唆
細い路地を埋め尽くすように、パトカーの群れが古びたアパートの周りを取り囲んでいる。パトカーのランプが、深夜の町並みを赤く染め上げている。
錆付き所々穴の開いた手摺りに、今にも抜けそうな階段を上がった二階の一室に警官達が集まっている。
取り調べられているそこは、金山の使っていた部屋。
乱雑に放られたシワだらけの薄汚れた革靴に、泥だらけのスニーカーが転がる玄関を入ると、すぐに異様な臭いに嗅覚が支配される。鼻につくそれは、染み付いたタバコのヤニと生ゴミの臭いの入り混じった生活臭。一人暮らしの男の放つ独特な体臭を作る根源臭。首を横へと傾ければそこは小さな台所スペース。流しには洗われることを拒むかのようにギトギトの油汚れを纏った鍋が無造作に放り込まれている。部屋中のいたる所に綿ぼこりが丸まり、人が通るたびにどこつくことなくフワフワと漂っている。
捜査用の白い手袋をはめた吉田と畑野が台所に立ち隣の六畳間を見つめる。手帳片手に吉田に告げる畑野。
「金山は38にして未婚、生徒ウケもあまり良くなく、むしろからかいの対象になっていたようです」
読み古された雑誌の転がる部屋、風俗誌も入り混じるそこからも女の匂いを感じ取ることなどできはしない。漂う澱んだ空気は、さえない中年男の虚しい日々を伝えてくる。
「で、殺された例の三人の生徒たちからは、影で暴行まで受けていたと・・・・」
顔に刻まれた深いしわ、それをピクリとも動かすことなく語る吉田。
「はい。それから遺書のことなんですが、やはり全て同じ機種のプリンターから印刷されたものでした。用紙も同メーカーのものです」
ちゃぶ台の上を調べていた鑑識の一人が、そこに置かれたノート型パソコンがスリープ状態になっていることに気付く。マウスを動かし起動させる。
「!?」
映った画面を見つめハッとする。
「吉田警部!」
その言葉に歩み寄りその画面を覗き込む吉田と畑野。
「!」
「こ、これは、」
モニターに映し出されたそれは
『 三村、澤田、川嶋を殺してあげましょうか?もしその意思がおありでしたら黒板の端に黄色のチョークで「OK」と書いておいて下さい 』
殺人代行を示唆するEメール。
愕然とする二人、言葉を失い見つめ合う。