第18話
食後のコーヒーを味わいながら、二人とも各々のスマホを取り出して近辺の施設や店舗を検索した。
しかし、ここ!というスポットに思い至らなかった。
「難しいね~。大抵のデートコースが映画や遊園地の理由がよく分かったわ」
「とりあえず中に入れば行先には困らないってことか」
「初心者にはハードルが高いね」
「俺たちのこと?」
「でしょ?お互い初デート」
總子との共通点が出来て、ジュールは相好を崩す。
「別に無理して赤坂で遊ぶことも無いけど。電車で移動する?」
「でも渋谷や新宿も似たような感じじゃない?」
うーん、と唸る總子に、ジュールが提案した。
「うち、来る?」
◇◆◇
總子は目が点になった。
「うちって、ジュールくんのお家?」
うん、と頷く彼に、總子は慌てた。
「だって土曜日だから、ご家族皆さん居るでしょ?いきなり私なんかが行ったらご迷惑なんじゃ…」
「いない、って言ったじゃん」
先日、今日の約束をする際のメッセージアプリでの会話を思い出した。
「それって…」
言葉に詰まる總子の、テーブルの上の手を、ジュールの手が包んだ。
「總子さんに、聞いて欲しい話があるんだ。俺のことで」
「ジュールくん、の?」
「うん。その話を聞いて、嫌だと思われるのが怖いけど…、さっきは總子さんが勇気出してくれたから。俺も隠し事はしたくない」
「…私、何かしたっけ」
無自覚にきょとんとする總子の表情が小さな子供のようで、ジュールは笑った。
「うん。まあいいよそれは。で…どうする?」
「うん、じゃあ…お邪魔します」
「はい、いらっしゃいませ」
まだ家に着いていないのに玄関先で交わすような挨拶をしたことに二人で気が付いて笑った。と同時に、手を握り合っていることに気が付いて、總子は慌てて手を引っ込めた。
◇◆◇
電車に揺られ、二十分ほどでジュールのマンション近くの駅に着いた。
近づくにつれて總子が緊張していることに気づいたジュールは、總子の気持ちを和らげる為に帰り道の花屋で鉢植えを買った。珍しい、白い紫陽花。
「綺麗…。急にどうしたの?」
總子の質問には答えず、微笑んで總子の手を取って歩き出した。
そして到着したマンションを見上げ、總子は今日何度目か分からない驚きに固まっていた。
(すっごいタワマン…。本当にここ?)
ホテルと見紛うエントランスとコンシェルジュ。姿勢よく佇むドアマン。
しかしジュールは一切気にせず中へ入っていき、暗証番号を押してセキュリティを通る。總子はジュールが手を繋いでくれていることに今更感謝した。出なければ臆して立ち止まってしまっていたはずだ。
ジュールが押した階数は25階の最上階で、また驚いた。もう總子は全くついていけてない。
(もしかしなくても…ものすごいお坊ちゃまなんだ)
エレベーターが到着し、音もなく扉が開く。正面の扉にジュールがカードキーを差し込むと内側からチャイムが鳴り、扉が開けられた。
「おかえりなさいませ」
ワンピースに真っ白いエプロンを付けた女性が、頭を下げて二人を―ジュールを―出迎えた。