表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/47

刺客

刺客


「吉田、武本源龍先生の元へゆけ」

剛道館での夜の稽古が終わると、師範代の吉田は母屋の座敷に呼ばれた。そこで館長の観音寺剛三にそう命じられたのだ。

「急ですね・・・何かあったのですか?」吉田は剛三にその訳を訪ねた。

「源龍先生が刺客に襲われた」

「えっ!で、お怪我は?」

「幸い大したことは無いそうだが、大事をとって入院されたという事だ」

「どなたから連絡が?」

「息子さんからだ」

「敦君には伝えたのですか?」

「いや、敦君には伝えるなと、源龍先生の厳命だ」

「何故・・・?」

「受験の妨げになる。それに伝えれば必ず敦君は仇を取ろうとする、しかし相手は敦君の敵う相手では無い」

「相手の名は判っているのですね?」

「制剛流の御子神幽鬼」

「なんと、昨年の大会の準優勝者では無いですか」

「そうだ。その時の判きを恨んでの犯行と見た」

「槇草さんは?」

「台湾だ。すぐには帰って来れん」

「分かりました、明日の朝一番の飛行機で立ちます。東京の西巣鴨でしたね?」

「うむ、先生には弟子はいない、帰国してから道場を再開してはおられないのだ」

「分かりました。私は源龍先生をお守りすればよろしいのですね?」

「よろしく頼む。くれぐれも用心するのだぞ」

「はい!」



翌日、昼過ぎに吉田は西巣鴨の駅に降り立った。

駅員に聞いた場所を頼りに、川沿いの道を流れと反対方向に歩いた。

「おかしいなぁ、この辺の筈なんだけど?」立ち止まって周りを見回すが、それらしき建物は何処にも無い。

チリン・チリン・・・自転車のベルが鳴った。

「わっ!」吉田は慌てて飛び退いた。

「おじさん、ちゃんと前を向いて歩かなきゃいけないんだよ」

見ると小さな女の子が自転車に乗って吉田を睨んでいる。

「すみません・・・」吉田はぺこりと頭を下げた。

「おじさん、何を探していたの?」

「ああ、西巣鴨病院だよ。知ってるかい?」

「うん、知ってる」

「よかった、教えてくれないかなぁ?」

「いいよ」女の子は自転車を降りてガードレールに立て掛けた。

よく見ると自転車がとても多い。この辺の交通手段なのだろう。

「西巣鴨病院はこの川の向こう側だよ」

「えっ!こちら側だとばかり思っていた・・・それで見つからなかったのか」

「もう少し先に行くと橋があるからそれを渡ってぇ・・・」女の子が言った。

「はい」

「正面に五階建ての団地がたくさん見えるから。その向こう側が西巣鴨病院だよ」

「分かりました」

「団地に隠れて病院の建物は見えないから、団地をまっすぐ突っ切って行くといいよ」

「助かった、ありがとうございます」吉田は女の子にお辞儀をした。

「じゃあね。ボ〜と歩いてたら、また自転車にぶつかるよ」そう言って女の子は手を振って行ってしまった。

吉田は女の子に手を振ってから歩き出した。言われた通りに行くと病院はすぐに見つかった。

団地と同じ五階建の中規模の病院だ。

受付で病室を訊きエレベーターで三階まで上がり305号室の前に立つ。

ドアの横に掛かった名札を見る。部屋は四人部屋らしいが、今は源龍の名前しかない。

ノックした。返事があったのでノブを回してドアを開ける。

源龍は窓際の右のベッドに起き上がって座っていた。右腕を胸帯で固定されている。

「吉田君か、よく来てくれた。敦が世話になっておる、礼を言う」頭を下げた。

「いえ、それよりお怪我の方は大丈夫なのですか?」

「ああ、大した怪我では無い。鎖骨をやられたが、若い頃にはすぐに治った」

「しかし・・・」

「そう、私ももう若くは無い。それで君に来て貰ったのだ」

「相手は御子神幽鬼と聞きました」

「槇草君を逆恨みしてもう一度試合がしたいと言うから、お前には勝てんと言ってやったらいきなり襲って来おった」

「でも、先生ほどの方が・・・」

「私はずっと西洋で戦って来た。西洋人の躰の使い方は単純だ、それに慣れすぎたのが敗因だよ」そう言って源龍は自嘲気味に笑った。

吉田は何も言えずに立っていた。

「妻を守って欲しいのだ・・・」源龍がポツリと言った。

「えっ、先生をお守りするのでは・・・」

「私は武術家だ。怪我をしてもたとえ死んでも文句は言わん。しかし妻は違う、私は妻に怪我をして欲しく無い。その代わり、無関係な君を危険な目に合わせることになる・・・勝手な奴だと思うだろうが・・・」

「私ハ死ナド恐レマセンヨ」静かに病室のドアが開き、年配の女性が入ってきた。驚いたことに銀髪で碧い目の白人である。その目が笑っていた。

「ベネシア、聞いていたのか?」

「エエ、アナタノ地声オオキイネ」ベネシアと呼ばれた女性はツカツカと吉田に近づいた。

左手に買い物籠をぶらさげている。

「武本ベネシア、源龍ノ妻デス」そう言って右手を差し出した。

「吉田です・・・」握手をした。目を見張っていたに違いない。

「驚いたかね?妻はイギリス人だ。ヨーロッパ転戦中に恋に落ち結婚した。まあ、訳ありでな、詳しいことは言えん・・・」

「ソウ、アナタト結婚シタトキニ覚悟ハ出来テイマス。何ヲ今サラ?」

「では、敦くんはクォーター?」吉田が尋ねた。

「そうなるかな・・・」

「道理で、はっきりとものを言う」

「孫ガ、オ世話ニナッテイマス。有難ゥ」ベネシアは吉田に頭を下げた。

「いえ、何もお世話と言える程のものはしておりません」

「セッカク来テ頂イタノデスガ、私ハ一人デ大丈夫」

「しかしベネシア・・・」源龍が言いかけた。

「貴方モ歳ヲ取ッテ気が弱クナッタ。アメリカデギャングニ襲ワレタ時ハモットカッコ良カッタワヨ!」

「む・・・」源龍は言葉に詰まってしまった。

「デモ、吉田サン、今夜ハ家ニ泊マッテ下サイネ、スグ近クナノ。アイリッシュシチューとチキンピザヲゴ馳走スルワ」そう言って買い物籠を上げ、笑って見せた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ