を下げた。

「もう、絶対にこげんこつしちゃならんぞ!」教師は二人を睨みつけて教室を出て行こうとした。が、何を思ったか振り返って二人の側にやって来た。

「教室ん壁に穴ば開けるこつは悪かこったい。じゃっどん、どうしてん投げたかとやったらもっと真剣に投ぐっがよか」教師は行蔵の手からナイフを奪うと掲示板に向かって投げつけた。

「ドスッ!」ナイフは鈍い音を立てて、深々と突き立った。

「何ごとも、本気でやっとじゃ!」そう言って教師は教室を出て言った。

「凄か!」行蔵はあっけにとられて教師の後ろ姿を見た。

巨漢はナイフに近寄り、抜こうとした。

「わっ!こんナイフ、抜けんぞ!」巨漢が言った。


次の日、行蔵は職員室に教師を訪ねて行った。自分から職員室に入ったことなど今まで一度も無い。

白神しらがみ先生、ナイフ投げば教えて貰えませんでっしょか?」行蔵は頭を下げた。

「心の正しく無いもんに、こげな危険な術は教えられん」教師はけんもほろろに行蔵に言った。

『ふん、こげなもん、教えてもらわんでん、練習すれば何とかなったい』行蔵はそれから一週間、猛烈にナイフ投げの練習をやった、が、当然のことながらナイフは一回も刺さることは無かった。

行蔵は再び職員室を訪れた。「先生、お願いしもす。ナイフ投げば教えち下さらんか。一所懸命真面目にやいもすで」行蔵は心から教師に頼んだ。

「心正しからざれば、剣また正しからず。おまんの心は剣に現るっぞ。口先だけならやめとけ」教師は、行蔵を見据えて言った。

「真人間にないもす、勉強もやいもす。じゃけん教えてくだっせ!」行蔵は床に跪いて頭を下げた。

「よし、半年だけ教えてやっど。そいで目が出んやったら諦めろ」教師はそう言って行蔵を見つめた。


「白神空也先生。おいの最初の武術の師じゃ」熊さんは、二人に笑って見せた。


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