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第六十一話 仲間たちの一日

 俺が津島で銃刀槍を作っていたころ。

 仲間たちも、頑張って材料を集めてくれていた。




 ――ここから語る話は、俺は現場におらず、のちに聞いた話である。




 熱田にて。

 材料を仕入れに来たあかりちゃんが歩いていると、


「お嬢さん、お嬢さん! そこのお美しいお嬢さん!」


 と、あやしげな男が声をかけてきたという。

 あかりちゃんは、キョロキョロとあたりを見回して、近くに若い女性がいないことに気がつくと、


「え。わ、わたしですか?」


「そうだよ。あんた以外に誰がいるんだい。お嬢さん、美人だねえ」


「そ、そんなこと。わたしなんか、全然大したことは――」


「いやいや、あんたほどの器量良しはそうそう見ないよ」


「器量良し、だなんて……」


 あかりちゃんは、ぽっと顔を赤くした。

 その様子を見て、男はニヤリと笑う。


「どうだい、お嬢さん。いっそう美人になるために、こいつを買っていかないかい?」


「え」


「最高級の艶紅つやべにだ。京の都から運んできた最高級品だよ!」


 男はハマグリの殻を取り出し、パカッとそれを開いた。

 中には、紅が入っている。見るも鮮やかな色だった。


「ふだんなら1貫はするところだが、もってけ泥棒。500文でいい! どうだい、お嬢さん!」


「え、え、え。……えっと、でも、わたし……」


「お嬢さん、商売がうまい。なら300文だ。300にまけよう。ね、買おうよ!」


「で、でも……わたしなんかにそんなお化粧、似合わないし……」


「そーんなことないって! ね、ね、ね。買っちゃおうよ。女のひとはねえ、こういうのをつけて、いい男をつかまえなきゃダメなんだよ。ほんとさ。ね、だから300文。買おう。ねっ――」


 と、男がハマグリをグイグイとあかりちゃんに押しつけようとする。

 そのときだった。ヒョイ、と、ハマグリが男の手から奪われる。「ありゃ!?」と、男は目を見開いた――


 ハマグリは、金髪の少女に取られていたのだ。

 言うまでもなく、カンナである。


「なにが京の高級品ね。これ、質の悪いベニバナを使うたもんばい」


「300文の価値はないか?」


「ぜーんぜん。30文でも高いっちゃないかなー」


「そうか……」


 カンナの横にいる、刀を携えた少女が、じろりと男を睨む。

 こちらも、言うまでもなく伊与である。


「つまらないものを、人に押し売りするな。商いをやるなら、まっとうにやれ」


「な、なんだこの女。偉そうに。関係ねえだろ!」


「大ありだ。この子は私たちの仲間だからな」


 伊与は、チラッとあかりちゃんを見つめた。

 そしてカンナからハマグリを受け取ると、男に押しつけて、


「持って帰れ。そして次からは正当な価格でものを商え」


「な、なんだと、このアマァ……。大人しくしてりゃ、つけあがりやがって! ボコボコにされてえのか!」


「……ボコボコにされるのはどちらだと思う? 言っておくが」


 伊与は、ポキポキ、と細い指を鳴らした。


「私は手加減しないぞ」




 ――熱田の茶屋にて。


「……それでアネゴ、やっちゃったンスね?」


 甲賀の次郎兵衛が、顔を引きつかせた。


ってはいない。峰で一発、ブン殴っただけだ」


「はあ。……アネゴって、けっこう喧嘩っ早いッスね。初めて会ったときはもっとこう、きれいなお姫様ひいさまって雰囲気だったのに」


「失敬な。私はかかる火の粉を払っただけだというのに。弥五郎風に言うならば、セイトウボウエイ、とかいうやつだ」


「あはは、言う言う。弥五郎ってときどき、変な言葉使うよね~」


「ま、でもアネゴのおかげであかりちゃん、助かってよかったッスね」


「はい。……ごめんなさい。伊与さん。わたし、もっとしっかりしないとダメですね」


「……まあ、人には得意不得意がある。あかりのおかげで、鉄や鉄砲からくりをずいぶん安く仕入れられたし、そこは本当に助かっているんだ」


「そうそう、あかりってあちこちに知り合いがおるもんね。材料をたくさん安く仕入れられたけん、助かっとるよ~」


「おかげさまで、『もちづきや』を贔屓にしてくださっている方がたくさんいらっしゃいますので」


 あかりちゃんは、ニコニコ顔で言った。

 素朴だが、温もりのある笑顔。

 その笑みにみんなは惹かれるんだろうな、と、伊与やカンナは思ったらしい。


 ――と、そのときだった。


「「「「「あっ、こんなところにみんないた」」」」」


 自称・聖徳太子たち5人が登場した。

 伊与は、大きな瞳をそちらに向けた。


「聖徳太子どの。買い物は終わったのか」


「へい、おかげさんで。数打物の刀を何本か、安く仕入れて参りやした」


「おれも活躍したんですよ、堤さん!」


 平将門が、手を挙げる。すると源義経も「それがしも頑張った!」と手を挙げ、巴御前と紫式部も「わたくしたちも!」と手を挙げた。

 伊与は、二、三度まばたきをすると「……お、お疲れ様です。」と頭を下げる。――のちに伊与は言った。どうも彼らの性格がよくつかめない。悪党ではないのだが、と。それについては俺もまったく同意であった。

 やがて、カンナと次郎兵衛とあかりちゃんは、自称・聖徳太子たち5人の後ろをじろりと見る。

 5人の後ろには、何人もの若者が並んでいたのだ。


「ねえねえ、聖徳さん。このひとたちは、だーれ?」


 カンナが、小首をかしげながら尋ねる。

 すると、聖徳太子たちは「「「「「我々の知人です」」」」」と答えた。


「今回の仕入れに協力してくれた連中です」


「みんな、いいやつばかりですよ」


「ところでうちの大将(弥五郎)は、仲間を探していたでしょう」


「こいつらを、仲間にしてやってくれませんか。きっと役に立ちますよ」


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


 若者たちは、声をあげた。


 ……これはのちに小六さんから聞いたことだが、この時期、既に山田弥五郎の名前が少しずつだが浪人の間に広まっていたらしい。

 山田弥五郎という男は、津島の大橋清兵衛に気に入られているそうだ。さらに織田弾正忠家、それに土豪の前田家や佐々家ともつながりを持っているらしい。

 将来性があるかもしれない。給金は安いようだが、その下について働くのも悪くなさそうだ。

 そういう噂が、ささやかれていたとのことだ。

 ゆえに、彼らも聖徳太子たちを通じて、俺の家来になろうとしてきたのだろう。


「私の一存では決めかねるが……カンナ、どう思う?」


「あ、あたしだって決められんよ。とりあえず津島に戻って、弥五郎に話してみらんと」


「それもそうだな。……まあそういうことだ。とりあえずうちの弥五郎に話をしてみるが、それでいいか?」


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


 若者たちは、また声をあげた。

 ひたむきそうな、そのまなざしを見て、伊与は彼らに好感をもったらしい。

 薄い笑みを浮かべて、


「弥五郎が仲間を探しているのは間違いない。みんなのことは、間違いなく、私から伝えておくよ。……ところでみんな、名前を教えてくれないか?」


 伊与が問うと、彼らは答えた。


「おれの名は田吾作」


「おれの名も田吾作」


「おれの名も田吾作」


「おれの名も田吾作」


「おれの名も田吾作」


「…………。……わざとか?」


 伊与は、思わずうめいたという。




 ――ともあれ。

 田吾作軍団が仲間になるなど、あれこれあったが、しかし素材は確かに集まりつつあった。

 仲間たちが頑張ってくれたおかげで、以下の材料は――


〔鉄棒 3貫400文〕〔鉄板 2貫750文〕〔鉄砲からくり(1丁分) 300文〕〔物干し竿 80文〕〔袋穂 50文〕〔刀(数打物) 520文〕


 そう、これらの素材は、この通りの金額で予定数を集めることができたのだ。

 すなわち、俺たちは2貫488文で銃刀槍1を完成させられたのだ。



《山田弥五郎俊明 銭 2079貫56文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  織田家に見たこともない槍か銃を提供する>

商品  ・火縄銃      1

    ・炭        4

    ・銃刀槍    500



 なお、今回、聖徳太子たちなどが動いた分の手当ては、前田さんが負担してくれた。……本来は前田さんが引き受けた仕事だしな。


「おかげで、もう香り水も買えねえよ」


 なんて、前田さんは苦笑しながら愚痴っていたけどね。




 ――銃刀槍500が揃ったのは、1552(天文21)年も暮れのことだった。

弥五郎以外の視点で話が動くのは初めてです。

仲間も揃ってきたので、こうして伊与たちが別行動をするパターンも増えていくと思います。


ところで年末年始の投稿予定ですが、12月29日(金)までは投稿を続け、1月3日(水)からまた投稿を再開、という流れにしようと思います。すなわち12月30日~1月2日はお休みさせていただきますね。あしからず。

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