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幻を抱きしめたい  作者: 兎舞
第一部
28/43

第28話

 小田切和彦の許に、一通の報告書が届いた。差出人は『フィーデス探偵事務所』。後藤に指示したジュールの相手の調査結果だ。

 数日前に届いていたが、多忙で開封できずにいた。

 内容は以下の通り。


・相手は牧總子。28歳。国府商事勤務。埼玉県に両親と在住。

・特定の交際相手なし。独身。

・ジュールとは通勤電車で乗り合わせ、牧總子が痴漢被害に遭っているところをジュールが助けて知り合う

・今も通勤では途中駅からジュールの待ち合わせて乗っている

・毎週土曜日にはマンションで会い、一泊している。肉体関係あり。


 ざっと目を通す。一分もかからなかった。本人もそのバックグラウンドにも注目に値するものはない、小田切はそう判断した。

 しかし、問題はジュールだ。

 調査員の所感には、どうやらジュールのほうが強く想いを寄せているらしいことが伺われる。


(どうしたものか…)


 無論、別れさせる。小田切の中に他に選択肢はない。

 しかしジュールの性格を考えると、下手な手を打てばどんな返し手をするか分からない。父子とはいえこれだけ放置していればジュールの取る手段を明確に想定することは難しい。

 資料につけられた總子の写真を一瞥する。経歴と同じく何の特徴もない普通の女だ。


(女のほうに手を回すか)


 手近に置いていた携帯電話を取り、後藤を呼び出した。


◇◆◇


 土曜日は、總子と二人でジュールの家で過ごすことが定番になっていた。

 前日に電話でジュールが食べたいものを聞く。朝は駅まで總子を迎えに行き、マンションに帰る途中にあるスーパーで昼と夜の食材を買って行く。

 ジュールは料理などしたことがないので、總子に指示されるまま野菜を洗ったり皿を出したりして、後はじっと待っている。總子がエプロンを付けてあれこれ手を動かしている様子を見ているだけで楽しい。


「皿、これだとデカすぎない?」

「小さなお皿に盛ると、見栄えが悪いのよ。せっかく素敵な食器たくさんあるから、と思ったんだけど、ダメ?」

「ううん、どれ使ってもいいよ。ていうか、總子が作った料理なら鍋のままでも美味しいよ」

「アハハ、そういう料理もあるけどね。でも、ありがと」


 具だくさんのちらし寿司に、お吸い物。育ち盛りのジュールに合わせて鳥の手羽先を煮込んだ。

 並べ終わって、總子は一人で唸る。

「なんか…ひな祭りみたい」

「ひな祭り?」

「三月三日にやる女の子のお祝い。家によるけど、定番はちらし寿司とハマグリのお吸い物なのよ」


 一人で育ったジュールはひな祭りも知らない。しかし總子はもういちいち衝撃も受けないし疑問も感じない。知らないなら今から体験すればいいし、知る必要のないことだってたくさんある。


「女の子のお祝いなら總子のお祝いだ」

「えー?もう女の子じゃないし…」

「嫁入り前だから女の子、だろ?それに總子は可愛いからいいんだよ」

 隣に立っていたジュールは、照れて顔を伏せる總子を抱きしめた。

「やば…。總子可愛い」

「…って、急に」

「急に、何?」

「か、可愛いって…」

「いつも言ってるじゃん」

「電話やメッセージとは違うもん。直接言われると…」

「言っとくけど、私のほうが年上なのにー、は、禁句だよ」

「先回りしないで」

「年上だろうが、俺より大人だろうが関係ない。總子は可愛い。俺は可愛い總子が大好き。ダメ?」

 總子と視線を合わせるように屈みこんで、鼻が触れそうな距離で見つめ合う。ジュールは勢い余って軽くキスをした。


「さ、食べよ。すごく美味しそうだ」

 總子は頷く。会うたびにジュールのペースに振り回されている気がするが、それがとても心地いいことにも気づいている。


 夜も、明日の朝も―。

 特別なことは何もしない。二人で料理を作って、お茶を淹れて、一週間あったことを話して。しかしどんなデートコースよりも楽しいし、充実している時間だった。

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