第39話
『一緒に暮らそう』
思わず、そう口にしていた。
思いつきでも出任せでも、ましてや冗談でもない。
いつかは、と漠然と考えていた願望だが、まだ先のことだと思っていた。
しかし。
總子の携帯を鳴らしていたのは、間違いない、後藤だ。
一体、いつどこで、二人は知り合ったのだろう。
携帯で連絡し合うほどに―?
後藤の意図は分かっている。あれが動くのは父の指示の下でだけだ。使用人から總子の存在を聞いて、後藤に探りを入れさせているのだろう。
しかし不可解なのは總子の態度だ。
なぜ、自分に話さない?
父にしろ後藤にしろ、ジュール絡みだ。会ったことを話そうとすらしないのはなぜなのだ。
言い出しづらかった、タイミングを逃したなど理由はなくはない。だから聞いた。『隠し事はないか』と。
しかし、總子は話さなかった。
後藤と会ったことを。連絡先まで知っていることを。
それをきっかけに、ジュールは沼を覗き込んでしまった。
今回は後藤だから、番号で分かった。相手の意図も。
しかし後藤以外なら―?
自分の知らない總子の生活があるという当たり前の事実に、ジュールは震えた。總子の全てを知っていて、彼女は自分のものだと思い込んでいたがそうではないこと、そもそも知り合って2か月にも満たないことに。
そして不安が、ジュールに唐突な言動を取らせた。
『一緒に暮らそう』
気が付いたら、そう口にしていた。しかし言ってみて、それが一番の解決策のように思えたら、撤回する気はなくなっていた。
「一緒に、って…。ジュールまだ高校生じゃない。ダメだよ」
「金のこと言ってるの?」
「違う!未成年なんだから、そういうのは保護者に相談しないと…」
總子を離して、自嘲的に笑った。
「保護者って、あれのことかよ」
鼻で笑いながら『あれ』と言ったのは、無論父親のことだろう。
「ずっと放置だぜ。俺がどこで何してようが、今更文句言われる筋合いねーよ」
それに、と続けた。
「あてはあるんだ、仕事も、部屋も。そうだ、明日一緒に行く?」
「行く、って…」
「二人で住む場所とバイトを世話してくれそうな人に会いに。總子のことも紹介したいし」
一人でどんどん話を進めようとするジュールについていけず、總子は慌てて止めた。
「ま、待って待って。そんな大事なこと、すぐに決められない」
「どうして?」
「だって、さっきも言ったけど保護者の許可の件もあるし…」
あくまで父の存在を無視して先へ進もうとするジュールに多少の恐怖を感じながら、ジュールが反発するだろうと分かっていながらあえて繰り返した。
ここでジュールに流されたら、後藤の言う通り更に二人の関係は悪化するだけだ。自分という味方を得て、より父から距離を置こうとするに決まっている。
「私だって、実家を出ることになるなら色々考えないといけないし。とにかく明日、っていうのは…」
「嫌なの?」
「え?」
「俺と一緒に住むの」
極論へ飛躍したジュールに、總子は返事も出来なかった。
「どうしてそうなるの…」
嫌なわけがない。一緒に住めば、四六時中そばに居られる。大好きなジュールを本当に独占出来ることが嬉しくないはずはない。離れているときの不安や淋しさを思い出し、そこから解放される安堵感。それほどに自分はジュールを求めているのに、彼には伝わっていないのか。
「嫌なわけないじゃない。でもそれでも…」
「それでも?」
「社会には、守らなきゃいけないルールがあるのよ」
そうだ。高校生のジュールはまだ実感できないかもしれないが、法律のような確固たるものではなくても、世の中には無視してはいけない決まりごとが無数にある。その一つが『未成年者と保護者の関係』だ。
「だから…」
保護者の許可はもちろん、ジュールの卒業を待つなどの必要もあるかもしれない。それを説明しようとしたが。
「俺は、そんなものより二人を守りたい」
思いの外冷静なジュールの声が、總子の思考を止めた。
「總子が言おうとしていることは分かる。あれがどんな奴でも親だし、俺が未成年なのも事実だ。でも今は…俺たちは一緒にいなければいけないと思う」
一緒にいなければいけない―。
「うん。俺たちのために」
總子は崩れた。もう、ジュールの熱に逆らうことなど出来なかった。
それは、總子自身が心の底で常に願っていたものと同じだったから。