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ヒロシ

ヒロシ


「ヒロシ、こんな事をして大丈夫か?」バットを持った男が訊いた。

「順子が帰って来なかった、俺の女を取り返すだけだ。何が悪い!」ヒロシがうそぶく。


深夜、寺が寝静まった頃、四人の男が山門に立った。

一人は順子を置いて帰った男、他の三人はその仲間である。

「いいか、気をつけるのは熊のような男だけだ。あとは女と子供だ」ヒロシが言った。

「間違いないな?」木刀を持った男が言う。

「ああ、間違いない」

「なんか、ワクワクするなぁ」手にナイフを持った男が薄ら笑いを浮かべた。


四人は境内を突っ切って庫裡の玄関に廻った。

「俺とトシは裏手に廻る、タカとヨシキはここで待機だ。順子が逃げてきたらここで捕まえてくれ」

「まかせとけ!」ナイフを持ったタカが言った。


ヒロシは先に立って裏手に進んで行く、縁側を通り抜け、薪の積んである軒下に出た。

「ウ〜・・・」

「おい、トシ。何か言ったか?」

「いや・・・」

「ウ〜ワン・ワン・ワン・ワン・ワン!」タロウがもの凄い勢いで吠えた。

「うわっ、犬だ!」

ヒロシが逃げようとしてトシとぶつかった。

その時、庫裡の灯りが点いた。「だれ?」女の声が聞こえる。

よく見ると、犬は鎖に繋がれていた。


*******


遠くで犬が吠えている、熊さんはハッとして飛び起きた。『ただ事じゃなか!』犬の鳴き声からそう判断した。

熊さんは子供達を起こさぬよう、そっと小屋を抜け出し、寺に向かって走った。『嫌な予感がすっ!』

その時庫裡の方で、ガラスの割れる大きな音がした。犬は吠え続けていた。


*******


「順子を返せ!」ヒロシが叫ぶ。

「誰ですか、あなた方は!」縁側に立って慈栄が誰何すいかした。

その時、玄関の方でガラスの割れる音がした。タカが玄関の戸を蹴破って中に侵入したのだ。

「なんだ、お前たちは!」慈恵の声だ。

「順ちゃん、逃げて!」よっちゃんが叫ぶ。

「順子、こっちへ来い!」ヒロシが叫ぶ。

「やめて、ヒロちゃん!」順子が必死で訴えた。

庫裡の中は騒然となった、慈栄の前にはヒロシとトシが、慈恵とよっちゃん、順子の前にはタカとヨシキが立ち塞がる。


*******


境内を横切る時、人の声がした。

庫裡に近づくと男の後ろ姿が見えた。

「待たんかっ!」熊さんが叫ぶ。

木刀を持った男が振り向いた。

熊さんは真っ直ぐその男の懐に飛び込み、一本拳を鳩尾みぞおちに突き立てる。

男がうずくまると、熊さんは男の手から木剣を奪った。

「この野郎!」タカがナイフを熊さんに向かって滅茶苦茶に振り回す。

中途半端な武道家にとって、素人の無茶苦茶な攻撃ほど怖いものはない。正しい太刀筋というものが無いからだ。

しかし、熊さんほどの腕になれば、このような攻撃をかわすのは赤子の手を捻るより容易い。

タカは、あっという間にナイフを叩き落とされ、右手を抑えて蹲った。


*******


「トシ、玄関に行け!」ヒロシが命じる。

「分かった!」トシはバットを構えて玄関に走った。

袴を履いた男の、背中が見える。前にタカが蹲っていた。

トシは無言でバットを振り上げ、男の後頭部へ振り下ろす。

その瞬間、目の前の景色が裏返る。自分の躰が、重量のない風船のように飛んで行くのが分かった。

トシはバットを握ったまま、強かに地面に背を打ち付けた。

息が止まって、立ち上がる事すら出来なかった。


*******


「貴方は昼間の人ですね?」慈栄が男に尋ねた。

「そうだ、順子を渡せ!」

「それは出来ません、貴方には順子さんを連れて帰る資格が無い」

「なにっ!」ヒロシが一歩前に出た。

「ヒロちゃんやめて!私もう貴方について行けない!」慈栄を庇うように前に出て、順子が言った。

「なぜだっ!」

「本当の自由を手に入れたいから」

「・・・?」ヒロシには順子の言葉の意味が分からなかった。


その時、熊さんが縁側に現れた。ヒロシは慌てて後退った。

「おのれは、今日からしばらく臭か飯ば食って来い!」

熊さんが木刀を突き付けると、ヒロシは跪き、顔を両手で覆って泣き出した。


いつの間にか子供達が、境内の真ん中に立ってこの様子を見ていた。

「熊先生凄いね・・・」洋助が言った。

「うん、天狗さんみたいだった・・・」一郎が呟いた。


*******


警察が来て四人は連行された。

事情聴取が済んでから、順子は慈栄に言った。

「私、卒業したら実家に帰ります。もう一度両親と一緒に暮らします」

「それが良いでしょう」

「そして、私の気持ちを伝えます。分かって貰えても貰えなくても、そこから再出発です」

「人は、どんなに頑張っても人に頼らず生きて行く事は出来ません。それをわきまえた上で、一人で生きる覚悟をするのです。過去を決して後悔してはいけませんよ」

「はい!」

「『さいの角のように、一人で行け』とお釈迦様は仰いました」

「強くなりなさい・・・」


慈栄は、熊さん達と一緒に帰って行く順子の姿を、山門の前でいつまでも見送っていた。






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