無刀
無刀
平助が、真剣を上段に構えて目の前に立っている。
熊さんは腰を落として刀を半抜きにした。
鍔が額の前、鯉口を切った左手は鳩尾の前にある。平助の刀が少しでも動いたら、すぐに抜刀出来る態勢だ。
平助の刀が動いた。同時に、熊さんは浮身をかけ左手鞘を送る。
刀は鞘走り、平助の躰を下から逆袈裟に掬い上げた。
「それでは、間に合わぬ」平助の剣は、既に熊さんの額に到達し、紙一重のところでピタリと止まっている。
熊さんの剣は技の途中で止まっていた。
「何処が悪かとでっしょうか?」
「まだ、右手が先に動いておる。それでは鞘の送りが消えん」
「じゃっどん、斬ろうちすっと右手が先に動いてしまいもす」
「足を踏ん張る事で、斬撃力を得ようとするからじゃ。足が決まった時には全てが終わっておらねばならん」
「どげんしたらよかとじゃろうか?」
「刀を、大型の手裏剣と思うのじゃ。”斬る”のではなく”飛ばす”のじゃな」
「飛ばす?」
「そう、右腕で鞘なりにふっと太刀を返して出すだけで良い。右手は特に何もせん」
「そういや、手裏剣の師匠が言うておいやした・・・」
「なんと?」
「小鳥が掌から逃げるように、剣を離すのじゃと」
「そうじゃ、手の内はどちらも同じじゃよ」
「う〜ん、おいはまだ、武術ば武器によって区別しておったごたっです」
「最後は武器を捨てて無刀になる。それで空手と言うのじゃ、ハハハハハ」
平助は本気とも冗談ともつかぬ事を言った。
「師匠、洒落ば言うたおつもりですな?笑っておいやすが、そりゃ意味深な言葉ですたい」
「いや、すまんすまん。だが、素手の武術と武器術は、相互に補い合って完成するのじゃ。どれか一つに特化すると狭くなるぞ」
「わかいもした。こいからは柔術や空手に身ば入れて稽古ば致しもそ」
「それが良かろう。どれ、もう一度やってみるか?」
「お願い致しもす」
熊さんは、再び刀を半抜きにした。