第四話 家族団欒
「どうした、弥五郎」
「……いま、変な声がしなかったか?」
「いいや? ……大丈夫か、弥五郎。本当に頭を打ったのではないか?」
「い、いや、怪我は本当に平気だよ! ごめん、変なことを言って!」
「そうか。それならいいが。……さあ、本当に帰るぞ。義母様からどやされないうちにな」
「あ、ああ」
声のことは気になる。
だが、いまはどうしようもなさそうだ。
……とにかく家に帰ろう。
帰りが遅くなると、伊与の言う通り、母ちゃんに叱られるからな。
が、手遅れだった。
「こんな時間までふたりとも、家の手伝いもせず、どこをほっつき歩いてたのっ!!」
家に帰った瞬間、母親のお杉から、カミナリが落ちてきたのである。
「やることなんて山ほどあるのに、まったくなにをしてたんだい。……なに、相撲? そんなことをする暇があるなら薪割りのひとつでも手伝いなさい!!」
「お杉、もういいじゃないか」
隣で、怒鳴る母親を止めに入ったのは俺の父だ。
名前は牛松。
「弥五郎も伊与も子供なんだ。そりゃ相撲くらい取るさ、なあ?」
「お前さんはふたりに甘すぎますよ。だいたい男女で相撲なんてやっているのもはしたない。お侍なら元服も近いのに。ああもう、父親がこんなことじゃ……!」
「まあまあ。……しかし弥五郎たちも、あまり遊び回るんじゃないぞ。ふたりの姿が見えないもんだから、お杉はついさっきまで、なにかあったんじゃないかって顔を蒼くして――」
「お、お前さんっ。お説教の途中にそんな話を挟まなくてもいいじゃありませんか」
「義母様。……私たちのこと、心配してくれていたのか?」
「当たり前でしょうが。反省しなさいっ」
「は、はい」
母ちゃんに怒鳴られ、伊与はしゅんとなる。
怒る母に、なだめる父。小さくなる幼馴染。
俺はこの光景を眺めながら、なんだか暖かなものを感じていた。
こういうの、久しぶりな気がするけど。
……なんかいいな。ほっとする。
仕事に明け暮れ、友達付き合いもほとんどなく、両親を数年前に亡くし――
しまいには叔父の孤独死を目の当たりにしてしまった俺は、心からそう思ったんだ。
そうだ。自分に必要だったのは、まさにこういう、ありふれた団欒だったんだ。
俺は、この時代で自分がやるべきことを決めた。
出世はいらない。歴史を変えようとも思わない。
ずっと、家族と一緒に過ごしたい。
せっかく転生はしたけれど。
……それでもいいじゃないか。
「弥五郎。伊与。ちゃんと反省したか?」
「「した」」
「よーし、それじゃ父ちゃんがふたりに餅をやろう」
「お前さんは、また甘いことを……」
俺と伊与は餅を喜んでむさぼり頬張る。
父ちゃんがくれた餅は、気持ち硬めで、だけどもなぜだか、とっても甘かった。
だがそれでも、その日の夜。薄い布団の上で寝ながら、俺は考え続けていた。
あのときの謎の声。あれはなんだったんだろう? 分からない……。
――謎に対する答えが出たのは、わずか数日後のことだった。