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第五十一話 死闘

 豊臣水軍の船団が、まるで飢えた狼の群れのように突進してきた。

 俺たちはついに秀吉の本隊と対峙する。

 だが、カルバリン砲の弾と火薬は尽き、俺の船団は疲弊しつつあった。


「向こうには、カルバリン砲の弾が切れたことはまだバレていないはずだ。……他の銃の弾丸や火薬はまだ残っているな? カンナ」


「うん、普通の火縄銃や連装銃なら、まだ十分にあるばい!」


 カンナが甲板を走り回り、弾と火薬を確認しながら答える。


「よし。全砲を敵船団に向けながら接近していき、近づいたらこちらから火縄銃を撃ちかけろ。……いいか、いかにもこちらに策があると思わせるのが手だ。そして敵の士気をくじき、相手が逃げ腰になったところで炮烙弾を投げつけて攻撃する!」


 秀吉の水軍は、俺が開発したカルバリン砲の威力と、俺の鉄砲の名手としての評判を知っているはずだ。ここで虚勢を張れば、敵の動きを鈍らせることができる。


 俺の船団は、カルバリン砲を構えたまま、ゆっくりと秀吉の船団に接近していく。空の砲身を敵に向け、まるで今にも砲弾を放つかのように見せかける。案の定、秀吉の船団から悲鳴のような声が上がる。


「敵が来た! あの山田の大砲に気をつけろ!」


「弥五郎だ! あの鉄砲の怪物が来るぞ!」


 敵兵の動揺が、波を越えて聞こえてくる。俺の名は、戦国時代を生き抜いた者たちの間で、すでに伝説と化しているようだ。


「そこだ! 全船、火縄銃を撃て!」


 バン! バン! パン!


 俺の船団から火縄銃の一斉射撃が始まる。連装銃――俺が戦国時代に再現した、複数発を連続で撃てる改良型火縄銃――が、敵船の甲板を薙ぎ払う。敵兵が倒れ、混乱が広がる。続けて、炮烙玉を投げつける。火薬を詰めた爆弾が敵船の甲板に着弾し、炎と煙が上がる。


「よし、このまま一気に突破する! 秀吉の乗る船を襲撃する。大将首を討ち取るんだ!」


 俺の号令に、船団が一気に加速する。だが、その時、秀吉の船団から反撃が始まった。火矢と火縄銃の弾が、俺の船団に降り注ぐ。秀吉の船団には、俺がかつて開発した連装銃が配備されていた。


 あいつめ、俺の技術をしっかり利用しやがる!


 ドカン……!


 俺の船団のうちの2艘が、炮烙玉の直撃を受けて炎上し、轟沈を始める。甲板が傾き、兵たちが海に投げ出される。味方の士気が揺らぎ、恐怖のあまり海に飛び込む者まで出てきた。


「くそっ、このままじゃ……!」


 その時、秀吉の船団の中から、特に大型の安宅船が堂々と進み出てきた。

 船首には、巨大な金色の瓢箪が掲げられ、月光に輝いている。おお、と敵も味方もひときわ大きな声を上げる。


「あの船か」


 俺は息をのんだ。


「あの大きな船に、秀吉が乗っている。間違いない……」


「太閤め、なにを考えていやがる。悪趣味な金ぴかを掲げやがって!」


 五右衛門が驚愕に目を見開く。


「それがあいつだ」


 俺は冷静に答えた。


「見ろよ。……あれで秀吉の船団は士気が一気に上がった。逆にこちらは……日本人はもちろん、マカオで雇った明国人の兵まで、意気消沈を始めている。あんなでっかい金ぴかを掲げられたら、あっちが大正義で、こっちが悪だという気になってくる。黄金の魔力だ。そのうえ、この戦いに勝てばお前たちに黄金をくれてやるぞ、と秀吉は言ったんだ。……正義感と欲望を、両方たくみに刺激している。そこまで考えたうえで、ああしたんだ、秀吉は」


 史実でも、秀吉は派手な演出で兵の士気を鼓舞することで知られていた。黄金の茶室や、豪華な陣羽織は、敵を威圧し、味方を奮い立たせるための道具だった。この金色の瓢箪も、その延長線上にある。


「けれどアニキ、あれだと太閤は、わしはここにいるぞと言っているようなもんッスよ!」


 次郎兵衛が叫ぶ。


「それも当然、知ってやっている。……自信満々ということだ。例え居場所が分かっても、どうにもならんだろう、という自信。我こそは天下人、我こそは太陽の子、我こそは大将軍。当たる矢玉などあるものか、という強烈な――自負」


 俺は気圧された。あれが豊臣秀吉だ。農民から天下人に成り上がった男。乱世をまとめあげた男。その存在感は、海を越えて俺の心を締め付ける。


「どうする、俊明。このままでは……」


 伊与が鋭い目で俺を見つめる。


「わかっている。このままじゃ負ける。……負け……」


 ごほっ――俺は胸の奥から湧き上がる咳を、必死に飲み込む。

 前世での敗北感、21世紀で味わった無力感が、胸の奥でよみがえる。


 ……冗談じゃない。

 また負けて死ぬなんて、冗談じゃない!


「弥五郎、戦うとよ。何度でもやるとよ、しつこいくらいに。商いは飽きないって言うんよ。攻撃だって飽きずに続けるんよっ!」


 カンナの博多弁が、俺の心に火をつけた。

 彼女の碧眼は、恐怖の中でも希望を失っていない。

 俺はカンナが隣にいてくれて、本当によかったと思った。


 そして……


「……飽きない、か」


 カンナの言葉が、俺の脳に天啓を与えてくれた。


「それだ! ……カンナ! ベアリングを改造した、改良型の火縄銃をここへ。俺が作った椎の実型の弾丸もな!」


 俺は甲板に膝をつき、改良型火縄銃を手に取る。

 この銃は、未来のベアリング技術を応用し、銃身の回転を滑らかにした特製品だ。そして、椎の実型の弾丸――尖った形状で貫通力を高めた、俺のオリジナル弾だ。


 俺は秀吉の船団にゆっくりと近づき、敵の弾丸の雨を潜り抜けながら、目の前の中型関船の船壁に狙いを定めた。バン! 一発目の弾丸が、船壁にめり込む。敵兵が笑うのが見えた。――火縄銃を何発か撃ち込んだところで、船は沈まん。木造とはいえ、火縄銃の弾丸程度では――


 だが、俺は動じない。


 バン! 二発目が、まったく同じ場所に命中。

 バン! 三発目、四発目、五発目――合計五発の弾丸が、寸分違わず同じ箇所に撃ち込まれる。


 すると敵の船壁が軋み、やがて海水が侵入し始めたのがわかった。敵兵が慌てふためく。「水だ、水が入り始めた!」「どこから!」「船の壁に穴があいとる!」「なぜ……!?」


 俺はニタリと笑った。

 どうやったのか。答えは簡単だ。


 俺の放った椎の実型の弾丸、合計五発の弾丸は、その船のまったく同じ場所に命中し、弾丸はどんどん奥に侵入していき、ついに船に穴を開けることに成功したのだ。


「決まりだ。カンナ、どんどん改良火縄銃を持ってきてくれ。この手で敵船を沈める!」


「あ、あんた……この揺れる船の上で、相手の敵船の壁に……五発、まったく同じところに撃ち込んだとね?」


 カンナが目を丸くする。


「そういうことだ。飽きずに何発でも、同じ場所に弾丸を撃つんだ! さあ、次に行く。……みんな、俺に敵の攻撃が来ないように助けてくれ!」


「……弥五郎っ! うん、まかせんしゃい! みんな、火縄銃に弾丸を込めて、弥五郎に渡してっ!」


 カンナの号令で、兵たちが動き出す。俺は次々と改良型火縄銃を受け取り、秀吉の船団に穴を開けていく。一艘、また一艘と、敵船が浸水し、傾き始める。味方の士気が回復していく。そして敵の動揺が海を越えて伝わってきた。




 一方、秀吉の旗艦では、報告を受けた秀吉が歯を食いしばっていた。


「弾丸を同じところに5発も当てて、船を沈めた……?」


 秀吉ですら、目を丸くし、一筋、冷や汗を垂らすほどの報告だった。


「山田弥五郎。……バケモノか……!?」


 秀吉の声は、怒りと恐怖が混じり合っていた。弥五郎の腕は誰よりもよく知っていたはずだが、まさかこれほどまでとは。黄金の瓢箪が掲げられた旗艦の甲板で、彼は拳を握りしめる。


「……弥五郎の船はどこじゃ! 弥五郎を沈めよ。弥五郎のみがもはや敵じゃ。山田弥五郎俊明を見つけ出して討ちとれい!」


 その時、秀吉の船団の4艘が、浸水で沈没した。


 秀吉船団は、山田船団に攻撃を仕掛ける。しかし山田船団は士気を取り戻し、必死に攻撃を防ぐ。特に弥五郎の周囲には、伊与が、カンナが、五右衛門が、次郎兵衛が守護神のように佇立して、あらゆる攻撃から弥五郎を守ろうとしているのだ。


 弥五郎は船上に伏せたまま、また銃を撃つ。五発。

 秀吉の船が、また1艘、傾き始めた。


「かくなる上は、全船、弥五郎の船団に最接近し、直接、切り込め! 数ではこちらのほうが上じゃ! 弥五郎の船に乗っている者をすべて、なで斬りにせよ!」


 それは秀吉の旧主、織田信長を――それも激しいときの信長を彷彿とさせる一語であった。秀吉の船団は加速して、弥五郎の船団に接近する。鉄砲玉の反撃さえ無視して、船ごとぶつけるかのような勢いで。


 そのとき、また秀吉側の船が2艘、轟沈を開始した。弥五郎の5連発がまた決まったのだ。


「弥五郎を倒せ。弥五郎を倒すのだ――」


 秀吉の咆哮が、対馬沖に響く。


 やがて、猛攻をかいくぐった秀吉側の船3艘が、ついに弥五郎の船団に隣接した。


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