第6話 神成の力
――そうだった! 私はマヌケを助ける為にここまで来たんだ。
《思い出して下さい、あの日の出来事を。あの時も主はそんな風に守ろうとしていたのです。あの死ぬはずだった少女を見事に守ってみせたのです。》
――少女を助けた? 私が?
心の中で靄がかかっていたように忘れていた記憶が今、蘇る。
*****
そう、あれは小学生のある日のこと。
私は1人で学校から下校していた。
帰ったらまた辛い修行をしなければいけないことに嫌気がさしていたので、ふといつもの下校通路とは違う場所を通って帰りたくなった。
普段とは違う道路を歩いていたこともあり、いつもとは違った景色にキョロキョロと周りを見ながら帰っていた。
ある人通りが少ない線路の踏切で女の子と自転車が転倒しているのが見えた。どうやら自転車のタイヤが線路の隙間に挟まり、上手く抜け出せなくなっていたようだ。そこへタイミング悪く、電車が近づいてしまった。
電車通過の鐘が鳴り響き、踏切は降りた状態になる。女の子は焦っていて、まだ自転車のタイヤを引き抜こうとしていた。
私は離れた位置にいた為、全力で走り出すが全く間に合わない。電車も踏切前がカーブになっており、女の子に全く気が付いていない。
焦った私は、「逃げてぇ~!」と大きく叫んでいた。
遠い場所から叫んだが、何とか声が届いたのだろう。女の子はすぐに焦って逃げ出すが、もう間に合わない。私が走っても到底間に合う距離ではない。周りには人もおらず、助けも呼べない。
絶対絶命の危機であった。
死を待つだけの女の子がこちらを見ていた。必死にその目は助けを求めている。そして電車を目の当たりにした時、自分の死を覚悟したようにそっと目を閉じた……。
そして電車は女の子を撥ね、小さく儚い命が消えるその瞬間を見た。
……ような気がした。しかし、確かに私はその瞬間を見ていたのだ。
それはまるで未来を見たような感じだったが、実際はまだ女の子が跳ねられる前の状態だった。
――このままじゃ、あの子が死んじゃう!
「……あなたに関係あります?」
――あるに決まってんじゃん!
「……あの子は他人ですよ?」
――他人でも目の前で助けを求めているんだよ?!
「……助ける理由がありますの?」
――助けない理由がないでしょ!
「……未来は変わりませんよ。」
――でも助ける未来に変えたい!
「……それは無理です。」
――でも助けたいの!
「……それは自分の命を削っても?」
――それであの子が助かるならそれでいい。
「……下手したらあなたが死にますよ?」
――このままあの子が死ぬ未来を待つくらいなら!
「……。」
――私は今救える可能性に懸けたい!
「……。」
――絶対に助ける!
「……。」
私はそう心に誓う。
「……我は神成。
姿無き影なる忍びの者。
最初で最後の力、其方へ授けよう。
あの者の未来を……その力で変えてみせよ。」
そう聞こえた気がした。すると、全速力で走っている私の体の内側からビリビリとした雷のような力を感じた。そのビリビリした稲妻が全身に纏って広がっていく。途端に身体が軽くなり、人間が出せるスピードを遥かに超えた速度で超加速する。
私は瞬時に女の子の元へ移動し、そのまま抱き抱えて踏切を越えた。
それと同時に急ブレーキをかけていた電車が自転車だけを撥ね飛ばし、遠くの方で緊急停車するのが見えた。
女の子は私の顔を見上げ、驚いた顔をしていた。私はその子の頭を撫でて「守れて良かったよ。」と呟いていた。すると女の子は自分が助かったと分かったのだろう。私の胸にしがみ付き、大声を上げて泣き出してしまった。
私はギュッとその子を抱きしめた。
すると急に全身から力が抜けていき、私はそのまま倒れて意識を失った。ここまでが私の記憶から消えていた部分だ。私が気付いた時には病院のベットの上だった。
病院の検査では身体に異常はなかったが、私はそれ以降身体が弱体化する病気になってしまっていた。
*****
――思い出した。あれはこの力だったんだね。
《そうです。あの時は無意識に無理やり力を発動させた為、その反動で身体に多大なダメージを残しました。しかし、今はその心配もございません。》
――そうなんだ。あのビリビリした感覚が、力の根源ってやつなの?
《そうです。その力の根源は主の中に眠っているだけで、消えたわけではありません。》
――私は鹿の攻撃を避けながらも、何とか身体の内側へ意識を集中していく。すると、ビリっと電気が走るような懐かしい感覚を感じた。
――もしかしてこれが?!
《そうです。それが神成の力の根源です。》
――神成……。
確かあの時もそんな声が聞こえた気がする。私はまた意識を集中しながら、神成の力の根源を探しにいく。すると先ほどよりも強くビリビリと身体の中でそれが大きくなっていくのが分かった。私はそれをあの時と同じように、全身に広げるようなイメージで稲妻を走らせていく。
まだあの時程では無いけど、身体が軽くなっていくのが分かる。
「……我は神成。
影で生き、裏に潜み、世界の均衡を保つ者。
大事な者を守るため、稲妻纏いしいざ参らん。」
あの時と同じ声が聞こえた気がした。
《現在、神成モード出力10%です。少々身体能力が向上しております。敵の攻撃が来ますので右へ避けて下さい。》
私はそう言われたので、右に走り出そうと地面を蹴った。
――ひぃ~?!
すると、自分の意思とはかけ離れたスピードで移動していた。あまりに勢いがあり過ぎた為、大きな岩に突っ込んで激突してしまう。
――いっ?! ……痛くないわ。
《今はまだこの程度の力ですが、少しずつ慣らしていきましょう。》
――いやいやいや。凄すぎて思考が追い付いてないんだけど。人間離れしている動きに自分で引くわ~。まるでお父さんみたいだ。更に引くわ~。
とりあえず、そのおかげで鹿の攻撃は全く当たる気がしなくなった。
――でもどうやって倒したらいい?
《今の状態で先ほどの攻撃を行うと、威力も倍増しております。》
――そっかぁ!
私は鹿の攻撃を軽く避けながら、一気に距離を詰めた。そして、先ほどと全く同じように蹴雷拳を繰り出した。すると先ほどとは違い、蹴られた鹿が遠くへ吹っ飛んで倒れた。
――おぉ~! 凄~い! ちょっと感動するわぁ~。
しかし、よろよろと鹿は立ち上がり、全力の火の玉を放ってきた。私はそれを宙に舞う桜の花びらの如くヒラリと華麗に躱した。