侍従は婚約破棄を止めたい(Ver.侍女)
「侍従は婚約破棄を止めたい」をご覧になってからのほうがわかりやすいと思います。
月に一度の憂鬱の日。
お嬢様が婚約者の王子殿下に会いに行く日。お二人が通われている学園でお会いしているのだから休みの日まで束縛しないでもらいたい。だからといって行かないという選択肢が選べるわけもないし、また登城するのだから普段の身嗜みでは侯爵家の名に恥じる。つまりは行きたくもないのに朝早くから準備をしなければならないのだ。お嬢様が可哀想。
お嬢様がリラックスできるようにハーブティーを用意し、メイドたちと一緒にお嬢様の仕度の仕上げにかかる。髪型よし。ドレスよし。ネックレスよし。ハーブティーを飲み終わったお嬢様の唇に紅を引く。よし。
完璧です。とてもお綺麗です。素晴らしいです。
「ありがとう。とても素敵になれたわ」
ニコニコとメイドたちに労いの言葉をかけるお嬢様。パーフェクトです!
侍女の私も一緒に侯爵家の馬車に乗り城へ向かう。本日見た夢を楽しくお話しされていたのに城に近づくにつれお嬢様の表情が消えていく。王子許さぬ。
お嬢様と王子殿下が婚約したのは10年前。通われている学園を卒業した時に婚姻すると決められている。所謂、政略結婚だ。
婚約当初は、王子殿下をお慕いしており、お茶会がある日はとても楽しそうだった。いつしかお二人がぎごこちなくなり、前回のお茶会に王子殿下は来なかった。
城に到着し、いつものお茶会の場所に案内される。やはり王子殿下の姿はなかった。
お嬢様が席につき紅茶を用意され、しばらく待つ。紅茶が冷め始めた頃に王子殿下の侍従が来た。本日も公務が忙しく来れないそうだ。
だったらはじめから連絡をくれてもいいんじゃない?お嬢様がゆっくりできるし、この場を用意したメイドたちも別の仕事ができただろう。王子許さぬ。
王子殿下が来れないならお暇しますと馬車に向かう。お嬢様が乗り、私も乗ろうとしたところ、見送りに来た侍従に呼び止められた。
「あの、相談したいことがあります。ただ城では話せない内容なので、どこか二人で話せる機会をつくることは可能でしょうか?」
怪しいことこの上ない。でもこの侍従は、王子殿下を(出来ていないが)正そうとしている方。悪い方ではないから侯爵家で会うなら大丈夫だろうと判断して、訪れる理由を作るべく時計を渡し侯爵家を訪ねてくるよう伝えた。
馬車に乗り、暗い気分を払拭するようにメイドたちの中で流行っていることを話した。お嬢様は静かに笑ってくれた。
休憩時間になり、そろそろ侍従が来る頃かなと通用口付近で待機していた。侍従が来たとメイドが呼びにきた。
使用人用の食堂の隅に席を用意した。この時間は食堂を利用する者はいないし、コックたちも侯爵様ご家族の夕食作りにメインキッチンに行っている。
「相談したいことは何?」
侍従は王子殿下が婚約破棄をしようとしているという。何を今更と思った。お嬢様を蔑ろにしているなら今すぐにも白紙に戻し、お嬢様を解放してもらいたいものだ。
「それが穏やかなことではなく、2週間後の学園のパーティーで婚約破棄をするというのです」
驚いた。驚きすぎて一瞬、意味がわからなかった。どういうことか想像して憤る。王子の馬鹿な舞台にお嬢様が無理やり出演させられることになる。止めなくては!
そもそもこの侍従は何故、私にこの話を持ってきた?王宮での上司に相談した方が王子を止めやすいはず。そのことを指摘すると内密に処理をしたいと身勝手な返事が返ってきた。
ふざけるな。
思わず普段口にしない言葉がポロリと飛び出た。ここで追い返してもお嬢様の助けにならないと思い、我慢する。きっと王子殿下の事ばかり気になって周りが見えていないのだろう。
侍従をお見送りした後、侯爵様に直接相談できるわけもなく侍女長に相談する。それから執事に話が行き、侯爵様にお伝えすることが出来た。
これからの対策は侯爵がしてくださるだろうけど、微力ながらもお嬢様の盾になるべく学園に問い合わせしパーティー当日の給仕をすることにした。
3日後に殿下の侍従が突然、訪ねてきた。前回と同じ、食堂に通しているとの事。メイドからどういう関係かからかわれる。
来られても仕事があり直ぐに食堂へは向かえず、待たせてしまった。
食堂に着いた途端、「侍女殿!」とすがるような顔で近づいてきた。嫌な予感しかしない。
侍女殿とずっと呼ばれるのにも変な気がして名前を伝える。侍従もサルスと名前を教えてくれた。
落ち着かせて何があったのか聞くと、王子殿下たちがお嬢様の罪をまとめているというのだ。捏造に決まっている。
どうして良いかわからず、まず私に相談しにきたという。何故?何故なの?まずは王宮内で処理しないの?
でも聞いたからには、ほっておくわけにもいかない。侯爵様は留守だし、執事も忙しい時間だ。侍女長にお嬢様に直接話しても良いか相談しよう。
サルス様にしばらく待ってもらい、侍女長に相談しお嬢様に話をもっていく。お嬢様はサルス様から話を聞くことを快く了承してくださった。
サルス様をテラスに通して、現状を話してもらう。
「私の罪?」
お嬢様の表情が曇る。いくらデタラメの罪だといっても他人から言われるのは辛いことだ。お嬢様に話を通した自分の選択に後悔して、この話を終わらせようと口を開く。
そんな私の行動をお嬢様が止めた。お嬢様、思い当たることがあるのですか?
「ひとりの令嬢をいじめていると言うものです」
「ああ」
思い当たることがあるのか、右手を口元に当て考えはじめた。そして私、サルス様を順に見て、はっきりした口調で話し出した。
「はじめに言っておきますが、私はいじめなど行っておりません」
もちろんですとも。と深くうなずいてお嬢様を見るとニッコリ笑ってくださった。私はいつでもお嬢様を信じております。
お嬢様が語った学園の状況に慄く。
学園でもお嬢様を蔑ろにする王子許すまじ。
身分の高い子息たちと淑女の範囲を超えて仲良くなる男爵令嬢。これは絶対に侯爵様に報告すべき事態です。
お嬢様の話を聞いたサルス様は慌てて城に帰っていった。
「お嬢様、学園でそんなことになっているとは気づかず申し訳ございません」
「大丈夫よ。私も話さなかったのだから。でも話すきっかけができてよかったわ。今は平気でもこれ以上我慢していたら、とても耐えられなかったはずよ。サルスさんに感謝しないとね」
「そんなサルス様に感謝なんて。侍従が王子殿下を正せないのがよくないんです」
「いいえ、王子という立場の周りにはいろんな人がいるわ。殿下のためを思って厳しいことをいう者、自分の利益のために甘い事ばかりいって誘惑する者。疲れていると甘い言葉に惹かれてしまうものよ。私は厳し過ぎたのかしら。婚約者の言葉も届かなくなった方に侍従の力で覆すことは難しいことよ」
そう言って、寂しそうに中庭を眺めた。
「お嬢様、折角ですから中庭を散歩いたしませんか?庭師のマックが見頃の花があると言ってました。ぜひ、見に行きましょう。日傘をご用意いたしますね!」
お嬢様が楽しい気持ちにするために私はここにいるのです。楽しい話題を出しお嬢様を誘う。「ふふ」と控えめだけど笑ってくださり、中庭に向かった。庭師のマックによって鍛えられた花の名前と花言葉を披露する。
パーティー2日前にまた突然、サルス様がきた。良い報告かと思いきやサルス様が侍従を解雇になったというのだ。
自分の味方を簡単に手放してしまう王子殿下に呆れて何も言えない。
実家に帰るというサルス様を引き止める。このまま結末を見ないで離れるのは心残りが多くなってしまうもの。サルス様ならできると思い、当日のパーティーの給仕係に誘った。
お嬢様の自室に向かい、サルス様が解雇された旨を伝える。
「もう殿下を止めてくださる方はいらっしゃらないのね」
机にあった用紙を手に取る。
「殿下がパーティーで事件を起こすようならこれを使って最終宣告をすることになったわ」
「それは?」
「殿下たちが作った私に対する罪状の内容を王宮がきちんと調査した調査書よ。殿下は罪状を清書するにあたって、王宮の書記官にお願いしたそうよ。こっそり準備していると思っていたのに大胆な方法も取るのねと感心したわ」
お嬢様、その顔は感心している人の顔ではありません。殿下は昔からツメが多いに甘い。書記官に任せたら上に報告されるに決まっている。
「私が殿下に引導を渡すのよ」
「お嬢様がそんな役目を負う必要などないはずです」
「すれ違ったとはいえ10年間婚約していたのですもの、これが最後の役目なのよ。大丈夫。侯爵家に優位になるように進めるから」
さすがお嬢様!
パーティー当日は、朝から大忙しだ。お嬢様の魅力を最大限に引き出すためにメイドたちが頑張る。凛とした雰囲気のあるお嬢様だから青を基調として裾に向かって銀色に輝くドレス。いつもは殿下の色に合わせたドレスを身につけていたため、エスコートなど来るわけがない本日は、今までにない色合いで最大限に輝いているお嬢様、完璧です。とてもお綺麗です。素晴らしいです。
エスコートは侯爵様がされることになった。娘の一大事に近くから見守りたいものですよね。王宮からの調査書を持ち、いざパーティーへ!
序盤から仕掛けられることはなく、煌びやかな時間が過ぎる。前もってお願いをしていたおかげで、お嬢様の近くで給仕ができるところに配属された。サルス様は裏方に配属されてしまった。だけど実家に帰ってなにも知らずにいるより、見れなくても近くにいた方が
結末を知る機会あるだろう。
お嬢様は楽しそうにお友達に囲まれてお話をされている。このまま何事もなく終わればいいなと思っていたのに、王子殿下より声がかかる。
お嬢様がきゅっと口を閉じる。少し間をあけてから答えた。
「殿下、なんでしょうか?」
断罪劇が始まろうとしたとき、サルス様が飛び出してきた。会場が一瞬しんと静まり返る。
そして王子殿下を止めようと訴えはじめた。侍従を解雇されたのにここまでするのか。こんなにも王子を大切にしているのだと伝わってくる。
私だって負けないほどお嬢様を大切に思っておりますとも。お嬢様を見ると先ほどの厳しいお顔ではなく、少し困って笑っていた。
サルス様の訴えも虚しく、殿下は断罪劇を自ら進めはじめた。殿下とお嬢様の対決が始まった。
ふと殿下の横にいる可愛らしい男爵令嬢を見る。怯えているように殿下の腕にしがみついている。庇護欲をそそられそうな大人しく柔順な方なのだと思っていたら
「ひどいです。ロザリナ様。私がリカルド殿下に相応しくないからって、あんな酷いことを…でも今日謝ってくれるなら許してあげようと思ったのに」
とんでもない発言をしてきた。身分の上の者の会話に割り込み、さらにお嬢様を見下すような事をいうとは許せない。そういえば、お嬢様が淑女の嗜みを教えても取り合わないと言っていたではないか。
怒りで熱くなっている殿下には、男爵令嬢の発言は聞こえなかったようで学友のマーカス様に罪状を読むよう指示する。
それを読み上げたら最後、こちらの調査書で内容を打ち消し、侯爵家を侮ったと訴えましょう!
「お待ちになって」
マーカス様が読み上げようとしたところをお嬢様が止めた。そしてこちらに振り返り、右手を出す。
あれ?こんな早くに切り札を出してしまうのですか?殿下と愉快な仲間たちを侮辱罪で訴えられなくなりますよ。
「いいのよ」
静かに呟き、受け取った調査書を殿下に渡した。
「ふん。デタラメばかりを書いたものではないか」
「あら、この調査を承認した方のサインをご覧になって?」
「ち、父上…」
「そう。陛下が調査してくださったのよ」
にこりと笑って
「どちらの調査の証言が正しいのか、おわかりいただけましたか」
力強くはっきりと仰った。
「ここまでして私との婚約にしがみつきたいのか!」
「いいえ。先程、婚約破棄を承ったではないですか。婚約は継続いたしません」
唖然とする王子殿下。お嬢様、凄いです。かっこいいです。大きな拍手を送りたいがそういう雰囲気ではないので自重する。
このまま殿下たちにご退場いただこうと思ったら騒ぐ者が1名いた。男爵令嬢である。
「どうしちゃったの?リカルド殿下?ロザリナ様にいじめられててツライから助けてくれるって言ったよね?どうして黙ってしまったの?ロザリナ様の罪をみんなに伝えよ?」
こんなに空気の読めない令嬢に殿下たちは惹かれたの?おかしい。違和感しかない。
「近衛兵、男爵令嬢は殿下たちとは違う部屋で拘束せよ」
同じく違和感を感じたのか、侯爵様は男爵令嬢を殿下から離すよう兵に命じた。
兵に囲まれて流石に違う雰囲気に気づいたのか焦り出した。
「待って!わたしよ!…なんで?どこで選択肢を間違えた?なんでなんで?……ヒロインなのよ!どこに連れて行くの?離しなさいよ!離せ‼︎」
暴れるせいで、拘束がキツくなり痛そうに顔を歪めながら連れて行かれた。
聞こえてきた言葉がどう考えても気が触れている。恐ろしい。
「お嬢様、よろしかったのですか?」
「ええ。殿下のことが憎かったわけではないし、殿下の事を大切にしている人の気持ちも考えて出した結果なの」
サルス様を見る。兵に囲まれ静かに退場して行く王子殿下を眺めていた。
元気出してと背中を軽く叩く。びっくりした顔のサルス様に労いの言葉をかけた。サルス様がいなければ王子殿下は廃嫡になったかもしれないのだ。
トラブルが発生した学園のパーティーは仕切り直しが出来ぬまま、終了となった。
後日、侯爵様がサルス様を招待し労いの夕食会が行われた。萎縮しながらも一生懸命に口を動かし食事を飲み込むサルス様がとても面白かった。
私はもちろん侍女として壁側で待機してましたとも。侯爵家の方々と同じ席について食事など烏滸がましくてきっと食事がノドを通らない。
サルス様は侯爵家で働くことになった。また困ったときに他の家の者に相談に行かれても困るので、何かあれば、いつでも私に相談しなさいと伝えると笑顔で頷かれた。
お嬢様は婚約破棄されてしまったが、侯爵家のひとり娘だから、養子にする予定だった遠縁の男性と婚約、結婚しずっと侯爵家にいることになった。
私にとって、いつまでもお嬢様と一緒にいられるこの結末はスーパーハッピーエンドだと思った。