第六十九話 正徳寺会見、そして
正徳寺における織田信長と斎藤道三の会見は、滞りなく終わった。
多数の銃刀槍を所持した、織田家の軍団。それを見た道三は驚き、信長を評価したのだ。
木下藤吉郎は、シガル衆との戦いを終えたあと、ふたたび織田軍の中に潜りこんだ。これには前田利家の尽力があった。彼は、藤吉郎が軍から離れたことは誰にも言わず、シガル衆のことだけを信長に報告していたのだ。野盗に警戒した織田軍は、よりキビキビとした動きになり、斎藤道三はその動作を見てますます織田家を評価したという。
だが数日後。
藤吉郎は突如、信長に呼び出された。
小者頭でしかない彼が、信長からじきじきに呼び出されるなど、かつてなかったことだ。
――あるいは先のシガル衆のとき、軍から離脱したのがばれたか?
藤吉郎は、覚悟した。
もとより打ち首さえ覚悟の上で、朋友を助けに向かったのだ。
大志が果てるは無念なり。然れども、友の命を救って死ぬもまた一興。そんな心持ちだった。
だがしかし。……謁見の間に入ったとき、藤吉郎は様子がおかしいことに気がついた。
そこには、前田利家、大橋清兵衛の両名がいる。
そしてもちろん、信長も。
「薪炭奉行、藤吉郎。余は聞いた」
信長は、静かに言った。
「先のマムシとの会見の折、織田家と斎藤家を狙っておった野盗集団シガル衆。……先日、そちが仲間と共に壊滅させたそうじゃな」
「は……」
「は、ではない。余は又左からそう聞いている。違うのか?」
藤吉郎は、利家を見た。
前田利家は、片目をつぶった。
そうか、と藤吉郎は察した。彼は、自分が織田軍から離脱した行為だけは隠して、シガル衆と戦い壊滅させたことだけを、うまく報告してくれたに違いない。
「まっ、間違いありません。わしゃ、シガル衆を亡ぼしました!」
「出過ぎたやつじゃ。小者頭の分際で」
「ごもっとも!」
「だが、いい」
信長は、短く言った。
「左様な野盗を、尾張に生かしておいたは余の失策。いかに父が死に、多忙を極めたとはいえ、これは余の失敗であるわ。余に責任がある。余は返す言葉もない」
「…………」
「その余に代わり、悪を滅したこと、功である。よって藤吉郎、そちを今日より足軽組頭に任ずる」
「は……。……あ、足軽、組頭!? しかしそれがし、卑賤の出――」
「構わぬ。……野盗の件のみならず、銃刀槍の一件や、薪炭奉行としての功を認めてのことじゃ。……今後も励め」
信長は、そこではじめてニヤリと笑った。
「下がって、餅でも食うがよい」
「…………!!」
藤吉郎の目から、涙が溢れた。
輝きが止まらなかった。なにかが報われた。そう思った。
「は。……ははああああっ!」
藤吉郎は平伏し、何度も頭を地べたにこすらせながら。
しかし最後に、付け加えた。
「恐れながら、殿。シガル衆を亡ぼしたことも、銃刀槍の件も、薪炭奉行としての功績も、わしだけの手柄ではありませぬ!」
「ふむ。……で、あるか?」
信長は、かたわらの大橋清兵衛をちらりと見た。
大橋清兵衛は、ニヤニヤしている。
藤吉郎は、何度かまばたきをした。
「聞いている。……炭団、瓦ストーブ、早合、連装銃、リボルバー、銃刀槍。……ふふ、そちゃ、面白そうな男と知り合いではないか。のう、清兵衛?」
「は。……本来、かの男も、ここにつれてくる予定だったのですが。……ちと」
「ああ、よい。事情は分かっておる」
信長は、ニタリと口角を上げた。
「いずれ会う機会もあろう。津島衆客分にして、神砲衆頭目、山田弥五郎俊明。……その名前、確かに覚えたぞ――」




