第七話 弥五郎、死す!?
「私たち、尾けられているぞ」
伊与のセリフに、次郎兵衛も首肯した。
「アネゴの言う通りッス。間違いねえですね。……3人ッス」
「3人……」
俺は小さくつぶやいた。
「……銭巫女の差し金かな?」
「十中八九、そうだろうな」
伊与が、ささやくように言う。
「……あたしたちを、どうするつもりかいな。ただ尾けとるだけ? それとも――」
「襲うつもりかも、な……」
「アニキ、どうしやす?」
「向こうがなにを考えているのか知らんが、つけ回されるのは不愉快だ。いまのうちに対処しておこう。……それぞれ、得物を準備しておいてくれ」
俺が言うと、伊与、カンナ、次郎兵衛はそれぞれ「承知」と小声で言う。
相手に気取られないよう、武器を用意する。俺とカンナはリボルバーを、伊与は刀を、次郎兵衛はくないを、すぐに使えるように手に持った。
ゆっくりゆっくり、歩を進める。
そして。……次の角を曲がったところで、その場に立ち止まり振り返る。
ややあって。
3人の尾行者がその場に登場し――
「「「……!」」」
彼らは、その場でコンマ何秒か立ち止まった。仰天しているのが分かる。
二十歳ほどの若者が2人。……もう1人は、頭巾をかぶっていてよく分からないがずいぶん小柄な人間だ。
彼らの姿を見て、次郎兵衛は言う。
「ああ、間違いねえッスね。銭巫女の配下ッス。そっちのチビ頭巾は知らないッスけど、こっちのふたりはあっしに見覚えがありやす」
「なるほど、大当たりってわけだな。……おい、お前ら。銭巫女から俺を尾けるように命令されたのか?」
「「「……」」」
3人は押し黙り、お互いに目配せをする。
「だんまりか。……あのな、尾行するほうは楽しいかもしれないが、ついてこられるほうは気持ち悪いんだよ。頼むから、帰ってくれないか?」
なるべく穏やかに、こちらの意思を表明する。
半分は本音だ。無駄な争いはしたくない。
しかし。
敵は、すっと。
腰を落とし、素早く短刀を用意し身構えて――
地を蹴り、こちらへと飛び込んできた!
「やっぱりこうなるのか……!」
当然といえば当然か。
あちらからすれば、尾行にしくじったうえ、俺に銭巫女の手下だとバレてしまったんだ。
大失敗である。このまま引き下がったら銭巫女に叱られるだろう。殺されるかもしれない。
こうなった以上やつらは、俺たちを亡きものにするしかない。
俺たちが死にさえすれば、自分たちのミスについてなんとでもごまかしが効く。
「是非もない。やるぞ、弥五郎!」
「ちっ!」
舌打ちしながら、リボルバーを引き抜く。
伊与たちもそれぞれ武具を構えた。
銭巫女の手下たちは、さすがに隙のない身のこなしだ。
短刀を素早く振りかざしてくる。
「堤伊与をなめるな!」
「……ッス!」
伊与と次郎兵衛も、負けてはいない。
刀を、くないを、それぞれ用いて迎撃している。
キン、キン。金属がぶつかり合う音が、新月の夜に響き渡った。
もちろん、俺も――
頭巾をかぶったチビが、切っ先を繰り出してくる。
俺は右に左に身体をひねらせ、回避運動を続けていく。
「弥五郎!」
俺の後ろでカンナが叫んだ。
「カンナ、前に出るな。援護に専念しろ!」
「う、うんっ……」
甲賀での戦いの経験を経て、彼女も銃を、多少扱えるようになっている。
しかし、カンナの戦闘力そのものは決して高くない。銃や道具を使ったサポート役がせいぜいで、敵と直接やりあうのは無茶だ。
……いや。
それを言うなら俺もそうだ。
今宵は新月。夜は闇。敵の姿が、ハッキリと見えない。
俺は先ほどからリボルバーで相手を撃とうとしているが、なかなか狙いが定まらないのだ。
伊与も、敵に一撃を当てられずにいるようだ。次郎兵衛も、こちらは甲賀の忍びで、夜目が効くような訓練を受けているはずだが、和田さん曰く「次郎兵衛はまだ実力不足」。相手とうまく戦えずにいる。
少し、尾行者を見くびっていたか。
思っていた以上に銭巫女の部下は手強かった。このままじゃ、まずい。
「だがな……」
俺は、敵が一瞬だけ息をついたその隙に、チラリ。……カンナに視線を送った。
金髪の少女は、こくり。俺の目を見て、小さくうなずく――
「なに、よそ見してやがるっ!」
甲高い声をあげて、チビ頭巾が飛びかかってきた。
俺はすぐに、視線を相手に戻してから、頭巾の攻撃をひらりとかわす。
リボルバーの銃口を、再び向けた。
暗い。
まだ、敵がよく見えない。
見えない。見えない。見えない……。
しかし、その瞬間だ。
ばあん、という音がした。
世界が一瞬だけ、明滅する。
カンナがリボルバーを、夜空に向けて撃ったのだ。
銃弾の発射によって生じたわずかな光が、コンマ何秒かの間だけ、あたりに広がる。
だが、俺たちにはその時間だけで充分だった。
闇に包まれていた敵の姿が、はっきりと見えたのだから。
敵は、カンナのリボルバー発射音に気を取られたのか、空に首を向けており――
「いまだっ!」
号令をくだした。
と、同時に。
俺はリボルバーの引き金を引き。
伊与は刀を振り下ろし。
次郎兵衛はくないを繰り出す。
……俺たち3人の反撃だ!
「ぎゃう!」
「うぐっ!」
「ぐえっ!」
3種類の悲鳴が聞こえた。
同時に、敵はそれぞれ地べたに向かってぶっ倒れる。
悶え苦しむような、うめき声の三重奏があたりに広がり、伊与と次郎兵衛が武器を下げた。
「強かったよ、あんたたち」
俺も、リボルバーを下げながら言う。
「1対1の個人戦なら、俺たちよりも上だったと思う。特に夜の戦いは。……だけどな」
続けて、告げる。
「力を合わせたときの強さは、俺たちのほうが上だったようだ」
「「……」」
ふたりの男は、わずかに首を動かして、なにかくちびるを動かした。
ぜにみこさま。
そうつぶやいたようにも見えたが、やはり夜なのでよく分からない。
ただ。……直後にごほっと咳をして、首を下げた。
それでその2人は、死んだと分かる。
残ったのは、1人。
頭巾をかぶった小柄なやつだ。
仰向けに倒れこんだまま、ぴくりとも動かない。
「こいつは何者だ? 次郎兵衛」
「さあ。あっしも銭巫女の家来すべてを知ってるわけじゃねえんで」
もっともだ。
とにかく、死に顔くらい確認しておくか。
そう思い、俺はチビ頭巾に近付いて、その頭巾をはがす。
……すると。
「子供!?」
俺は思わず声を出した。
敵はまだ子供だったのだ。
それも、まだ7歳かそこらの。
最初に戦いを経験したときの俺よりも、さらに幼いじゃないか。
こんな子供が、俺たちを尾行して、しかも襲いかかってきていたのか!?
さすがに仰天したときだ。
子供は、くわっと目を見開いた。
「なに!?」
「弥五郎! そいつ、まだ生きとる!」
カンナが叫んだそのときだ。
子供は、左手で思い切り俺の首もとをわしづかみにし、さらに爪を立ててきたのだ!
「ぐっ!?」
……油断していた。
まったく、おおいなる油断であった。
敵が死んだと思い込み、さらに子供だったということに驚いて……。ふ、不覚だった!
「ひとりで死んでたまるかっ……!」
子供とは思えない、ドスの効いた声が響く。
そして敵の爪が、俺の喉に、深く深く食い込んでくるのだ。
い、痛い。――いや、痛いだけじゃないぞ。なにか、違和感が……。
「ど……毒……?」
喉のあたりに、焼けるような感覚を覚える。
直感的に悟った。子供の爪先には、毒が塗られている!
「てめえっ!」
次郎兵衛が、くないを子供に突き刺した。「ぐぶえっ!」と、短い悲鳴。
敵は小さな五体を痙攣させ、やがてその場で動かなくなった。今度こそ絶命したらしい。
しかし。
俺は。――この俺は。
「ぐ、う……」
「弥五郎! しっかりしろ、弥五郎!」
「じ、冗談やろ? 弥五郎っ!」
「アニキ! ち、ちくしょう!」
伊与たちの声が聞こえる。
大丈夫だ、としゃべろうとするが、うまく口が動かない。
身体が急速に冷たくなっていくのが分かった。
まずい。
この感覚には覚えがある。
そうだ、前世で雷に打たれたとき、こうなった。
自分の命の炎が、尽きていくとき独特の寒気。すべてが終わるという悪寒。
俺は、まさか、また死ぬのか!? 冗談じゃないぞ! 冗談じゃ……冗談じゃ……!
「……い、よ……」
絞るように声を出し、彼女の名を呼ぶ。
だが、しかし――俺は、そこで意識を失った。
ここで続きます。次回もよろしく。
さて、前々より「ニュースがあります」とお伝えしておりましたが……。
そのニュースをお知らせさせていただきます。
「戦国商人立志伝」書籍化が決定いたしました!
出版社やレーベル、イラストレーターさんなどについては、
まだお知らせできる段階にないのですが、書籍化だけは【決定】でございます。
いろいろとお知らせできる段階になり次第、改めて告知いたします。
では今後とも「戦国商人立志伝」をよろしくお願いいたします。




