第34話
マンション前でタクシーを降り、そのままジュールは總子を引っ張って部屋へ向かう。
ずっと握られ続けて、總子の左手は痺れて感覚がない。しかし腕を引いても決してジュールは手を離すことも、力を緩めることも無かった。
そうして部屋に着いた。
中に入っても、ジュールは總子を離さなかった。そのまま自室へ引っ張っていき、怯える總子を押し倒し、言葉も交わさず強引に抱いた。
總子は必死に抗ったが、恐怖と、そして喜びで、本気で拒否することはなく、しかしジュールの目を見ることは出来なかった。
ジュールが入ってきたときも。いつもならこの上ない悦びが總子を貫くのに、ただただ悲しかった。淋しかった。一つになっているはずなのに、一人でどこかに閉じ込められているようだった。
總子は気づいていなかったが、始終涙が止まらなかった。
◇◆◇
決して自分を見ようとせず、静かに涙を流し続ける總子を、ジュールもまたどうしようもない孤独な思いで見つめていた。
何故こうなったのか。どうして總子はこちらを見ないのか。
自分が悪いのか。確かに強引に抱いたのは自分が悪い。責められても仕方がない。
ただ、ジュールとて好きで乱暴したわけではない。大好きな總子を恐怖のどん底へ突き落すような行為をした自分を殴りつけたい。
でも。
じゃあ、どうして?
疑問がずっとジュールの中を駆け巡る。
總子の態度は明らかに今までと違っていた。
總子を決して失いたくないというジュールの想いが、些細な違和感を増大させた。そしてこの有様だった。
自分が手を伸ばしても、總子は逃げない。抗いもしない。しかしそれは少し前の従順さとは違う、心のない“服従”のように感じる。
「總子」
肌をぴったりと合わせるように、しっかりと抱きしめ、總子の耳元で名を呼んだ。
「總子。ごめん」
力なく、總子は首を振る。ごめん、というジュールの気持ちを受け入れたのだろうか。しかし言葉を返してくれる気配はない。ジュールは続ける。
「怖かったんだ…」
思いがけない言葉に、總子は部屋に入って初めてジュールの目を見た。
「總子が、離れていきそうで…。ただ外で会おうって言われただけなのに、今までの總子とは別人みたいに見えて。俺から…離れていくような気がして」
總子は息を飲んだ。總子自身の意思ではないが、距離を取らなくてはいけないと思い続けていたのは事実だ。休日の過ごし方を少し変えようとしただけで、ジュールはそれに気が付いていたのか。
やっと自分を見た總子に、ジュールは優しく深く強く、口づけた。
總子に自分の想いのすべてを注ぎ込むように。總子の中に芽生えたかもしれないジュールとの距離を押し流すように。
どんどん深く強くなるキスに、總子は身も心も苦しくなった。求められる悦びと、ジュールへの愛しさで。気が付けばジュールの首をかき抱いていた。そうした總子の反応が、ジュールに再び火を付けた。
◇◆◇
結局、いつもと同じように日曜の昼まで總子とジュールは二人で過ごした。
土曜日の出来事は、まるでなかったかのように。二人で買い物に行き、總子が料理し、一緒に食べて、片付けはジュールも手伝った。夕方には駅まで歩いて總子を送っていった。
しかし、起きたことを完全に無かったことには出来ない。
二人の心には、今までは無かった影が、しっかりと浮かび上がり始めていた。
そしてそれは、薄れることも弱まることも無かった。二人の歩みよりさらに早い速度で、領域を広げていくのだった。