第八話 強くありさえすれば
「叔父さん、まさか生きていたなんて――」
【俊明、違うんだ。おれは山田剣次じゃない】
「え……!?」
【おれは剣次がこの世に残した思い。残留思念とでもいうべきかな。それが、このおれなんだ。剣次は、この世に強い思いを残して死んでいった。その思いがおれという形になったんだ】
「お、思い……って……」
俺はしばし呆然とし、数秒間が経ってから、戸惑いつつも口を開いた。
「じ、じゃあ叔父さんは、この世にどんな思いを残したんだよ?」
【その思いとは…………恨みだ】
恨み――その穏やかではない単語の登場に、俺は思わず息を呑んだ。
【お前も気付いていたようだが、剣次は世の中に対して、恨みつらみを抱いていた。なぜなら若いころから、彼はろくな目に遭っていなかったからだ。常に弱者の立ち位置であり続けたんだ】
常に?
会社でいじめられた、っていうのは知っていたけど。
他にもなにかあったのか?
【すべてを語るとキリがない。……学校でも、職場でも、商売でも、私生活でも。剣次は常に『負け組』であり続け、『勝ち組』の引き立て役であり続けた。努力は常に報われなかった。勝利はいつだって得られなかった。……ひとつひとつはささいな敗北だったかもしれない。だが、それが何回も何十回も繰り返されれば――人は病んでしまうものだ】
「………………」
俺は、黙する。
ただ、なぜだか少し、泣きたくなった。
【やがて剣次は、社会にいるすべての人間に対して、言葉にできない怒りを心に秘めるようになってしまった。その気持ちが、武器を作ることに繋がったんだ。強くありさえすれば。――強くありさえすればおれだって、このクソみたいな現実を、すべて吹っ飛ばしてやれるのに、と……】
「……ッ……」
――心が、ずきんと痛んだ。
強くありさえすれば、俺だって。
それはこの俺自身、何度も胸に抱いた想いだったから。
俺も叔父さんと同じだった。
最初に入った会社がブラック企業で、延々とコキ使われたのは辛かった。
だけどそれまでだって、俺は自分の人生の中で、強者の立ち位置にいたことは一度としてなかったんだ。
人付き合いが子供のころからどうも苦手で。学校でも職場でも、世界のどこでもなんだか馴染めず、自分の居場所を見つけることができなかった。残留思念の言う『ひとつひとつはささいな敗北でも繰り返されれば人は病んでしまう』――まさにその通りだった。
だから落雷で死んだとき、俺は案外、あっさりと死を受け入れてしまったんだ。
人生の結末なんて、案外こんなもんだよな、って。
だけど、本音は。本音をいえば。……俺だって。
強くありさえすれば、俺だって……。
【そうだ、俊明。お前は剣次によく似ている。だからこそおれは、剣次の残りカスであるおれは、お前に伝えたい。そのためにおれはこうして出てきたんだ。……俊明、頼む。剣次から受け継いだ能力を、この時代で活かしてくれ。そして剣次の分まで、どうか幸せになってくれ。
剣次は社会から踏みにじられ、誰からも愛されず、ひとりぼっちで死んでいった。強くありさえすれば、強くありさえすれば、と、そう思いながら。――武器から得られる強さなんてまがいものだ。それは分かっていたが、それでも、はりぼての強さだと知りつつも、剣次はその強さを求めずにはいられなかった。そして本当の強さを得られないまま死んでしまった。
……お前はそうはならないでくれ。剣次から受け継いだ能力で、今度こそ幸せを手に入れてくれ。そしていつか、本当の強さを身につけてくれ。……頼むよ。負けたままで終わらないでくれ。おれたちのような人間でも、強くなれるんだ。勝者になれるんだ。幸福を手に入れることができるんだって、それを証明してみせてくれ――】
声が、消え始めた。残留思念が薄れているのか?
俺にはそれが、叔父さんとの本当の別れのように思えた。
「お、叔父さん。剣次叔父さん! お、俺、10年間も放っておいてごめん! だけど俺、叔父さんからいろいろ教えてもらったあのころは、本当に楽しくて――」
【……おれの分まで、どうか、幸せを――】
「ま、待ってくれ! 叔父さん! 剣次叔父さんっ……!!」
――俺はそこで目が覚めた。
汗をびっしょりとかいている。
いまのは、なんだったんだ? 夢だったのか?
「……いや、違う」
思い返してみれば、さっきの叔父さんの残留思念の声。
聞き覚えがあった。本来の叔父さんの声よりも少しくぐもっていたあの声音。
あれは転生してからこっち、ときどき聞こえていたあの声と、まったく同じ声だった。
叔父さんの残留思念は、確かにこれまで、俺とずっと一緒にあったんだ。
そしていま、永遠に別れてしまった。
「幸せを手に入れてくれ、か」
叔父さんから受け継いだ能力のおかげで、村のみんなを助けることができた。
それについては、本当によかったと思う。
もちろん心配はある。転生した俺が、活躍してしまったこと。
小さなことだけど、これは歴史を変えた可能性があるんじゃないか?
……だけどあそこで、なにもしないわけにはいかなかった。
伊与や両親や村人たちを守るためには、必要なことだったんだ。
それに村を守ったとき、幸せだったのも確かなんだ。
「……俺の力で、村のみんなを、家族を守っていけるのなら……」
俺はこれからも守っていきたい。
そうして生きていけば、いつかは叔父さんの言った幸せと。
そして本当の強さを、手に入れることができる。……そんな気がする。
俺は決めた。この時代の家族や仲間を守り抜くために、能力を使う。
父ちゃん、母ちゃん、伊与とのあの団欒を、もっと味わっていたいから。
叔父さん、ありがとう。……俺、頑張るよ。
そして、翌朝である。
「弥五郎。昨日はよくやったな」
父ちゃんは改めて俺を褒めた。
「あんな弾を、よく作ることができたもんだ。お前はもしかして神の子かもしれんな」
「いやですよ、お前さん。神の子だなんて……この子は普通の子ですよ」
母ちゃんは眉をひそめたが、父ちゃんはかぶりを振って続ける。
「いいや、この子はきっとひとかどの者になる。間違いない。……ゆえにだ、弥五郎。お前には今日から、儂の仕事を手伝ってもらう。お前なら、あるいは儂よりうまく仕事ができるかもしれん」
「仕事……?」
「そうだ。お前も知っているだろう」
父ちゃんは、なぜだか楽しげに言った。
「儂の仕事は、村を代表して、商いにおもむく仕事だ」
今回までが、ストーリー上のプロローグです。
次回から少しずつ商人要素を出していきます。
主人公が、歴史にも絡んでいきますのでお楽しみに。
明日からは毎日1話ずつ、午後7時に投稿していきます。
よろしくお願いします。