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第1編「エスパーではありません、声に出ていますよ」

「結婚してください……」

「……はい?」

「……、……あっ!?」



 どうしてこんな事になってしまったのか? 彼女はいったん落ち着いて一日の行動を振り返る。



(おおっ、お、おちゅいつて……!!)



 ……そう、落ち着いて。





 彼女――小日向恋幸こひなたこゆきは、とくべつ有名というわけではないがそこそこ売れている“はず”の、いわゆる中の中ポジションに収まっている小説家。

 得意ジャンルは恋愛、苦手ジャンルはホラー。処女作であり代表作品の『未来まで愛して、旦那様!』は現在3巻まで絶賛発売中だ。


 そんな彼女は、今日も原稿作業……とは建前で、迫りくる締め切りから現実逃避をするために行きつけの『モチダ珈琲』という喫茶店へやって来たのである。



「いらっしゃいま……あら、小日向ちゃん!」

「店長さん、こんにちは。お疲れ様です!」

「こんにちは。禁煙席で良かったわよね?」

「はい!」

「好きな席にどうぞ。お冷とおしぼり持ってくるわね」

「お願いします!」



 半年間、週5ペースで通っているうちに店長をはじめとした従業員にはしっかりと顔を覚えられ、今ではオーダー時に「いつもの!」と言うだけでメロンソーダが出てくるようになった。

 ベタな状況・設定に謎の憧れを持つ恋幸は、たったそれだけで「ふふん、偉い人になった気分!」と心の中で得意気になる。



「今日もお仕事?」

「はい!」

「新刊、楽しみにしてるわ。頑張ってね」

「ありがとうございます、頑張ります!」

「ふふ、ごゆっくり」

「ゆっくりしまくります!」



 恋幸はカウンター席に着き店員と手を振って別れたあと、トートバッグからノートパソコンを取り出しテーブルに置いて電源を入れた。

 おしぼりで手を拭いてから執筆ツールを開き画面を眺めるものの、行き詰まった今の場面を打開できそうな名案が彼女の頭にふわりと降ってくるわけではない。



(うーん、うーん……)



 開きっぱなしのページを無意味に何度も上下にスクロールしながら、恋幸は立てかけてあるメニューへ目を走らせる。



(……! ショコラケーキだ!)



 すると、あら不思議。暇を持て余していた彼女の左手が勝手に呼び出しボタンをぽちっとな。

 ピッ! ピンポーン!



「失礼します、お伺いします」

「えっと、この…『ほのかなブランデー香る濃厚クリーム入りショコラケーキ』を1つ、追加でお願いします!」

「ショコラケーキが追加でお1つですね、少々お待ちください」

「はい……」



 たいがい、商品名は従業員に対してフルで読み上げる必要がないものだ。






 クリームソーダおいしい、ショコラケーキあまい。窓の外でたわむれるセグロセキレイかわいい。

 今の恋幸の脳内にあるのは、そんな語彙力の低下した考えのみであった。なぜなら、



(続き、何も浮かばない……)



 あらかじめプロットを組んでいるためストーリー展開で悩むことはないのだが、浮かんでいる場面までの空白を埋めるのが難しいのである。


 そうこうしている間に時刻は正午を迎えており、恋幸は進まない原稿に焦燥感(しょうそうかん)を覚えつつも『腹が減っては戦ができぬ』と自身に言い聞かせ、お昼ご飯用のハッシュドビーフを追加注文。



「いらっしゃいませー! こちらにお名前を書いてお待ちください……!」

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

「申し訳ありません……! 順番にご案内しますのでおかけになってお待ちください!」



 いまさらではあるが、どうにも先ほどから店内が騒がしい。

 絶え間なく鳴り響いている呼び出し音が気になった恋幸は、椅子に座ったまま体勢を変えてホールに目をやる。すると、待合スペースはいつの間にか大勢の客で賑わっていた。


 大声ではしゃぐ幼児、イライラした様子で何度も腕時計を確認する中年男性、楽しげに会話を交わすご婦人方……軽く数えただけで10人はいるだろうか。



(ハッ……!? そっか、お昼休みのランチブーストタイム……!!)



 改めて客席を見渡すと、カウンター席以外はすっかり埋まってしまっている。

 作業がはかどっているわけでもないのだから、ここは一度店を出よう。そう考えた恋幸がふうと息を吐いてノートパソコンを閉じた――……その時だった。



「お待たせしました、こちらの席にどうぞ。ご注文お決まりでしたらお伺いします」

「ありがとうございます。ブレンドコーヒーを1つ、お願いします」



 さざ波のように穏やかで低く落ち着いた声が彼女の鼓膜を優しく揺らし、ふわりと鼻をかすめた甘い香りが強く印象に残る。

 恋幸はつい動きを止めてしまっていたのだが、隣から聞こえた椅子を引く音で我に返り、勢い良くそちらに目をやった。



「――!!」



 それが全ての始まりであり、同時に終わりでもある。



「ブレンドコーヒーですね、かしこまりました。少々お待ちください」

「はい」

(な……なな、なんっ……な……っ!!)



 ナンの話しかできなくなった恋幸の目は、右隣の人物に釘付けであった。



「……? あの、何か御用ですか?」



 眼鏡のふちを長い指でくいと持ち上げながら(いぶか)しげに恋幸を見る男性の瞳は、アクアマリンで作られているのだろうかと錯覚するほど美しい空色。

 いわゆる『イケメン』に部類される整った顔立ちに加えて黒髪が白い肌に映えており、薄い唇が開かれると先ほど耳にした心地よい低音が言葉を紡ぎ落す……のだが、肝心の内容は全て恋幸に届くことなく右から左へ流れていく。


 なぜなら彼女は今、雷に打たれたような衝撃を受けているからだ。



(あっ、あ……ま、間違いない……っ! 彼は、)



 その理由は語ると少しだけ長くな



「け……」

「……? け?」

「結婚してください……」

「……はい?」

「……、……あっ!?」



 ……そして冒頭へ戻る。

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