表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/47

天狗

天狗


「今日の熊先生凄かったね!」布団を敷きながら洋助が言った。

「あの人全然起き上がれなかった!」

「どうしてあんなことができるの?」一郎が訊いた。

「あれか?あれはな、力ば逃がしてやったとじゃ」

「力を逃すの?」

「そうじゃ。力は力で押さえ込もうとすっと、もっと大きな力で返さるっ。そいじゃけん力は逃してやらんといかんのじゃ」

「どう言う事?」洋助が訊いた。

「おはん達はヨットば知っとるな?」

「うん」

「昔の帆船は追い風でなけりゃ走れんかった。じゃっどんヨットは風に対して斜め前に進むことがでくっ。何でか分かるか?」

「う〜ん・・・」

「分かった、風を逃すからだ!」一郎が答える。

「そうじゃ、なかなか物分かりが良かじゃなかか」

「へへ〜」

「チェッ僕だってもう少しで分かったさ」洋介が膨れた。

「ははは、二人とも賢か!」

熊さんが二人の頭を撫でた。

「囲炉裏に火ば起こさんね。ちいっと寒うなってきた」

「うん、わかった。そこの炭使っていい?」一郎が小屋の隅に置いてある炭を指して言った。

「よか、そん炭ば作った人は、柔術の達人たい。おはんもあやかるとよか」

「へ〜そんなに強いの」洋助が訊く。

「強か、天狗のごたる」

「熊先生より?」

「悔しかけれど、おいより強か」

「熊先生は、天狗に会ったことある?」一郎が訊く。

「あっど、京都の鞍馬山で山籠りばしよった時に会うた」

「わ〜凄い!牛若丸が天狗に剣術を習ったところだよね。その話聞きた〜い!」洋助が目を輝かせて熊さんにねだった。

「よか、じゃっどん先に火ば起こさんね。火ば見ながら語って聞かしゅうたい」

二人は、大急ぎで火を起こす。熊さんに教わった風呂焚きの経験が役に立った。

「自在鉤に鉄瓶ば掛けんね。湯気で小屋がぬくうなるけん」

ようやく、鉄瓶の口から湯気が上がり始めた頃、熊さんはポツリポツリと語り出した。


「あいは十年ばかり前んこつやった、鞍馬の山は桜が満開でな。じゃっどん京都の山はほんなこて寒かった」

「鞍馬山は、昔から修験道の修行する山じゃっで岩場は険しか」

「そん岩場に岩屋があって、おいがそん中で座禅ば組んどったと思わんね」

「うん」二人はこくんと頷いた。

「あれは、三日目の夜じゃった、半眼に閉じた目の前に烏天狗の現れた」

「おいは、瞑想の中に迷い込んだ雑念じゃち思うて無視しちょった」

「そしたらそん烏天狗がこう言いよった。『おぬし、何をしておるのじゃ?』」

「おいは、これは妄想じゃ、返事しちゃならんち思うてまた無視ばした」

「そしたら今度は後ろから声のした。『烏、どうした?』」

「さすがにびっくりして、おいは振り返った。そこにおったのは鼻高天狗じゃった」


『鼻高、この人間が儂を無視するのじゃ』

『何!近頃の人間は素直ではないな。牛若はもっと素直じゃったぞ』

「わいどんはなにもんな?」熊さんは前後を振り返りながら訊いた。

『見れば分かろう、天狗じゃよ』前の烏が言った。

『やっと骨のある人間が来たので、教えてやろうと思って来てやったら無視しおって、無礼であろう!』後ろの鼻高が言う。

「そげん言わはってん、ほんなもんの天狗どんば見たとは初めてじゃけん・・・」

『宜しい、最近の人間は理屈が多いでな。仕方あるまい』

『ところで、おぬしは何をやっておったのじゃ?』烏がまた同じ事を訊いた。

「座禅ばしよったとです」

『そんな事は見ればわかる、何の為にじゃ?』

「集中力ば養う為でごわす」

『集中力? はて、昔の人間はそんな言葉は使わなかったが』

「目の前んこつに、心ば集めるこっでごわす」

『何故そんなことをする?』

「目の前の敵に集中するこっで、遅ればとらんごとすっとです」

『なら、背後の敵は何とする?横は?斜めは?』

「じゃっどん・・・」熊さんは返事に詰まった。

『隙ありじゃ!』背後の鼻高が、いきなり熊さんの頭を殴った。

「イテッ!なんばすっとね?」熊さんが振り向く。

『また隙ありじゃ!』前のカラスが熊さんの頭をポカリとやった。

「わっ!たまらん」熊さんは横に跳んだ。

『無駄じゃ!』そこには別の烏天狗がいた。

熊さんは、反対側に跳んだ。

『遅い!』そこにもまた別の鼻高がいた。天狗は四人に増えていた。

『心を一点に集中するという事は、心が対象にべったりと貼り付いて離れないという事だ』

『それは、他の対象を見ることを放棄するということでもある』

『心を分散せよ』

『心を高速で回せ!』

四人の天狗は口々に言った。

気がつくと天狗は消えていた。


「おや?えらいおとなしかち思うたら、二人とも寝とっじゃなかね」

熊さんは二人を布団に運び、また暫く囲炉裏の火を見つめていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ