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幻を抱きしめたい  作者: 兎舞
第一部
37/43

第37話

(遅いな…)

 待ち合わせの時間に駅で總子を待っているジュールだが、いつも總子が乗ってくる電車が到着しても改札から出てくる人波に總子はいない。

 携帯を取り出すがメッセージや着信もない。電車が遅延している情報もない。

 急に不安になり、總子に電話しようとしたところで、当の總子から着信があった。


「もしもしっ?!」

『あ、ごめん、私』

「どうしたの?何かあった?」

『…ううん、あのね、途中でたまたま知り合いに会っちゃって、電車乗り遅れちゃって…。連絡遅くなってごめんね。次の電車乗るから、あと少し待ってて』

 事故や怪我まで想像していたジュールは總子の理由を聞いて胸を撫でおろした。

「いいよ、気にしないで。待ってるから、慌てなくていいよ」

『ありがとう。じゃあ、電車来たから』


 そこで電話を切った。気が抜けて、ジュールはバス停のベンチへ腰を下ろした。

(何もなくて良かった…)

 ホッとしたら、頭が冷静になり、さっきの總子とのやり取りを反芻したら、少し気になることが出てきた。

(知り合いに会ったからって、約束に遅れるなんて總子らしくないな。先に連絡くれるか、約束があるからって言ってくれそうなのに)

 自分への連絡を後回しにするくらい大事な相手だったのか。

 ふとそんな仮定が過り、一瞬ジュールの目の前が暗くなる。見知らぬ誰かに胃を鷲掴みにされたような痛みが走る。

(まさか、そんな…)

 根拠もないのに總子を疑った自分が情けなくて、浮かんだ思考から逃れるように一旦駅前から離れ、總子のためにプリンを買いに行った。


◇◆◇


『ジュール様のために』

 そう告げたときの總子の瞳の揺れを思い出し、一人カフェに残った後藤は満足げにコーヒーをすする。

 案の定だ。あの手の女は金や自分の損得よりも、相手の利益を優先する。

 何を指して『ため』だと理解したのだろうか。いや、分かっていないながら、ジュールのためになることならと気持ちが動かされたのだろう。

 時間はかかるだろうが、何よりジュールに気づかれないようにするためには、總子自身に不信感を抱かせないことが重要だ。

 せっかくの休日を数分でも潰されたことは癪に障るが、それを上回る手ごたえを感じ、更に次の手に向けて、後藤は準備を進めようとしていた。


◇◆◇


 待つこと十数分、總子が改札から出てきた。ジュールは姿を見、思わず駆け寄った。

「ごめんね、待たせて」

 謝る總子の手には、カフェの紙袋があった。

「それは?」

「うん、乗り換え駅にお店があるの思い出して、朝食用にベーグル買ってきた。ジュール好きでしょ?」

「もしかして…」

「ごめん、そのお店で知り合いに会っちゃって…」

 自分のための行動の結果のハプニングだったと知り、ジュールはさっきまでの空想を恥じた。自分以外の()と会っていたのか、その穴に落ち込みそうだったから。


 總子もジュールの手にある箱に気づく。

「あ、その箱…」

「うん、總子の大好物!先週のご機嫌取ろうと思って」

 恥ずかしそうに詫びるジュールに、總子はジュールへの愛しさが増していくのを感じる。

 と同時に、後藤の

『ジュールのため』

 と言った言葉が蘇った。


 ジュールのため、自分は何が出来るのだろう。

 まったく予想はつかないが、總子が何か役に立つと思って声を掛けてきたのなら、力になるのは吝かではない。先日渡された後藤の名刺はまだ持っている。捨てなくて良かった。


 お互い荷物を持っていないほうの手をしっかりと繋いで、マンションへの道を歩き始めた。


 

 

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