第31話
總子の自宅前まで着いた。礼を言って降りようとすると、後藤が再び声を掛けてきた。
「ジュール様とのこと、今一度お考え直しください」
固まる總子を置いて、車はあっという間に夜の街に消えた。
車の中で辛うじて落ち着かせた心が、また波立ち始めた。
◇◆◇
自宅へ戻り部屋へ入ると、既に日付が変わっていた。バッグからスマホを出すと、ジュールから山のようにメッセージと着信が入っている。
昨日だったら…、心配を掛けて申し訳ないと思いつつも、嬉しい気持ちもあったのだが。
いや、今だって嬉しい。嬉しいが、手放しで喜べる心境ではなくなっていた。恋人からの連絡や気遣いを真正面から受け止め、返すことが出来ない息苦しさに、總子は耐えられそうになかった。
(どうしたらいいの…)
やはり自分はジュールには相応しくなかったのだ、と振り返る反面、もうどうしてもジュールを手放すなんて出来なくなっていることにも気づく。もし今ジュールと別れたら、自分には何も残らない。そう確信出来る位、總子にとってジュールは生活の人生のすべてになってしまっていた。
折り返しの電話も掛けることが出来ず、ただスマホを握ってへたり込んでいたら、スマホが鳴った。ビクっとして画面を見たらやはりジュールだった。
震える指で応答する。
「もしもし…」
『總子?!ああ、良かった…。全然出ないし返事ないし…。遅い時間にごめん、どうしても心配で寝られなくて…』
いつもと同じジュールの声。もう少年ではない、大人の男のそれと同じ深みを持つようになった声が、耳から總子の全身に染みわたり、先ほどまでの緊張を解きほぐす。力が抜けた總子は、気が付けば涙を流していた。
「ごめん、ね。仕事の、あと…友達と飲んで、そ、れで…、酔っぱらっちゃって…、貧血、起こしちゃって…」
『え?そうなの?まさか倒れたとか?』
「お店、で…少し、横になって…」
『じゃあまだ外なの?』
「ううん…、さっき帰ってきたところだから、大丈夫」
『そっか…、なら良かった。ごめん、体調悪いのに鬼電して』
「いいの!いいの…、ジュールの声が聞きたかったから…」
それは本音のような、ジュールのために言っているような、總子も自分で不思議に思う言葉だったが、考える前に口から出ていた。
(本当なら今すぐ会いたい…。抱きしめて欲しい)
スマホがまるでジュールであるかのように両手で握って次の声を待つ。まるで一本しかない命綱に縋るかのように。
『どうしたの、總子。辛い?』
「ううん、もう…大丈夫」
『…總子。俺には嘘つかないでね。ううん、嘘っていうか…気を使わないで欲しい。思ったこと何でも言って?全部希望通りに出来るかっていうと…自信ないけどさ』
照れ隠しのように最後は笑いながら言った。しかし今のジュールの言葉が両刃の剣となって總子を貫く。
(ありがとう…ありがとうジュール…)
電話口のジュールに気づかれないよう、精いっぱい我慢して護摩化したが、總子は涙を止めることは出来なかった。