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駄目人間

作者: 社 泉月

私は、私が生きていかなければならない理由が分からないのです。



小さな頃は、大きくなったらお花屋さんになりたいとか、お菓子屋さんになりたいとか、お嫁さんになりたいとか、女の子なら誰でも夢を見るようなそんな将来を思い描いておりました。

しかし、そんな夢も十歳かそこらで現実を見るようになって、将来何をしたいとか、こうなればいいとか、そういうことは思い描けなくなってしまったのです。

私がそうなだけで、きちんと自分の思い描いた未来に向かって進んでいる人も勿論いるのでしょう。


しかし、私にはできなかった。


中学三年の春頃だったろうか、ある日、「何故私は生きているのだろう」と唐突に考えたのです。

何か嫌なことがあったわけではありません。

別に死にたいとか、居なくなりたいとか、消えたいとか、そんなことを思ったわけでもないのです。

ただ、ふっとそのように考えただけ。

勿論考えただけで、誰かにその疑問をぶつけたことはありません。ぶつけてしまえば、何か嫌なことがあったのか、などと言われるのが分かりきっていたからです。

人見知りゆえに少なかったけれど友人は居ました。

同級生とも話すことはできました。

学校生活に悩んでいた訳でもありません。

何故そんなことを考えたのか私は私が不思議でなりませんでした。

私は、もしかしたら私が気付いていないだけで、私のなかに他の人格があるのかもしれないと本当に思ったくらいです。

私の思い浮かべる普通の生活をしてきたのに、そんなことを考える私が分からなかったのです。


高校生になってからも暫く「何故私は生きているのだろう」と考えました。

しかし、高校三年の夏、「何故私は生きているのだろう」から「何故私は生きていかなければいけないのだろう」と考えるようになったのです。

これはどういうことでしょう。

単純なことです。未来が見えなかったからです。

要するに、生きていることに疲れてしまったということです。

親不孝だと思います。

折角産んで、育ててくれたのにこんなことを思う私は酷い子どもでしょう。

でも、本当に疲れてしまったのです。

未来が見えないことは、いっそ死にたいとか、居なくなりたいとか、消えたいとか、そんな風に考えるほどに苦しいのです。恐ろしいのです。


高校卒業後、私は仕事に就けませんでした。

仕事をしたくないわけではありません。

どちらかというと仕事はしたかったのです。

金銭的な意味でも、誰かのために何かをしたいという意味でも。

仕事をしろと兄に直接的にも間接的にも言われました。

言われるたびに、何も分かってないくせにとか私の何が分かるんだとか、そんなことを思っておりました。

思っているだけで、口から出た言葉は「うん」とか「分かってる」とかそんな言葉だったのですけど。

最初は人見知りだから面接とか、職場の人との関係とか、そういうのが怖いのかと思っていましたが、考えてみるとそうでもありません。

いや、半分くらいはそうかもしれませんが、おそらく一番の理由は生きていかなければいけない理由が分からないから。

理由が分からないのに生きるために何かをするということができなかったのです。

生きていくためには働いて稼がなければいけない。

それは分かっています。分かっているからこそ、働けないのです。


仕事をしない代わりに家のことをやりました。

料理に洗濯、掃除、やりました。

やっている間はしんどいとか、面倒だとか思うのですが、驚くことに何もしないよりはずいぶん気が楽なのです。

ただ、部屋で寝ころがっているよりもぼーっとテレビを見るよりも、断然楽なのです。

もしかしたら、これは人間がもとより持っている性なのかもしれません。

人は何もしないと悪いことをしているように感じるのかもしれません。


父が倒れました。母は夜遅くまで働きました。兄も以前より働きました。

私は働きませんでした。

家のことしかしませんでした。

仕事をしなければいけないとは思ったのですが、できません。

家が大変なときに何もしようとしない私は駄目な人間です。

こんなときでも「どうして生きていかなければいけないのだろう」と考えるのです。

私はおかしいのでしょうか。

いえ、きっとおかしいのでしょう。

ええ、分かっておりますとも、何年も前から。


私はホームレスになりました。

当然のことです。何もしなかったのですから。

でも、これでいいとも思うのです。

やはり私はおかしいですね。

でもね、考えてもみてください。

私はずっと「どうして生きていかなければいけないのだろう」と考えていたのです。

最初は違うと言いましたが、やはり死にたかったのかもしれない。

死にたかったから、何もしなかったのかもしれない。


私は恐ろしい。

生きるということが、とても私には難しく、恐ろしい。

たとえ恐ろしくても、生きていけるのに生きようとしない私は、人間として駄目なのでしょう。





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