坂道
坂道
「さて、今日は移動突きをやっど」熊さんが二人に言った。
「えっ、でもこの前もやったよ?」一郎が言った。
「じゃっどん、こん前ん時ゃ道場の中でやったろうが」
「うん」
「それば、今日は坂道でやっとたい」
熊さんは、道場の前の坂道に二人を連れて行って、坂の上に立たせた。
「そこで、順突きの姿勢ば取ってみんね」
二人は坂の下に向かって、順突きの姿勢を取った。
「こう?」洋助が訊いた。
「そげんでよか。そん姿勢のまんま、前膝の力ばゆっくり抜いて行かんね」
二人はゆっくりと膝の力を抜く。
「どげんね?躰が前に引張られっごたろうが?」
「ほんとだ、引っ張られる!」一郎が言った。
「その力ば感じたまま順突きばやってみんね」
二人は一歩前進しながら架空の敵を突いた。
「もそっと力ば抜いて、自然に落ちるごつやったらよか」
「こうですか?」洋助が熊さんに訊きながら突く。
「そげんたい」
二人は突きながら、ゆっくりと坂の下まで降りて行った。
「もう一回じゃ!」熊さんが二人に命じた。
「はい!」二人は坂道を駆け登る。
「足ん止まってから突いても意味んなかぞ。前足の止まった時は突きの決まった時たい!」坂の下から熊さんが叫ぶ。
「わかりました!」二人は坂の上から答えた。
何度かこれを繰り返してから、熊さんが言った。
「今度は、下から上に向かってやってみんね」
「はい!」二人は坂の上に向かって移動突きを始めた。
「さっきの感覚ば思い出すんじゃ。下るように上れ!」
「先生、難しか〜!」一郎が熊さんの真似をして言った。
「ははは、当たり前たい。これが出来たら一人前じゃ!」
「なんか変だよ?膝を抜いたら上に引っ張られるような気がする・・・」洋助が言った。
「それたい、その感覚ば大切にすっと良か!」
二人は必死にその感覚を感じ取ろうとする。あっという間に時間が過ぎた。
「よか、今日はここまでにしとこ」熊さんが言った。「ちょっと小屋に寄らんね。井戸でスイカば冷やしとるけん」
「わ〜い!やった〜!」二人は我先に、熊さんの小屋に走って行った。
「人間は腹ん減りゃ、ほっといたってなんか喰うたい・・・」熊さんは小さく呟いた。