第56話 友達とは?
*****
私は、頭が真っ白になっていた。
今までのヘタレとの楽しい思い出が走馬灯のように駆け巡る。
身体が弱体化する病気に掛かってからというもの、もともとこの性格だから孤立していたのもあるけどそれが更に加速していった。
「いつも不愛想のくせに、役立たずよねぇ。」、「なんでいつもあんなに怒ってるの?」、「ノロマで無能だよねぇ。」、「もう学校来なければいいのに。」などと常に陰口を叩かれてしまっていた。
スパイの訓練により読唇術を身に付けていた私は、口の動きや顔の表情だけで何を言っているのか分かってしまう。余計な能力だけが残っていたせいでとても辛かった。
その頃の私は正直生きる意味を失っていた。
自分は生涯スパイ忍者として生きる宿命にあるし、友達なんて全く必要ないと思っていた。人からどう思われようが、影でなんと言われようが私には関係ないと……。学校なんて結局はその場だけの薄っぺらい付き合いなのに、他の皆がそんな意味のないことに時間を割いていることが信じられなかったし、そんな人達を私はバカだと思っていた。
しかし病気と思っていた神成の力の暴走により、スパイ忍者としての身体能力を失ったことで自分の存在価値を見出すことが出来なくなっていた。
私にはスパイ忍者としての生涯があるから、それ以外には何もいらないと思っていたことが1人孤独ということに繋がっていたのだ。
それから毎日学校に行くのも、修行をやることも、その全てが無意味のように思えてきてしまい生きることさえも諦めかけていた。私なんか死んでしまった方がいいのかもしれないと……本当にそう思っていたのだ。
そんな時に出会ったのがヘタレだった。
私は家に帰る途中にある、海を眺めることが出来るベンチで1人座っていた。ほぼ毎日のようにそこに座って、ぼーっと海を眺めたり沖合で行き交う船を眺めたりしていた。
あの日も同じようにぼーっと海を眺めていた。
「ここ、座ってもいいかなぁ?」
突然そう声をかけて来た人物に目をやると、そこには眩しく太陽のような笑顔を見せる女の子がいた。そう、この子が当時のヘタレ。
私は珍しく人が来たことにビックリしたけど、首を縦に振って自分は帰ろうとした。
「あ、あの! 私は乙羽っていいます! もし良かったら、お話とかどうかなぁ……?」
私はただでさえ人間関係で困惑していたので、その時は首を横に振ってそのまま帰ってしまった。
次の日、同じようにベンチでボーっとしていると、またヘタレは現れた。昨日は気が付かなったけど、少し息を荒くして若干汗ばんでいた。
そして、同じようにお話がしたいと言われたんだけど、また断った。
それが毎日のように繰り返されるようになり、最初の頃は全くもって鬱陶しいとしか思えなかった。
しかし流石の私も3週間程過ぎた頃には、鬱陶しさから逆に何でここまで私に付きまとうのかっていう興味に変わっていった。だから、一応少しだけ話をしてみてもいいかなと思うようになっていた。
でも会話なんてどうしていいかわかんないし、嫌われるのには慣れていたはずなのに何故か凄く怖くなってしまっていた。そんなことを思いながらヘタレを待っていたら、また同じように少し息を荒くしながらやって来た。
そして同じように、お話しようって誘ってくれた。
私は、恐る恐る首を縦に振った。
すると、ヘタレは今までよりも一番の笑顔を見せてくれたのだ。
それから私の心配を他所に、ヘタレはずっとお話をしてくれた。自分の事や家族の事、学校生活の事などいろいろと。
それは雨の日も雪が降った日も、毎日のように続いていった。
次第に私達は乙羽と桜夜と呼び合うようになり、連絡先も交換するほどの仲になっていた。
私はこの乙羽との時間がとても心地よく感じるようになっていったのだ。
乙羽は最初、毎日のように私がこの場所で1人寂しそうな顔をしてベンチでぼんやりしていたのを見ていたようで、気になっていたと言う。
――私の顔が寂しそうに見えたの?
という疑問が浮かんだ。何故なら、私の表情からは喜怒哀楽が分かる人なんて今までにいなかったからだ。
「何で?」って聞くと、「だってそう見えたんだよぉ。」と普通に言われた。
「目を見て話してみたら、桜夜が悲しむのも喜ぶのも分かるよ。」
私は素直に嬉しかった。
本当に私の気持ちを分かってくれる人が出来ただけでも。
それからも私とヘタレの関係は続き、中学校から同じ学校に通い出して、更には高校まで同じところへ進んだ。その間ずっとヘタレは私を守り続けてくれた。自身の可愛さから瞬く間に人気者となり、私の不愛想を笑いに変えて雰囲気を和ませ、私のキャラを定着させてクラスに居場所をくれた。
生きる希望すら持っていなかったこの私に、普通の女の子として生きる希望をくれた。学校の楽しさ、人との付き合いの楽しさ、生きる楽しさを教えてくれた。
だから、私はずっと恩返しがしたかった。
ヘタレに何かあれば必ず私が助けると誓っていた。
それが私の生きる意味になっていたから。
――どうしてこうなったの? あの日常は嘘だったの? ずっと過ごしてきた楽しかった日々は? ヘタレの眩しい笑顔は?
いろいろな楽しかった思い出が、ガラスが割れていくようにパリンパリンと砕かれていく。その奥には真っ暗で寂しくて悲しくてただただ辛いだけの暗闇。私はそこに真っ逆さまに落ちていく。
*****
アンブの顔から生気がどんどん消えていく。
最初にこの地下に来たエレベーターに向かっていた時に、丁度研究者の責任者らしき者と鉢合った。アンブの事が心配で正直どうでもよかったのだけれど、一応クモちゃんに捕まえてもらった。
その者に聞いたところ、この人数しかこの地下を知る者はいなかったようなので、エレベーターで普通に研究施設まで登った。
その後に、クモちゃんとコンちゃんにインチキさんの元へ捕まえた人達を連行してもらった。
それよりも今はアンブだ。
身体のダメージはコンちゃんが回復してくれたんだけど、精神的なダメージの方が大き過ぎる。今まで友達と思っていた人に裏切られたんだから当然だ。アンブがどれだけヘタレのことを想ってたかはアタシが一番わかっているつもり。だからこそ、今のこの状態に陥っているのも分かる。
けれどどうやって声をかけたらいいのか、どう接してあげればいいのか、どうやったらアンブが元気を取り戻してくれるのか、人との付き合いがあまりなかったアタシにはそれが全く分からなかった。




