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幻を抱きしめたい  作者: 兎舞
第一部
3/43

第3話

「ふう…」

 結局30分遅れで会社に着いた。前もって上司に事情は伝えていたので「災難だったな」と労わられて、すぐ業務に就くことが出来た。


「おはよう。牧さんが遅刻なんて珍しいね」

 隣のデスクの橋本奈々が挨拶してきてくれて、總子も返事した。

「おはよう。遅れてごめんね。すぐやるから」

 PCの電源を入れて、起動するまでの間に今日処理する書類を用意する。

「大丈夫だよ、もう締め日過ぎたし、そんなに慌てなくても」

 奈々の笑顔に笑顔で返しながら、遅刻の理由について細かく突っ込まれなくて良かったと、總子は安堵する。


 コーヒーを淹れ、メールを確認し、今日やるべきことをチェックすると、気持ちを切り替えて仕事に取り掛かった。


 午前の業務を終え、一息ついたところで、朝の一件を思い出した。

(助けてもらったのはありがたいけど…ちょっと面倒なことになりそうだなぁ)

 学校へ行く、と言っていた。おそらく高校生だろう。

 勇気も行動力も總子よりある。男の子だから体も大きいし、力も強いのだろう。

 でも、高校生は子供だ。

 全てがそうとは限らないが、總子に対してあのような行為をしてくる相手はほぼ大人の男だ。高校生より力も知恵もあるしきっと狡賢い。總子を守るという大義名分はあっても、相手が女子供というだけで力でねじ伏せようとする輩は腐るほどいる。

 

 彼をトラブルに巻き込むことになる。

 恩人に対して、そして大人として、それは絶対にしてはいけないことだ。


(もし明日本当に車内にいたら、お礼を言ってちゃんと断ろう)

 

 朝のゴタゴタに決着がついたような気がして、すっきりした気分で奈々と一緒にランチに出た。


◇◆◇


「うぉーい、ジュール、遅刻かよー」

 あれから走って学校まで来たが、やはり遅刻になってしまった。

 ジュール―朝、總子を遅刻から守った少年―は、教室に駆け込んで、汗をぬぐいながら軽口をたたいてきた相手を小突いて席に座る。

「こういうのなんだっけ、社長出勤?」

「重役出勤だ。お前も座れ、工藤」

 担任からのツッコミにクラス中が笑い、その流れでHRが再開した。


(あの人、きっとOLさんだよな。会社も遅刻しちゃったかな。悪いことしたな…)


 大人の(ひと)の年齢はわからない。でもあの時間にカバンもってちゃんとした服着て電車に乗っているなら、きっと会社員だろう。


 ジュールは日本に来て数年経つが、目の前であんな光景を見たのは初めてだった。

 おそらく他人だろうおっさんが、横にいる女性の尻を撫でまわしていたのだ。

 びっくりして最初は声も出なかった。

 でも女性のほうがおっさんを避けるような身動きを繰り返したので、迷惑行為なのだと分った。

 その途端、猛烈な怒りがわいてきて、気が付いたら怒鳴って、おっさんの腕をひねりあげていた。そのまま警察に突き出したが、ずっと目の前が怒りで真っ赤だった。


(確かにむかついたけど、女の人知らない人なのに、なんで俺あんなに腹立ててたんだろう)


 ジュールは外国生まれ外国育ちで、多少日本人特有の感覚とはずれているところはあるが、それほど正義感の強いほうではない。どちらかというと「自分の身に何かあったら、それはその人の責任」と考える、個人主義の国で育った。


(でもあの人、ほっといちゃいけない感じがしたんだよな)


 標準的な日本人女性だと思う。ジュールより10センチくらい背が低く、細身で、ファッションも街でよく見かけるテイストだ。

 しかしなぜか、目が離せなかった。

 頑張って自分で対処しようとしている姿が、とても《《無理をしている》》ように見えたのだ。

 全てが終わって駅員室から出た後も、まるで今回のアクシデントはすべて自分が悪いとでもいうように謝罪を繰り返していた。


(被害者なのに…日本人てみんなああなのかな)


 つい勢いで「俺が守る」的なことを言ってしまった。

 思い返すと少し恥ずかしいが、終わらせたくないと感じる何かが、ジュールの気持ちを引っ張り続けていた。


 



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