第35話
後藤の許に定期便となった報告書が届いた。ジュールと總子に関する報告書だ。
会議の合間に目を通す。
・牧總子からジュール様へ先日の一件が伝わった様子は無し。
・しかし週末のマンションでの逢瀬は続いている。
・朝の通勤時の電車の乗り合いも続いている。
・二人の関係性に特段の変化は見られない。
飲みかけのコーヒーカップを戻し、後藤は暫し瞑目する。失神するほどのショックを与えたのだからとうに距離を開けているかと思ったが、甘かったか。
小田切は仕事の遅緩を嫌う。自分が重用されているのも、あの事だけが理由ではない。仕事の速さと精度を評価されてのことだと分かっている。
次の手を打つために、自分のスケジュールを確認した。
◇◆◇
「おはよう」
總子は出勤し、隣の席の奈々に声を掛けた。が、振り返った奈々は總子を見、ぎょっとして声を上げた。
「ちょっ…、總子!ちょっとこっち来て!」
「え?」
「いいから!」
何故か自分の化粧ポーチを掴んで、總子をトイレまで引っ張って行った。
「總子!それどうしたの!っていうか見ればわかるわ、どうして隠さない!」
「え?」
指をさされた場所を鏡で見た。そして、さっきの奈々と同じ反応をした。
「うそ!何これ?!」
「何これ、じゃないわ!どう見てもキスマークじゃん。あんたそれ、そのまま出勤したの?」
「…全然気づかなかった」
「もう老眼?」
「っ、じゃなくて…、考え事が山ほどあって。でも朝は途中からジュールが一緒だからそっちにも気を取られて…」
「ほー、マーク付けた本人は当然気づいてるわな。で、あんたに何も言わなかったのね。ほー、ほー」
漫画みたいに目を細めた呆れ顔で、奈々は總子を見据える。總子は身の置き所がない。
「教えてくれてありがと…」
「全くだわ。まだ誰も来てなくて良かった…」
ため息をつきながら奈々は自分が巻いていたスカーフを外す。コンシーラーとファンデーションで色を隠し、上からスカーフを巻いてくれた。
「間に合わせだから服と少し合ってないけど我慢してね」
「ううん、ありがと。クリーニングして返すね」
「バカね。新しいの買って返してよ。今日助けてあげたお礼も上乗せして」
「はい、そうします…」
おしゃれな奈々が納得する品物となると値が張るだろうが仕方がない。
しかし…。
「情熱的な週末をお過ごしだったようでー」
ついでにトイレも済ませた奈々が手を洗いながら揶揄ってくる。
「そんなんじゃ…」
土曜日を思い出し、気持ちが塞ぐ。表情に暗い影を落とした總子を見て、奈々は何かを察してくれた。
「じゃ、またランチ女子会しますか?もちろんランチもあんたのおごり」
奈々なら冷静に聞いてくれるかもしれない。藁をもすがる思いで頷いた。
「よし、内容によってはデザートもたかるからね!」
今はそんな奈々のギブ・アンド・テイクが嬉しい。暗い気分で迎えた月曜だったが、昼休みのことを考えるとほんの少しだけ気持ちが上向いた。
一方、奈々は。
(あんな目立つ場所に。分かってつけてるよね、今までそんなことなかったのに…。高校生って聞いてるけど、意外と厄介な子…?)
總子の恋愛に、奈々も黄色信号を感じ取っていた。