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第四十二話 織田信秀、逝去

 そういうわけで『もちづきや』の一室。

 俺とカンナは、揃って思案顔を作った。


「連装銃を作って大橋さんに届ければ、莫大な金になる」


 と、俺は言った。


「だから連装銃を作りたいんだが」


「元手になる金が、ぜんぜん足りんとよね?」


「ああ」


 連装銃1丁を作るには、48貫450文が必要になる。

 しかしいまの俺は、



《山田弥五郎俊明 銭 18貫971文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  津島衆に武器を売る>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    1

     ・小型土鍋  1

     ・黄鉄鉱   1



 この状態だ。


「だからまずは金を作ろう」


「うん。賛成やね」


「そのために、まず早合を作りたいんだ。例えば1発360文で買い取ってもらえる早合を50個作れば、18貫になる。100個作れば36貫だ」


「ええち思うよ。ただ、そこまでやっても、連装銃1丁の元手にさえならんよね?」


「そうなんだ。だからそこで、交易をしようと思ってる。米のときみたいにな」


「やけど、問題はなんの交易をするかやね」


「そうなんだ。熱田で米を売ったら、鳴海城の兵糧になっちゃう可能性があるんだよな。敵に塩を送る結果になるというか」


「……塩をやなくて、米を送るの間違いやろ?」


 カンナがツッコんできた。

 そうか、塩を送るって言葉はまさにこの戦国時代、それも、もう少しあとに発生する言葉だったな。上杉謙信が、塩不足に悩んでいる敵将・武田信玄に塩を送ったというエピソードね。あれも実際には後世の創作だとかあれこれ言われているが、とにかくいまの時期にはない言葉だ。


 ……待てよ。

 そうか、塩……。

 ふと、ある史実を思い出す。


「カンナ、塩を交易するのはどうかな」


「塩? なんで?」


「もう少ししたら、美濃で、塩が値上がりすると思うんだ」


 正確には、思う、ではない。確信だ。

 織田弾正忠信秀が重病なことは、もはや尾張では周知の事実だ。

 そして信秀の死と共に、尾張はますます荒れるだろうとみんなが思っている(事実、そうなる)。

 その状態が不安だから、みんな、いまのうちに米や塩など食べ物を貯め込みはじめている。

 海に面している尾張国の住民が塩を貯め込む。するとどうなるか。


 尾張の北にある美濃国には海がない。

 塩は別の国から輸入するしかない。

 ふだんは、すぐ南の尾張から塩が流れてくるのだが、


「その尾張の民衆が塩を貯めている。かつ、尾張がいくさで荒れて物流が乱れる。すると美濃は塩が不足する」


 事実、織田信秀の死――

 その直前直後には一時的に、美濃で塩の相場が上がったと言われている。

 俺は、その史実を思い出したのだ。


「だから、いまのうちに塩を仕入れるんだ。……そうだな、伊勢のほうがいい。あっちは塩をよく作っているから塩が安いはずだ。伊勢で塩を仕入れて美濃で売れば、かなりの儲けになると思うよ」


「な、なるほど。……うん! そうよ、弥五郎! ええ見立てやち思う! ……これはかなり儲かるっちゃないと!?」


 カンナがハイテンションになる。

 と、話をしていると「あの~」と部屋の外から声がした。

 びっくりして、そちらを見る。部屋の戸がガラリと開いた。

 あかりちゃんと、その母親――おさと、っていう名前のおばさんなんだけど――がいた。

 さらに、甲賀の次郎兵衛までそこにいる。

 なんだなんだ、いったいなんだ。


「アニキ、なにしてるかなって遊びに来たんスけど……へへへ」


「お話、聞こえちゃいました」


「あなたたち、また儲け話をしとるみたいねえ」


 次郎兵衛、あかりちゃん、おさとさんは、ニヤニヤ笑う。

 そして、彼らは俺たちに言った。

 伊勢で塩を仕入れて美濃で売るのは、確かに儲かりそうだ。

 自分たちも、その交易をしてみたい、と。


「確実に儲かるなら、誰だって商いをするでしょうよ」


 と、おさとさんは言う。


「確実かはどうかは言えませんけど……まあ、たぶん儲かるんじゃないかな、と」


「アニキってば、ご謙遜を! どうッスかね、あっしたちも仲間に加えちゃもらえませんか」


「そりゃ、別にいいけど……」


「……そうだ、弥五郎!」


 そのとき、カンナが言った。


「ねえ、弥五郎。今回は役割を分担せん? あたしがあかりちゃんたちと一緒に交易をするけんさ、アンタは早合作りを津島ここで頑張るんよ。そうしたら無駄がないやろ?」


「……まあ、確かにそうだ」


 俺はうなずいた。

 カンナがひとりで交易をするのなら、それは危険だし反対するだろう。 

 初めて会ったときみたいに、誰かに襲われる可能性もあるからね。

 だけど次郎兵衛やあかりちゃん、おさとさんと一緒なら、まず安心だろう。

 特に次郎兵衛は、性格はちょっと変わってるけど、いちおう甲賀忍者だしな。


「じゃあ、交易はカンナに任せるよ。いま持っている資金のうち、半分をそっちに預けるから、それで交易をしてくれ」


「うん! あたしに任せとき! うふふっ、嬉しかー!」


「嬉しい? 交易がそんなに嬉しいの?」


「馬鹿だな~、アニキ。アネキは、アニキの役に立てるのが一番嬉しいから喜んでるんじゃないスか。そうっすよねえ、アネキ?」


「――なんば言いようっちゃろうか、このひとは、もう! ……好かーん!!」


 ……そういうわけで、俺とカンナは役割を分けることになった。



《山田弥五郎俊明 銭 9貫486文》

(9貫485文、蜂楽屋カンナが持ち出し中)

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  津島衆に武器を売る>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    1

     ・小型土鍋  1

     ・黄鉄鉱   1



 一時休業となった『もちづきや』を根城に。

 俺はひとり、早合作りに精を出すことになった。

 さて早合を作るには、紙、漆、鉛弾、火薬が必要だ。

 それらを買い集めるか。

 と思って、宿の外に出ると、


「……え」


 ずらり。


 俺はいきなり、5人の男女に囲まれた。

 男が3人、女が2人。

 いずれも20歳前後くらいか?

 やや、薄汚れた服を着て、それぞれ刀だの弓だのを持っている。

 な、なんだこいつら。……と思っていると、


「や、山田弥五郎さんですね!」


 男のひとりが言った。

 はあ、そうですがなにか?


「見ました。大橋さまの屋敷から出てくるのを!」


「失礼ながら、津島の酒場を出たときから、ずっとあとを尾けていました!」


 津島の酒場?

 ……あ、そうだ。

 このひとたち、なんか見覚えがあると思ったら。

 津島の酒場で、仲間探しをしていたときに声をかけたひとたちだ。

 お前みたいな小僧に誰が雇われるんだとゲラゲラ笑われたけどね。


「あ、あのときは失礼しました!」


「まさか山田さんが、滝川久助や佐々一族、さらには大橋さまや蜂須賀さまともお友達とは知らないで!」


 5人はぺこぺこ、頭を下げる。


「あ、あの、山田さん。お仲間はまだ探していますか?」


「よかったら、あたしたちを使ってもらえませんか!」


「これでもうちら5人、武芸には心得がありますし」


「手先も器用っす。教えていただければどんな仕事でもします!」


 ……なるほど。

 なんかいろいろ合点がいった。

 このひとたち、仕事が欲しいわけだ。

 津島の大物たる大橋さんと繋がりがある俺に雇われたいってことか。


 ……そうだなあ。

 早合作りをこのひとたちに手伝ってもらえたら、助かるな。

 俺ひとりじゃやっぱり限界があるし。


「……最初はあまり給金も出せないよ?」


 と、俺は言った。


「1日20文。人足仕事と同じくらいの給金しか出せない。それでよければ」


「「「「「充分です!」」」」」


 5人は合唱した。

 気合入ってるなあ、おい。

 そういうことなら、働いてもらおうかな。


「よっしゃ。これで飲み屋のツケが払える……」


 5人のうちのひとりが言った。分かりやすいな。


「それじゃ、さっそく働こう。まず市場で買い物をするから手伝ってもらうよ。……あ、ところで君たちの名前は?」


「聖徳太子」「源義経」「平将門」「巴御前」「紫式部」


「…………。…………なんて?」


「聖徳太子」「源義経」「平将門」「巴御前」「紫式部」



「…………」


「あ、いや、へへへ。うちら、本当は別の名前があるんですけど」


「もうまったく、冴えない名前でして」


「そこで名前だけでもいい感じにしようかな、なんて。うへへ」


 聖徳太子たちは、へらへら笑う。

 時代も基準もてんでバラバラだが……。

 俺は、彼ら彼女らを呆然と見ながら、


「ところで、源義経がなにをしたひとか知ってる?」


「え。なんか強いひとだったんじゃないすか? クマと相撲をとって勝ったとか」


「…………まあいいや。それじゃ、市場にいこう」


「「「「「ほいっす!」」」」」


 こうして、俺は聖徳太子(偽)たちを従えて、市場へと赴くのだった。




 ふざけた名前とは裏腹に。

 聖徳太子(偽)たちは、頑張って働いてくれた。

 俺が教えた早合作りを必死に覚えてくれたのだ。

 作業は、最初こそ少し手間取ったが、やがてずいぶんとはかどりはじめた。

 俺たちはもくもくと早合を作る。

 この早合を大橋さんに売れば、かなりの儲けになるはずだ……。

 そう思っていた、ある日のことだった。




 冬はすでに終わっていた。

 うららかな日和が、心を和ませてくれる、そんな日だった。

『もちづきや』に、佐々内蔵助さんがやってきたのだ。

 やたらピシッとした服装に、少しくたびれた表情をしている。


「疲れた。少し休ませてくれ。そのために来た」


 佐々さんはそう言うなり、その場にどっかとあぐらをかいた。

 このひとにしては珍しく、荒っぽい仕草である。


「どうしたんですか、佐々さん。なにかあったんですか?」


「……山田弥五郎は、まだ知らなかったか」


「なにがです?」


「…………」


 佐々さんは、無言のまま。

 伏し目がちに、ぽつりと言った。


「織田信秀公が、死んだ」


 春風が、強く吹いた。

 宿が、わずかに揺れた気がした。


「おれは、その葬儀の帰りだ。……すさまじい葬儀だった」


 1552(天文21)年、3月のことである。



まったく偶然なんですが42(しに)の回で信秀死にましたね。

あかりちゃんの母親はモブの予定でしたが、名前がないのは気の毒だったのでおさとさんとなりました。

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