第33話
土曜日。珍しくジュールの家の近くでも赤坂駅でもないところで二人は待ち合わせた。
總子が『見たい映画がある』とのことなので、そのまま映画館へ向かう。
どんな映画なのか總子が説明するのを聞きながら、ジュールは先日来の微かな違和感を観察していた。
(いつも通りだよな)
(朝の電車でも、同じ時間にいるし)
(電話やメッセージも同じように返事がある)
(帰りの時間が遅くなってる感じもしないし)
たまには外で、と總子が提案したのは、本当に今日の映画が見たかったから、そして気分転換したいと思ったからかもしれない。自分の考えすぎか…。
明るい陽の下で目の前に總子がいる状況では、そう冷静に結論付けることが出来て、ジュールはホッとした。そして恥ずかしがる總子の手を握り、目的地へと向かった。
◇◆◇
映画館を出て、感想を言い合いながらまた街を歩き始めた。
「面白かった!あれ、続編作ってほしいね」
「そうだね、主人公死んでないから、もしかしたら出来るかもね」
「そしたらまた一緒に見に来ようね」
楽しそうなジュールの言葉に、總子は目を細めた。
「…そうだね。来れたら、いいね」
ハリウッド映画の続編なんて、どんなに早くても数年後だ。純粋に映画を見たいという気持ち以外に、その頃自分とジュールはどうなっているのかと考えると、どうしても總子には明るい未来を想像することが出来ない。
この映画の続編が公開される時、ジュールの隣にはきっと自分はいない。自分の知らない、どこかの可愛い女性がジュールと手を繋いで、こうして休日に二人で見に来るのだろう。
そしてジュールは『前作も見に来たんだよ、その時の彼女と…』と話す、かもしれない。總子を過去の存在として。
そして總子は。その時、どこで何をしているのだろう。
きっと自分は―。
「總子!」
パン!と目の前で手を鳴らされ、ハッとしてジュールを見た。
「やっぱりおかしいよ、今日。ううん、少し前から。何かあった?」
「…べ、別に。何もないけど…」
「嘘だ」
ジュールの目が笑っていない。こんなに真剣な、怒っているような顔は初めて見て、總子は怯んだ。
「今日を外で過ごそうって總子が言い出した時から違和感があった。急になんでそんなこと言ったの?」
「それは…映画を見たくて」
「だったら映画を見に行こうっていうよね。違った。外で会うことが優先、俺ん家には来たくないみたいな感じだった」
ジュールも不安が的中したような恐怖に煽られ、都心の往来だということも忘れて總子を掴んで離さない。少しずつ衆目が集まってきたことに總子は気づいた。
「ジュール…とりあえず、どこか行かない?話が出来るところに…」
「分かった」
まだ怒ったような気配が消えない。自分が怒らせたと思うと、それも更に總子の心を暗く重くする。
どこか、と言っただけだが、どこへ行くとも言わないままジュールは總子の手を引いて歩き続ける。途中でタクシーを拾い、自分のマンションの住所を告げた。
タクシーの中でも、ジュールは總子の手を離さないまま、しかし一度も總子を見ることも無く、二人が無言のまま、車は走り続けた。