第17話
歩くこと十分程。ジュールが總子を連れて行ったのは、周囲に店舗など見当たらないエリアにポツンと開いているカフェだった。店の外にも中にもグリーンが溢れていて、初夏の日差しに眩しかった。
「たまたまネットで見つけたんだ。気持ちよさそうかな、と思って」
さすが、センスがいい。總子も一目で店を気に入った。
「ありがとう…。素敵ね、入ろう?」
うん、と目で頷いて入店する。初老近いオーナーらしき男性が静かな一角のテーブルへ案内してくれた。
「メニューはちゃんと見てないんだよあぁ…、總子さん、嫌いなものとかある?」
「食べ物?ううん、ほとんどないよ。ジュールくんは?」
「…俺野菜嫌い」
總子は声を立てて笑った。
「子供みたいね。でもこういうおしゃれなお店って、野菜使ったメニュー多いと思うよ?大丈夫?」
「頑張るよ!總子さんに笑われて悔しいから!」
「この前スイーツ好き笑われたお返しー」
件のオーナーが手書きのメニューとお冷を持ってきてくれた。会話が聞こえていたらしく
「苦手な食材があればおっしゃってくださいね。アレンジしますから」
にこりと微笑んで助け舟を出されたジュールは、しかし真顔になって
「いえ!大丈夫です!全部食べます!」
と宣言した。その様子が可笑しくて總子もオーナーも笑った。
「楽しそうですね。デートですか?」
うわ、やっぱりそう見えるのか…、と気恥ずかしくなる總子の前で、ジュールは
「はい、2回目です!」
と告げる。
「うらやましいですな。どうぞごゆっくり」
オーナーが立ち去ると、二人でメニューを広げた。
「お店も素敵だけど、オーナーも素敵ね」
内装を褒めるのと同じノリで總子が誉めると、ジュールは急に暗い顔をした。
「總子さんは…年上が好きなの?」
え?と驚いて顔を上げる總子に、「なんでもない」と言ってジュールもメニューを眺め始めた。
總子はシーフードパスタ、ジュールはグリーンカレーのセットを注文した。
待っている間、ジュールが提案する。
「この後、どうしようか?」
「そうねー、今日も天気いいけど、この前この辺り散策しちゃったもんね」
「楽しかったけど、またすぐ同じところ歩いてもね」
「そうね。ジュールくんは行きたいところある?」
「うーん、無くはないけど…。デートって普通どこへ行くの?」
言われて、總子はちょっと固まった。が、嘘をついても仕方ない。
「私…こんな風にデートしたことって、実は初めてなんだよね」
恋愛経験がないことが突然恥ずかしくなったが、隠すことも無いし不自然だ。
總子の言葉に、今度はジュールが驚いた。
「え…そうなの?じゃあ、彼氏とかは?」
「彼氏いない歴が年齢ってやつかな。一度も男性とお付き合いしたことないし、二人っきりで出掛けたこともないの」
「意外…」
困ったような、がっかりしたような顔で總子が頷いた。
「だよね。いい歳して…」
「違う違う!總子さん、モテるでしょ」
「…え?ま、まさか!私なんてどこ行っても植物みたいにスルーされるよ…」
「植物、って…」
「そこに居ない、みたいな?」
友達に誘われて合コンや男性とのお酒の席に行ったことなら何度かある。しかし男性の視線は常に總子を素通りした。
それがショックでないと言えば嘘になるが、では自分はというと、こちらも相手の男性のことなどほとんど覚えていないのだから御相子だ。
「恥ずかしいよね、いい年して…」
黙って聞いているジュールの反応に、總子は困った。やはりジュールも總子の過去に呆れているのかもしれない。
急に肩のあたりが寒くなった気がした時、ジュールがぼそっと呟いた。
「俺も…」
「…え?」
「おれも。デートって、したことないんだ。こういうの…だから昨日一生懸命ネットで調べたんだけど、どれもピンと来なくて…。だから總子さんに頼っちゃった。ごめんね?」
「あ、謝ることじゃ…。え?ジュールくんも、デート初めてなの?」
それこそ信じられない。歩いているだけで女だけでなく男も振り返るような美男子なのに。
「だって彼女とかいたことないし」
父が勝手に押し付けてくる《《相手》》はいたが、恋愛関係だったことはただの一度もない。もちろん、こんな優しい気分で休日を誰かと過ごすことも、なかった。
「意外…」
總子のつぶやきに、ジュールは吹き出した。
「俺と同じこと言ってる」
「あ、あれ?ごめん。でもホント、意外で…」
「そうかな…。じゃあさ、ご飯食べ終わったら、この後どうするか一緒に相談しようよ。時間はたっぷりあるんだから」
「そうね。あ、丁度来たみたいだよ」
変わらず微笑みを湛えているオーナーが、二人のメインを運んでいた。
「お待たせいたしました」
皿は二つとも、出来立てを示すようにほんのりと湯気を立てている。
まるで、今しがたこのテーブルで成立したカップルの未来に、幸あれと祝福しているかのように。