第17話 森のクマさん
岩壁を壊して現れたその魔物は、熊と表現するにはあまりにも大きく体長は10mを軽く超えていた。
サメもかなり大きかったが、こちらの方がおそらく大きい。
《名前、オニグマ。胸に鬼の顔のような模様があるのが特徴で、手足の爪は岩を切り裂くことも容易な程に危険です。またあの鋭い牙で噛みつかれた場合、胴体が引きちぎれるまで離すことはありません。更に怒ると胸の鬼模様が赤く光り、火を噴きます。普段は下層にいる非常に危険な魔物です。》
スマコが解析する。
——なんだって?! 下層の魔物がもうやってきたの?! しかしなんて出鱈目な強さ……。
私のアイレンズに映るそのクマは、能力値がその辺りの魔物とは明らかに別格な数値を表している。そのクマは気まぐれにその辺りの魔物を瞬殺しながらこちらに向かって来ている。
私達はすぐさま逃げようと通路側へ走り出した。それを見たクマはなんと、大きな岩を私達が通ってきた通路目掛けて放り投げ、道を塞いでしまった。
その風圧により倒れる私達、後ろにはすぐ近くまで迫るクマ。
これはもうやるしかないと私は覚悟を決めた。
マヌケの目をしっかり見つめて合図する。マヌケは大きく頷き、私達は攻撃態勢に入った。
今の私は神成モードを全力で20%程まで上げられるようになっている。それを最初から全開まで一気に開放した。
身体中から稲妻が迸り、ビキビキと身体のあちこちが悲鳴を上げているが、今はそれどころではない。
私は全力の加速でクマに向かい忍殺拳の蹴り技の1つ、槍雷拳を繰り出した。
これは全身のバネを使って急加速し、足の踵一点に力を集中させて相手を貫く強力な蹴り技の1つだが、クマの体には傷一つ付けることができなかった。
クマの全身を覆っている毛皮がクッションとなっていて勢いを殺し、またその奥にとんでもなく硬い皮膚があって2重に守られている。
しかし、私は続けざまに全力の桜雷拳を放った。内部へ直接ダメージを与える桜雷拳は外的な攻撃よりもダメージを与えることが出来ているようだった。ただ、攻撃する度に私の身体が悲鳴を上げるので連発は出来ない。
身体の痛みで一瞬怯んでしまい、その一瞬をつかれた私はクマの前足により地面に叩き落とされる。
「ガハッ?!」
七つ道具の変化服と神成モード全力でガードと受け身を取ったのに、一瞬意識が飛んでしまった。すかさず、クマは私を足で踏みつけようと足を上げる。
そこへ、オスがギアを全開放した状態で全力のガードを行う。オスの鎧から突起物が地面に食い込み、身体をしっかり支える。
やがてクマの足がオスの盾に直撃すると、とんでもない衝撃波が辺り一面に広がった。
オスの盾は、攻撃を受けた衝撃に応じて鎧の突起物が後ろに伸びて衝撃をしっかりガードするようになっていた。
しかし、私を守ったオスの身体には衝撃が直に伝わってしまい、途轍もないダメージを受けることになってしまい、オスはその場に崩れ落ちてしまった。
私はオスを掴み、その場から離れる。
クマはそれを逃がすまいと爪で斬りかかる。そこへマヌケの水魔法が直撃するが、それもクマには全く通じない。
マヌケは立て続けに最大火力の火炎魔法を放ち、それと同時にカスがジェット噴射で飛び出して全力で斬りかかる。
すると、クマは地面を前足で殴り付け、その攻撃で土石が無数に飛んだ。マヌケは土石を上手く躱せたが、ジェット加速していたカスはそれがモロに直撃してしまう。
カスが血だらけで倒れようとしているところにクマは止めを刺そうと爪をカスに向ける。
——ヤバい……。
私は瞬時にオスを異空間へ飛ばし、全力でカスの元に駆け寄る。そしてそのままカスもギリギリのところで異空間へ放り投げた。
その間にクマの爪が私に突き刺さろうとしていた。
私は咄嗟に忍殺拳の1つである、制動忍空圏を発動した。
制動忍空圏とは、体の表面に強く気を張った状態で相手の動きを流れで読み取り攻撃の軌道を予測し、最小限の動きで攻撃を受け流す技だ。更に、相手の攻撃の勢いをそのまま自分の攻撃へ利用し、倍の力で相手に返すカウンターも行うことができるのだ。
クマの爪が身体へ突き刺さるその寸前で身体を回転させ最小限の動きで攻撃を受け流した。そして、そのままの勢いで全力の龍雷拳をクマの顎を目掛けて放った。
クマは勢いよく突進してきたところに、制動忍空圏で勢いを増した渾身のカウンターをくらい、後方へ吹き飛んだ。
渾身の攻撃を顎へ受けたクマは脳を揺らさせたことで失神し、動かなくなった。
それと同時に私も力尽きて倒れる。すると、マヌケがすぐに駆け寄ってきた。
「アンブ?! 大丈夫?! アンブ?!」
《マヌケ様、主はもうあまり動けません。早くここを離れましょう。まだあのクマは生きています。今目を覚ますと、とても危険です。》
「分かったぁ。すぐ逃げよう。」
マヌケはすぐに私を抱えて飛び出した。通路はクマが岩で封鎖していたので、マヌケはそこに向かって必死の火炎魔法を放った。すると、大きな岩の一部が破壊されて抜けられそうなところが出来た。
もう少しでそこへたどり着くというところで、途轍もない殺気を感じた。それとほぼ同時に後ろからとても強力な炎と熱がマヌケと私を襲った。
それは目を覚ましたクマの口から放たれた炎であったが、マヌケは咄嗟にそれを回避した。しかし、その攻撃により出口である通路側の壁が爆発して崩れ去り完全に退路を断たれてしまった。
クマの胸には鬼の模様が赤く光っており、腕や足、肩の一部の毛が燃えていた。これが怒れるオニグマの本来の姿だ。
マヌケは最速スピードで離れようとするが、クマのスピードも上がっており、更に立て続けに炎を吐きながら突進してくる為、とても逃げきれなかった。
マヌケはウォータージェットやウォーターカッターで反撃するが、攻撃がクマ本体に当たる前にあまりの高温に蒸発してしまっている。
——このままではまずい。みんな死んでしまう……。
《主……こうなってしまっては最後の手段となりますが、魔王の力を使いましょう。巨大過ぎるこの力は力の制御が難しく、暴走が起きる可能性あります。しかし、この状況を突破するにはもうそれしか方法がありません。》
——分かった。もし力が暴走したら、どうなるの?
《主が主で無くなってしまいます。》
——そっかぁ。ヘタレを死なせてしまうくらいなら、私はどうなってもいい。
「下に降ろして。」
「え?! 戦うの?! アンブってばボロボロじゃない。死んじゃうよぉ。」
「大丈夫。」
突然私が発言したので驚きながらも、私の心配をするヘタレ。しかし、私の真剣な目を見て何かを決意したのか、全力で大量のウォータージェットをクマに浴びせた。すると、クマの熱に蒸発した水蒸気によって濃い霧が発生してそれが煙幕となる。
その霧の煙幕によりクマが私達を見失っているその隙に、地上の岩場の影に降りて異空間に放り込んだ3人を引き出した。
魔王の力は不安定で3人を危険に合わせてしまうかもしれないとスマコが言ったからだ。カオスはまだ気を失ったままだけど、仕方がない。
ヘタレは涙目で私やマヌケに駆け寄り、心配している。
私はヘタレの頭に手をおいて、「大丈夫」と一言だけいうとなるべくその場所から離れた位置まで瞬時に移動し、クマの注意を引きつけた。
私を見つけたクマは明らかに怒りを増した表情で再度、襲ってきた。