第49話 不吉な叫び
たくさんの人に囲まれ、もみくちゃにされたところまでは何となく覚えている。
目を開けると、マヌケが心配そうに覗いていた。どうやら私は脳内処理が追い付かずに目を回して倒れてしまっていたらしい。
マヌケが私を抱えて逃げてくれたみたいだ。
「いや~あれは焦ったねぇ。アタシらちょっとした有名人になっちゃってるかもしれないね。」
――完全にやられた。まさかあんなデカデカと写真を飾られるとは思わなかったよ。しかもあんなに服が売れているとは……。ていうかスマコ、大丈夫なんじゃなかったの?
《何か問題あるか?》
――いやいや、私ら目立っちゃいかんでしょうよ。ヘタレもカオスの行方もまだつかめていないのに。
《情報はどこに転がっているかわからんだろ? 心配しなくてもこの程度の盛り上がりはすぐに終息するさ。人間の若い女というのはそういう生き物だろが。しかしだ、こちらを知る人物の誰かがこれを目にした時に、行動を変えて来る可能性もある。ちったぁ~考えろバカ。》
――にゃ~ん、スマコが怖いよ。でもまぁ言いたいことはわかる。
今はまだ小さな手がかりしかない現状だ。かといって、私達が生きてることをカオスにアピールして正面から戦うのも危険すぎるし、それだと多分勝てない。だからスマコは今の内に出来る範囲で伏線を張っておくつもりみたいだ。
仮にあの写真がカオスの目に入ったとすると、少なくとも私達は生きていることが彼らにバレるが、居場所まではわからない。だから、必ずあの店の周辺を調べるなどのアクションを何かしら起こすはずだ。こちらはそれを警戒しながら、逆に利用して彼らの情報を入手してしまおうと狙っているのだ。
――やっぱりスマコは凄いや。私の考えの先の先まで見ている。頼りになるよ! 相棒!
《ほ、褒めんじゃねぇよ……ぶっ殺すぞ。》
――あれぇ~? スマコちゃんはひょっとして……。
「アンブ、インチキ様から返信が入っていたんだけど、研究施設で働く人の定時退社時間は17時らしいよ。でもあんまり定時で帰る人もいないみたい。大体の人はそこが家だから。」
――なるほど、職場が家ってのも酷な話だねぇ。私らで言うたら学校が家みたいなもんでしょ? それはマジで死ねるわ。
「でも、あの人は旦那さんが風邪引いているから早く帰るかもしれないしね! 一応行ってみようか!」
「うん。」
私達は再度、休止中の研究施設へと忍び込んだ。そして、あの女性の帰りを待つ。待ってる間は暇なので、ダメ元で地下に通じる隙間や穴がないか探してみた。
しかしそれらしいものは全く無かった。やはりエレベーターからでしか下に通じているとは分からないみたいだ。そんなことを思いながらエレベーターに近づいた瞬間、エレベーターの下から微かに悲鳴が聞こえた。
「…………ぎゃあぁぁぁ……。」
――うん?!
感知を全開にしていた私は、確かに誰かの叫び声が聞こえた気がした。エレベーターに耳を当て、更に注意深く感知してみたけどその声はもう聞こえなかった。
「アンブ? どうしたの?」
心配そうに聞いてくるマヌケ。
「声……。」
「誰かの声が聞こえたの?! やっぱり地下はあるんだね……。」
私はしばらく聞き耳を立てていたが、人の気配がしたのでマヌケと瞬時に天井裏へ身を隠した。しばらく待っているとあの女性が歩いてくるのが見えた。私達はそのまま上の階へ上がり、エレベーターが動くのを待った。
すると、エレベーターの表示板に上の矢印が点灯し、1階にあったエレベーターが上階に向けて動き出した。
2階……3階……4階……5階…………。
このあたりまで待ってから私はエレベーターの扉を開いて中を確認した。
太いワイヤーの先に重りらしきものが付いていて、それがどんどん降下していく。その重りとのつり合いで逆に人が乗っている箱の部分は上に上昇する。
私はアイレンズを起動し、底が全く見えないほど深いスペースをスキル感知でマッピングしていく。どんどん立体映像みたく、マップを作り上げていくが、行けども行けども底に着かない。どうやら、とんでもない深さがあるようだ。私の感知もずっとそこまで届くわけではない。風の流れや音の反響を感知できるのも限りがある。
まだ途中だったが、マッピングが止まってしまった。
しかも悪いタイミングでエレベーターが降下し始めてしまった。私達は 意を決してエレベーター内へ飛び込んだ。
重力に身を任せたまま降下していく。すると、一階より下の部分に細くて赤い光が無数に張り巡らされていたのがアイレンズで見えた。おそらくは赤外線センサーだろう。
横を見るとマヌケがブンブン首を振りながら涙目で手を合わせている。私は空中でマヌケをお姫様抱っこの形で抱きかかえ、神成モードを発動した。
ビリビリと稲妻が全身を巡る。壁を蹴って勢いを弱めながら赤い光に目をやる。無数に張り巡らされているがもちろんそこには隙間がある。私はその隙間を見つけながら、最適な通過経路を探す。
その経路に向けて、壁を蹴りながら位置を調整していく。
やがて、無数にある赤い光の中に突入した。マヌケを抱いたまま、身体を捻り、壁を蹴りながら通過していく。全てがギリギリのところだったが、なんとか全てのトラップを通過したようだった。
《主よ、お前の事だからトラップに触れることは無いと思っていたが、マヌケ様は異空間へ入ってもらっていた方がもっと楽に通過出来たんじゃないのか?》
――わかってないなぁスマコちゃん。それは私が抱いていたかったからに決まってんじゃん? 何言ってんの?
《……なるほど。私では理解できない世界なんだな。聞いて悪かった。》
「なになに?! アンブには何か凄い考えがあったの?! アタシは嬉しかったけど……。」
私の声が聞こえないマヌケが聞いてくる。
《どうやら主にはどうしてもマヌケ様が必要なようだ。せいぜいイチャイチャしてくれ。》
「そ、そうなの?! えへへ。」
顔を赤くしながら照れるマヌケ。
傍から見たらただの変人だね。
それよりもいまだに底が見えない。
先行してマッピングは行っているんだけど、ずっと同じ景色のままだ。まぁ、翼を生やして下に飛べばもっと早いんだけど、もしさっきみたいにトラップがあったら翼は邪魔になるしね。
そんなことを考えてきたら突然、また同じ悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああああ。」
今度はハッキリとその叫び声が聞こえた。それでもまだかなり遠いので、マヌケには聞こえなかったようだ。ここが狭い空間というのもあって音が反響しやすく、ここまで届いたのだろう。
しかし、この叫び声は一体…。




