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幻を抱きしめたい  作者: 兎舞
第一部
25/43

第25話

「失礼します」

 後藤は静かに社長室の扉をノックし、内側から声がかかる前に開けた。

「お時間よろしいでしょうか」

 ボスに声を掛ける。小田切和彦は書類を見つめたまま頷いた。

「ご子息付きの使用人より、報告書が上がってきております」

「読んでくれ」

「はい」


 後藤の手には、ジュールのマンションに通いで入っている家政婦からの日報が握られていた。


「最近、ジュール様は土日の使用人の入室を禁じているそうです。家政婦も料理人も。明確な理由はおっしゃらないそうですが、実は数週間前、ある女性を連れ来たそうで」

 そこで小田切は初めて書類から目を離し顔を上げた。

「女」

「はい。それもジュール様よりかなり年上の」

「学校の担任では?」

「分かりません。ただ、使用人たちが見たこともないほど親密そうに接していたそうです」

「ふん…」

 小田切は興味深そうに、不愉快そうに、目を光らせた。

 椅子をくるりと回して窓の外へ目を向ける。背中を向けられ、後藤はその表情を読むことは出来ない。

 

 しばらく間が空いてから、外を見たまま小田切は後藤へ命じた。

「その女が何者か調査しろ。もし…」

「はい。小田切家にとってメリットがない場合は…」

「うむ。手を切らせる。ジュールは私の大事な息子(手ごま)だからな」

「かしこまりました」

 後藤は深く頭を下げ、そのまま部屋から出ていった。


 後藤が退室した後も、小田切は窓外を見遣りながら、景色とは全く関係ないことを考えていた。


(少し好きにさせすぎたか。誰が(飼い主)か、もう一度教え込む必要があるな)


 当時の自分が手を打てる限りの高貴な血、美貌を持たせて生まれてきた息子。

 息子を生んだ女のことは名前すら憶えていないが、ジュールのことは生まれたときから気を配ってきた。

 そう、美しく生い立った息子を、最高の手駒として使う方法を。

 その為には自分以外の手が入ってはいけない。特に最終段階の今となっては。


(大した障害でなくても早々に対処するに越したことはない。後藤は優秀だ。彼に任せれば問題ないだろう)


 そう思いつつ、小さな石が靴の中に入り込んだ時のような不愉快さを、小田切は消し去ることが出来なかった。


◇◆◇


 後藤は、社長室の続きにある自分の執務室へ戻ると、馴染みの探偵事務所へ連絡を取った。

 仕事柄縁のある職種だ。今までも何度も契約している。金はかかるが決して第三者に情報を漏らしたりしない、ある意味信用できる男の事務所だ。


「はい、フィーデス探偵事務所です」

「後藤です。沖田さんを」

「少々お待ちください」

 すぐに男を指名し、電話を替わってもらった。

「沖田です。後藤さん、お久しぶりですね」

「お互いそのほうがいいでしょう…。今回もまたお願いします」

「もちろん。小田切社長のご依頼は最優先しますよ」

「調査対象については今日中にメールします。ただし、決してジュール様に気づかれないように」

「かしこまりました。期限は?」

「それもメールで。何かあれば社長ではなく私へご連絡ください」

「承知しました」


 電話を切り、後藤は急に濃いコーヒーが飲みたくなり、外へ出た。

 エアコンがよく効いたビルから出ると、急にジャケットが暑苦しく感じ、歩きながら脱いで腕に掛けた。


 



 

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