暈
深夜、人通りもなくなった街並みに路駐された車が並ぶ。
その内の一台、黒塗りのセダンの中、明かりの消えた一軒の家の様子を伺う男が二人、運転席に畑野、助手席に吉田。苛立つ心を鎮めるようにタバコに火をつけ咥える吉田。深く吸い込み溜め、気だるさにまぶたを落とす。ため息混じりに吐き出した煙、その曇った視界に瞳を開放する。そんな吉田の様子を見て畑野が声を掛ける。
「腹空きません?」
フッと鼻で笑う吉田。
「何か買ってきますよ」
シートベルトを外す畑野。
「リクエストあります?」
「肉まん」
「そりゃ難しいなぁ〜」
二人微笑み合う。
「行ってきます」
車を出る畑野。
ひと気の消え去った街に、犬の遠吠えが響き渡る。
カップホルダーに置かれたコーヒーに手を伸ばそうと身を起こす吉田の瞳に、玄関から出てくる一人の少女の姿が映る。黒のワンピースに身を包んだ少女、門扉の前立ち止まり左右を確認して歩き出す。慌てて携帯を手にする吉田、履歴から畑野の番号を呼び出す。
「・・・・動いたぞ」
少女が角を曲がった所で車から降りる。
「後を追う、また連絡入れる、とりあえずGPSで俺の後を追え」
電話を切り少女の後を追う。
0:15
人通りもない県道。
黙々と歩き続ける少女、その後ろを一定の距離を保ちついていく吉田。
少女の足取りは商店街へ。
コンビニの前。
立ち止まる少女、ポケットから携帯を取り出し話し始める。10秒とたたずに切る。そしてコンビニの中へと入っていく。
「・・・・・」
携帯を手にする吉田。コンビニの外、車道を挟んだ対面で雑誌を立ち読みする少女の様子を伺ったまま畑野にかける。
「今コンビニに入った、今どこだ?・・・・・そうか、遠くないな」
何も買わずに出てくる少女、
「動き出した、切るぞ」
電話を切り後を追う吉田。
少女の足取りは商店街の裏路地へと入っていく。
細い裏通りを黙々と歩いていく少女、建物の影に身を隠しながらつけていく吉田。辺りは既に住宅街、碁盤の目のように細かく仕切られた細道をクネクネと、右に左に足早に歩いていく少女の後を、曲り角ごとに身を隠しついていく。
「・・・・・」
あまりに細かく曲がり続け進んでいく少女、その足取りに疑問を覚え始めた次の瞬間、
「!?」
その姿を見失う。焦り通りの真ん中に走り出て辺りを見回す。そこは線路沿いの道路。見回すも少女の姿は見当たらない。
「・・・・・」
標的を失った足取りを感に任せ進む。薄暗い街灯に視界を委ね、照らし出される住宅の狭間にその姿を探す。街を覆いつくす闇の静寂、その澄み切った空気の流れに研ぎ澄まされた感覚が刺激される。
「!」
虫の音に紛れ微かな足音を拾う。だがそれを遮るように目の前の遮断機の警笛が鳴り始める。その音に全てが掻き消される。苛立ちに眉をひそめ半ば諦め振り返った真後ろに
「!!」
少女が立っている。
耳障りなほど鳴り響く警笛が耳の中輪を描き、歪みシンクロした渦となり五感を支配する。ゆっくりと動き出す少女の姿がまるで遠退いていくような錯覚に襲われる。眩暈に似た感覚に足元がふらつきそうになった瞬間、真横を通り過ぎる少女の横顔に微かな笑みを捉える。
「!?」
背筋に走る寒気、思わず振り返るも、淡々と歩いていってしまう少女、閉まりゆく遮断機の向こう側へと入っていく。二人の間を遮断機が遮る。電車の放つ光が近づく。なす術もなく立ち尽くし見つめる先、線路の向こう側、突如少女が立ち止まり振り返る。
「!?」
上目使いで見つめてくる少女の口が、何かを語っているのを捉える。
「??」
眉をひそめ見入る。一語一語、ゆっくりと繰り返す唇の動きをたどる。
「・・・・な・・・・ら?」
電車が近づく。
「「さよなら」って」
背後からの囁き声、聴き慣れぬ男の声に
「!!!」
ハッと振り返った瞬間、突き飛ばされる。