第23話
「すげー!旨い!」
總子が作ったごく普通の家庭カレーにツナサラダを並べた食卓で、一口目でジュールが感動していた。
(こんな豪華なダイニングにカレー…。浮くなぁ)
と、自分の料理が普段よりずっと貧相に見えていたところに、ジュールが飛び跳ねるように喜んでくれたので、總子はホッとした。
「よかった…。って、もう半分も食べてる!お代わりしたかったら言ってね」
「うん!」
しかし本当にすごいスピードで平らげる。總子が(ジュールの半分の量だが)食べ終わる頃には2杯食べ終わってサラダも完食していた。
「まだ残ってる?俺明日も食べる!」
「じゃあ、鍋ごと冷蔵庫に入れて、食べるときにもう一度火にかけてね。入れるスペースありそうだし」
「うん、ありがとう。…ね、總子さん」
急に神妙な顔つきになったジュールを振り返る。彼の言葉を、じっと目を見つめながら待ったが「ううん、何でもない」と言って終わった。
二人で一緒に後片付けをし、ジュールは總子のためにコーヒーを淹れ、自分はコーラを継ぎ足してリビングでおしゃべりを続けた。
まるで映画のセットのような広くて豪華な調度を揃えたリビング。窓の外は一面の青空。見下ろせば都会の街並みがブロックで出来たおもちゃのようだ。
しかし二人にはそんなことはどうでも良かった。見慣れているジュールだけでなく、總子も。何より互いが目の前に居て、手を伸ばせが触れられる距離にいること、二人が一緒にいることに注目する人もいない、存分にお互いだけを見ていられるこの状況だけで満足していたし、この状況こそを望んでいたのだと気付いた。
普段電話やメッセージアプリで交わしているような他愛もない会話が心地よかった。
「え?毎日残業があるの?」
「あるよー。と言っても私はそんなに遅くならないけどね。仲のいい子がいて、たまに一緒に夕ご飯食べて帰るから、家に着くのが11時近かったりするけど」
「大変なんだね…。俺が夜電話してるのって、迷惑じゃない?」
「どうして?毎日楽しみだよ?」
「でも11時に帰って、それから俺と1時間くらい話してるじゃん」
かなり本気で迷惑を心配している様子のジュールの手を、總子は優しく握った。
「今はジュールくんと話せることが私の喜びなの。お願いだからやめるとか言わないで?」
仕事で疲れた時、上司に怒られた時、満員電車で潰された時も、『帰ったらジュールに電話が出来る』『メッセージが届いているかもしれない』と思うだけで、薄いベールがかかったようにぼんやりしていた日常がクリアになる。色が鮮やかになり、自分の喜怒哀楽が活発に動いているように思える。
ジュールから連絡が来れば嬉しい。普段より返信に間が空けば淋しい。今まで他の誰にも感じたことのない感情が動く。
「だから…」
ずっと続けたい、と言おうとした總子は、気が付けばジュールの腕の中だった。