射
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出雲大社ハワイ分院の秋祭りには、毎年一万人の参拝者が訪れる。
今年も朝から沢山の人で賑わっていた。
オープニングはお神輿だ。日本から来た担ぎ手の他に、ハワイ大学の学生や地元の人も参加して神社の周りを練り歩く。
続く国旗掲揚は、当然星条旗だ。
拝殿では、天野を中心に神道の儀式が執り行われている。
天野の祝詞の後、ナオミが美しい巫女の舞を舞った。
『日本語は変じゃっど、舞はなかなかのもんたい』熊さんが仕切りに感心している。
玉串礼拝では、紋付姿の熊さんが榊を神様に捧げた。
儀式の後、社務所前に張られたテントに会場を移し、地元の有力者や日系人の代表による挨拶、万歳三唱の後は紅白の餅がステージから観客に撒かれた。
それからは、ハワイらしく陽気な宴が始まった。
出雲大社の婦人会の手によって、様々な料理が振る舞われる。
日本的なエンターテイメントも行われた。
まず、祭り太鼓の勇壮な演奏。気合いの入った重厚な音が腹に響く。
次に行われた坂東流の日本舞踊などは、返って日本などでは見る機会が少ないだろう。
また、ハワイには沖縄系の人が思いの外多く、琉球舞踊なども行われ客席からは指笛も響いた。
ハワイの新舞踊の名手、ダズ・渡久地による舞は妖艶で、観る者を魅了した。
福引やカラオケも行われ秋祭りも絶頂を迎える頃、天野宮司がステージに上がった。
「皆様、そろそろ楽しい時間も終わりに近付いて参りましたが、最後に是非見て頂きたいものがあります」
客席が静かになった。
「それは日本の武の真髄、剣と弓の対決です」
客席が騒めく。
「細かな説明は無用でしょう。百聞は一見にしかず、御用とお急ぎで無い方は社務所裏の弓道場にご移動願います」緊張を解すように天野が言った。
微かに笑いが起こる。それでも、狐につままれたような顔で会場の人達は弓道場に移動した。
熊さんが腰に刀を差して、的の前に立っていた。
天野は、神職の装束のまま手に三ツカケを付け、片肌を脱いで射場に立った。
観客が小さな悲鳴を発した。矢で人を射ようというのか?
矢には危険防止のタンポは付いていなかった。
観客の心配をよそに、二人は静かに礼を交わした。
一射目
天野は弓に矢を番えキリキリと引き絞った。
ぶるん、と弦が鳴り、ひょうと矢が飛んで来た。
腰間から刀が鞘走り熊さんは左に転移した。
カッ!という音と共に、矢は二つに斬れて地に落ちた。
二射目
天野は力を入れる事なく弓を引く。
これ以上指が耐えられなくなり、自然に親指が開くのを待つ。
びゅん!
矢は、先程より鋭い軌跡を描いて熊さんに迫る。
右に転移しながら下から掬い上げられた刀は、矢を両断して鞘に返った。
三射目
天野の右掌は雨の雫を湛えたタロイモの葉になった。
指に雫が凝って大きな水滴となる。
無心に、ごく自然に水滴が落ちた。
矢は一直線に熊さんに向かって飛び、観客は息を呑んだ。
もう転移は出来ない。光の矢が熊さんの正中をしっかりと捉えていた。
ゆっくり尻餅をつくように熊さんは沈む。鞘走った刀は目の前の空間を左右に両断して、地面すれすれに止まった。
矢は、背後の堋に、二つに裂けて突き立っていた。
陽気なハワイアン達は一瞬言葉を失い、次の瞬間大爆発を起こした。
拍手と歓声と指笛の渦の中、二人は静かに目礼を交した。
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その夜、二人はカラカウア通りの寿司バー『心』に居た。
「そろそろ日本食が恋しくなったのではありませんか?」
「じゃっど、おいは根っから日本人たい」
「しかし、矢を縦に斬るとは、恐れ入りました」
「あれは矢を斬ったっちゃなか、おいの正中ば斬ったとたい。しかも、刀が勝手に・・・」
「刀が・・・勝手に?」
「あん刀は、そげんか刀たい」
「分かりません?」
「あん刀は、おいが道場の屋根裏で見つけたもんを、師匠がおいにくれたもんじゃが・・・」
「師匠?」
「無門平助・・・」
熊さんは、刀に纏わる話を、ゆっくりと天野に語って聞かせた。
「そうでしたか、西南戦争で鉄砲の玉を斬った刀なのですか」
「じゃっで、今回の勝負は引き分けじゃ」
「あなたの言葉では無いが、やはり矢切りは勝ち負けでは無いと知りました」
「見事な『放れ』じゃった」
「そう言って頂くとお世辞でも嬉しい」天野はにっこり微笑んだ。
「ほんなこつですたい」
「さあ、ハワイ最後の夜です。今夜は心ゆくまで呑みましょう」
「ハワイに来て良うごわした・・・天野さん、ありがとごあした」熊さんは深く頭を垂れた。
こうして熊さんの初めての海外旅行は終わった。
帰りの飛行機は身も心も軽かった。
但し日本の空港では、また一頻り質問責めにあったのだが・・・。




