表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/47

小さき弟子

小さき弟子


「お母さ〜ん、熊先生が弟子にしてくれるって、お母さんの許しを貰ってこいって!」

ある日の昼下がり、一郎が帰ってくるなり歩美に言った。

「そお、良かったわね。お母さんは大賛成よ」

「ありがとう、きっとそう言ってくれると思ってた」

「洋ちゃんは?」歩美は親友の洋助のことを訊いた。

「お父さんがダメだって。そんな暇があるなら、野球のクラブチームに入れって言われるんだって」

「野球?昔の子供達は空き地で勝手にやっていたわよ」

「今は勝手に入っていい空き地なんて無いよ」

「世知辛い世の中になったわね、遊びさえ大人に監視されなきゃならないなんて・・・」

「ふ〜ん、昔は違ったんだね・・・そんなことより熊先生のところに行ってきていい?お母さんに許して貰ったって言ってくる」

「ええ、いいわよ。行ってらっしゃい」

「行ってきま〜す」

一郎は後ろも見ずに飛び出して行った。


*******


「熊先生!」一郎は、道場の裏手に回り、小さな畑を耕している熊さんを呼んだ。

「早かね〜、もう戻ってきよった」熊さんが呆れて一郎を見た。

「お母さんが良いって、大賛成だって!」

「そりゃよか、話の分かるお袋さんじゃ」

「いつから教えてくれるの?」

「そうたいね、今度の土曜日はどうやろか、午後からなら道場が空いちょる」

「分かった、楽しみだな〜」

「じゃっどん、洋助の親御さんはなんち言わはっとるとね?」

一郎は、自分の事ばかりで、洋助の事をあまり考えていなかったことに気がついた。

「この前、一度お父さんに話してみたんだって、そしたらダメって言われたって」

「そげんね、やっぱりおいが信用されとらんからじゃろね?」

「う〜んと、違うと思う。野球のクラブチームに入れって言われたんだって。塾もあるから時間が足りないって」

「近頃ん子供は忙しかね〜」

「お母さんも言ってたけど、昔は違ったの?」

「じゃっど、おいどんたちゃ学校から戻ったら、カバンばほんなげちから遊びに行きよったたい、まあ、遊びにゃ忙しかったばってん」

「ふ〜ん、今はみんな塾に行ってるよ。あとピアノとかスイミングスクールとか色々」

「一郎は行かんとね?」

「お母さんが、子供は遊べって、それが仕事だって」

「めずらしかお袋さんじゃね。じゃっどん正しか意見たい」

「だけど一人で遊んでもつまんないよ」

「そげんこつはなか、工夫ばすりゃいくらでん面白かこつはあっど」

「どんな事?」

「それば自分で考えんと意味がなかろう、人に聞くこっじゃなか」

「うん、考えてみる。じゃ、また来るね」いっ君は熊さんに手を振って帰って行った。


*******


洋助は、どうしても弥勒寺での熊さんの姿が忘れられなかった。自分もあんな風に強くなりたい、野球なんかやりたくない。

「なんか良い方法はないかなぁ?」洋助は頭をひねって考えたが、良い方法が浮かばない。「よし、明日学校でいっ君に相談してみよう!」


*******


「先ず、お母さんを説得してみたら?」一郎が言った。「将を射んとすれば、馬を射よ、って言うじゃない」

「どんな風に?」

「どうしてもやりたいって言うんだよ」

「ダメさ、そんなことでわかってくれるもんか、うちの親、頑固なんだぞ」

「じゃ、なんでも言うことを聞くからって言ってみたら」

「もっと勉強しろって言われるのがオチさ、クラスで一番になれって」

「う〜ん、家出でもしてみたら?」

「そんなことをしたら大変だ。ますます許しちゃくれなくなる」

「困ったなぁ」一郎は頭をかかえた。

「僕に自由はないのかなぁ?」洋助も泣きそうになる。

「黙ってやってみる?」

「熊先生に嘘は通じないよ」

「あ〜八方塞がりだ〜」


*******


「お前、あの選手を潰してこい」監督の佐藤は、控えの投手にこう耳打ちした。

ツーアウト満塁。3点リードで迎えた9回裏、相手の打者はスラッガーの清原。

一発ホームランが出れば逆転負けだ。

コーチの山田はこう付け加えるのを忘れなかった。「次の試合の先発はお前だ」

「ピッチャー交代、鈴木!」監督が審判に告げる。

鈴木はマウンド上で震えていた。わざとデッドボールを投げなくてはいけない、しかも清原を退場させるには頭を狙うしかないのだ。

しかし監督の命令は絶対だ、鈴木は覚悟を決めた。

振りかぶった腕を思い切り振り下ろす、硬式のボールが手を離れバッターのヘルメットに向け一直線に飛んでゆく。

清原はゆっくりと倒れ、鈴木はマウンドで頭を抱えてうずくまった。


この事が世間で公になったのは偶然だった。たまたまリトルリーグの取材に来ていた地元新聞の記者が、降板後の鈴木の様子がおかしいのに気付いたのだ。

新聞は一斉に監督の責任を追及したが、監督はのらりくらりと言を左右にして逃げた。

それがさらに、火に油をそそぐ結果となり監督とコーチは解任。教育的見地から、スポーツ団体のあり方に注目が集まった。

組織化された集団の中では、勝利至上主義が蔓延し、子供達はその道具に使われているという見方が強くなった。

勿論これは一部のことであって全体では無い、しかし世論は前者に傾いた。


*******


「お母さん、洋助をリトルリーグのチームに入れようと思っていたけど、どうしたもんかなぁ?」

「お父さん、今そんな事をしたら親戚になんて言われるかわからないわよ」

「それもそうだな」

「今は、礼儀を重んじる武道を習わせたほうが得策じゃない?」

「洋助もあんなにやりたがっているしな」

「無門先生なら、名人だって噂ですよ、私はいいと思いますけど」

「お前がそう言うなら、やらせてみるか」

「そうね、洋助が帰ってきたらそう言ってみます」


両親の多少の誤解は、この際目をつぶろう。熊さんに、二人の可愛い弟子ができたのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ