洋助の憂鬱
洋助の憂鬱
今日も、洋助は農業高校の牛舎の囲いに顎を乗せて牛を見ている。
昨日の晩御飯は大好物のすき焼きだったのだけれど、洋助は食べなかった。
お父さんとお母さんは驚いて、熱を計ったり薬を飲ませたり、右往左往して大変だったのだが、洋助は体の具合が悪いのでは無い。
動物を殺して食べるという事が、どういうことか分からなくなったのだ。
否、もともと分からなかった事に気付いたと言った方が正確だろう。
お父さんに相談したら、「そんな事は子供が考えなくていい」と言われた。
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「洋、また来たのか?」桑水流が後ろから声をかける。
「うん・・・」洋助は牛を見ながら上の空で返事をした。
「牛がそんなに可哀想か?」
「よく分からない・・・」
「世界には、牛はダメだが豚は喰ってもいい、という宗教やそのまた逆の宗教もある。西洋には家畜は神様が人間のために創ったんだという教えもあるな」洋助と並んで牛を見ながら桑水流が言った。
「人間って勝手だな・・・」洋助がポツリと言った。
「野菜しか食べない人間もいるけど、植物だって生きているものな」
「でも、何か食べなきゃ死んじゃうでしょ?」
「そうだな、死んじゃうな。全生命が食べる事をやめたら地球から生き物はいなくなる」
「だよね・・・」
「動物はそんなこと考えないだろ?人間だけだよ、色々理屈を捏ねるのは」
「でも、生き物を虐めるのは良いことと思えない」
「その通りだよ。でも、洋も腹が減ったらそのうち何か食べるだろう?」
「うん・・・」
「その時に、その後ろめたさを忘れない事だ」
「後ろめたさ・・・?」
「自分は、生き物を虐めているという事だ」
「忘れたらどうなるの?」
「必要以上に、味や量を求めてしまう。それは人として下品な事だと俺は思うな」
「ふ〜ん・・・」
「人間は、自分に見合っただけの物で満足すべきだ。それで必要十分条件は満たせるだろう?」
「必要・・十分・・・。ちょっと難しいです」
「ははは、いずれ分かるさ。俺は行列してまで美味いものを喰おうとは思わない」
「・・・」
洋助は桑水流を見詰めて言った。「また来ていい?」
「ああ、いつでもお出で」
「ありがとう!」洋助は桑水流に手を振って帰って行った。
「俺にもあったな。ああいう時期が・・・」洋助の後姿を見送りながら、桑水流はそう思った。